第6話
鼻ピアスの男が鉄パイプを振りかぶり、榊に襲いかかる。榊は軸足に体重をかけ、重心をずらしてそれを避ける。死角からベリーショートの金髪が殴りかかる。勢いだけの拳を上体を逸らして避け、ガラ空きの脇腹に鋭い肘鉄を食らわせた。
「ぎゃっ」
金髪の肋骨の隙間に肘がめり込んだ。良くてヒビ、悪くて骨折だろう。金髪は涙目で脇腹を押さえて蹲る。榊は容赦せず、金髪の背中に蹴りを入れた。
「てめえ、この野郎」
仲間をやられて頭に血が昇った鼻ピアスが鉄パイプを振り回しながら突っ込んできた。白ジャージがチェーンを振り回しながら榊の逃げ場を塞ぐ。
「どうした、怖くて動けねえのか」
白ジャージは榊を追い詰めたつもりになり、歯茎を見せて笑う。前歯が一本欠けていた。
「お前、ちゃんと歯磨きしてるのか」
榊が余裕の笑みを浮かべる。榊の挑発を真に受けた白ジャージはチェーンをしならせ、ドラム缶に叩きつけた。ドラム缶はベゴッと鈍い音を立てていびつに凹む。
「俺の歯を折った奴は、全身の骨が粉々になるまでぶちのめしてやった」
白ジャージはチェーンを振り回す。不気味な風切り音が夕闇の工事現場に響く。
「俺の分も残してくれよ」
鼻ピアスが鉄パイプを振り上げ、榊の顔を狙う。白ジャージが榊目がけてチェーンを振る。榊はチェーンの先端を掴み、脚を踏みしめ一気に引っ張った。思わぬ力に白ジャージはバランスを崩してよろめく。榊は白ジャージの顔面に強烈な拳を食らわせた。
「うぎゃっ」
白ジャージは派手に吹っ飛んだ。泥濘に折れた黄色い歯が三本転がった。
「残った歯を大事にしろよ」
榊の剛拳を目の当たりにした鼻ピアスは鉄パイプを構えたまま、恐怖に一瞬踏みとどまる。その隙をついて榊は手にしたチェーンを横に薙いだ。チェーンは鉄パイプに絡みつく。榊がチェーンを瞬時に引き、鉄パイプは鼻ピアスの手から離れて宙を飛ぶ。
「ひいっ」
武器を失った鼻ピアスは甲高い声で叫び声を上げる。榊は鉄パイプをキャッチし、鼻ピアスの肩口に振り下ろす。衝撃によろめく鼻ピアスの鳩尾に鉄パイプで強烈な突きを放った。鼻ピアスはフェンスに激突し、腹を押さえながらのたうち回っている。
曹瑛はサバイバルナイフを持つ迷彩ズボンの男と対峙していた。ナイフは刃渡り三十センチ、迷彩ズボンは黒光りする刃をペロリと舐めて見せる。
「青田は横須賀基地の不良軍人とよくつるんで、ナイフ捌きを習ったって話だ」
「軍人仕込みの殺人ナイフ技か、あのひょろ長いの、切り刻まれるぞ」
青田のナイフ技を見物しようと、チンピラたちは距離を取る。青田は黒のスカジャンを脱ぎ捨てる。黒のタンクトップからは張り詰めた胸筋が覗く。
「怖いだろう、土下座して命請いしたら許してやってもいい」
青田は重心を落とし、サバイバルナイフを曹瑛に突きつける。ゆらゆらと切っ先を揺らして威嚇する。
曹瑛は無表情のまま全く動じる様子はない。構えも取らず、立ち尽くしている。
「こいつ、怖くて動けねえぞ」
「生意気な奴だ、青田、やったれ」
外野が煽る。青田は大きく踏み込んでナイフを薙いだ。
曹瑛は上体を反らし、ギリギリの距離で切っ先を避ける。青田は間髪入れず間合いに踏み込み、ヒットアンドアウェイで連続攻撃を繰り出す。青田のナイフ裁きにチンピラどもが沸き立つ。
「やべぇな、あんなのどこで見つけてくるんだよ」
藤田は乱闘を避けてコンクリの支柱に身を潜めている。
「あの赤シャツ、あのナイフを見ても怯えもしねえ。しかも、的確に避けてやがる。一体何者だ」
新井は眉を顰めて曹瑛の動きを追う。曹瑛は一方的にナイフを振り回す青田に追い詰められているように見えるが、息も上がっていなければ表情も変わらない。
「米軍仕込みの技とやら、その程度か」
曹瑛が背中から赤い柄巻きのバヨネットを取り出す。曹瑛が武器を持ちながらこれまで出さなかったことに青田はプライドを傷つけられた様子で、唇を歪めている。
曹瑛のバヨネットが街灯の青い光を受けて閃く。驚く程のスピードで間合いに踏み込まれ、青田は後退る。
曹瑛がバヨネットを薙ぐ。青田のタンクトップの胸元が切り裂かれた。遅れて赤い筋がすうと走る。
「てめえ、くそっ」
青田が狼狽する。曹瑛は逆手に持ち替えたバヨネットを切り上げる。青田は慌てて身を逸らせる。曹瑛はさらに踏み込み、青田の鼻先を斬りつける。
「があっ」
鼻の皮一枚が切れてつうと血が流れ出す。青田はサバイバルナイフを振り回す。曹瑛は軽やかなバックステップで身を引くが、隙の出来た青田の脇腹を斬りつける。青田はがむしゃらにサバイバルナイフを突き出す。曹瑛はその突きをすべてバヨネットで軽々と弾き返す。
「なんだ、あいつ」
「あの青田を軽くあしらってやがる」
チンピラたちは曹瑛の華麗な動きから目が離せない。
「オラッ隙あり」
曹瑛の背後を狙い、革ジャンの男が鉄パイプを振り下ろす。曹瑛はバヨネットを大きく振り、青田を牽制して鉄パイプをかわす。革ジャンの顔面に肘を入れ、その勢いで拳を叩きつけ頬骨を粉砕した。革ジャンは鼻血を吹きながら背後にぶっ倒れた。
「あいつ、細身なのにどこにあんな力があるんだ」
チンピラたちは騒然とし始める。
「うおおっ」
破れかぶれで突っ込んできた青田の首筋にバヨネットがピタリと当てられている。
「動けば喉を掻っ切る」
曹瑛の低い声。感情の読めぬ暗い瞳に、底知れぬ闇を見た。青田は恐怖に怯え、震えながらその場に膝をついた。
「た、助けてくれ」
青田は深々と頭を下げる。曹瑛はそれを冷ややかに見下ろしている。次の瞬間、青田がサバイバルナイフで曹瑛の足を狙う。しかし、ナイフは虚しく地面を穿った。
「へっ」
青田が顔を上げると、曹瑛の脚が真上に伸びている。曹瑛は青田の脳天に斧のように踵を振り下ろした。白目を剥いた青田のこめかみに蹴りを食らわせる。青田の身体は積み上げられた鉄骨に突っ込み、動かなくなった。
「なにしてやがる、全員でかかれ」
苛立つ郷田の怒号が響く。同時に高架の上を電車が走り抜ける轟音と振動が響き渡る。
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