第3話

 高谷は愛用のタブレットを取り出し、しなやかな手つきでキーボードを叩き始めた。その動作に迷いは無い。

「このユニコーンのマーク、心当たりがあってね」

 高谷はキーを打つ手を止めずに呟く。

「大学の友人がSNSでプログラミングのコミュニティを作っているんだけど、やたらマウントを取ってくる奴がいるって教えてくれたんだ。こんなのを作ったぞ、凄いだろって。まあ、構ってちゃんってやつ」

 高谷はタブレット画面にコミュニティの掲示板を表示する。


「これ、さっきの画面のマークとそっくりだ」

 伊織が画面を覗き込んで目を丸くする。赤字に黒のエンブレムだが、強迫画面に使われたユニコーンのマークとほぼ同じデザインだ。

「レッドユニコーンと名乗っているな。これが中二病という奴か」

 複数のSNS上で目立った行動を取って、同じアイコンを使えば身元がばれるリスクは想像に難くない。浅はかにも程がある、と榊は呆れて鼻で笑う。


「こういう奴は自分の成果を見せびらかしたいんだよ。でも、きちんとプログラミングを学んだ人間からするとずいぶんお粗末なコードを書いているんだ」

 高谷の説明では、海外サイトからダウンロードできるグレーなプログラムコードをそのまま使っているということだった。少しプログラミングをかじれば改ざんして悪用できるシロモノだ。


「グローバルフォース社で感染したランサムウェアのコードを解析したよ。やっぱり海外でバラ撒かれているコードをそのまま転用しているね」

 高谷が画面を示すが、伊織は意味が分からず首を傾げる。

「そのレッドユニコーンが犯人だとして、どこの誰か特定できるの」

 千弥は高谷の鮮やかな手腕に感心しつつ、冷静に先のことを考えている。高谷は千弥に向かってピースサインを作ってみせる。

「こいつはいろんなSNSに現われては場を荒らして消えていく。身分バレしないように細工している形跡はあるけど、俺には通用しないよ」


 高谷は数分でレッドユニコーンのSNSアカウントを乗っ取り、位置情報を取得した。

「日本、しかも東京だ。大学生、いや高校生くらいかもしれない」

「え、未成年がこんな大それたことを」

 伊織が驚いてのけぞる。SNSでは明示してはいないものの、大きなことをやり遂げた達成感を延々と書き連ねている。グローバルフォース社のランサムウェア感染のことに違いない。

「驚くことはない。2ヶ月前にランサムウェアを作ってバラ撒き、大手不動産会社の営業をストップさせた事件の犯人は中学生だったぞ」

 榊は2ヶ月前のネットニュースをスマートフォンで表示して見せた。愉快犯だが、悪質極まりない。こんな大きな事件になるとは思わなかった、と答えている。


「仕置きが必要だな。こういう手合いは灸を据えねば分かるまい」

「考えがあるよ、みんな協力してくれるかな」

 冷ややかな曹瑛の言葉に、高谷はニンマリと意地悪な笑みを浮かべる。


 ***


 小早川こばやかわ琉生るいは自室でパソコンに向かい、二台並べた大型モニターを眺めていた。ファンタジー世界を冒険するキャラクター達は自分が設定したプログラムで同じ動作を繰り返す。これで何もせずに経験値が上がっていく。二四時間ずっと稼働させているので、普通にプレイしているユーザーよりも強いキャラクターで遊ぶことができる。

 ネットワーク協力プレイでは弱いパーティに参加してやると感謝される。それが心地良かった。


「琉生ちゃん、ご飯よ」

 階下からママの呼ぶ声が聞こえる。面倒くさいな、と思いながらもはーいと良い子を装った声で返事をする。パソコンは小学校3年生から買い与えられていた。仕事が忙しい父と、自分の習い事や趣味の交流を優先する母は一人息子の琉生がパソコンに集中してくれていれば好都合だった。


 中学校でお遊戯のようなプログラミングの授業があった。それから興味を持ち、独学でプログラミングを学んだ。気に食わない友人のSNSアカウントを盗んでロックしてやったり、高校のコンピュータ室のパソコンを自作のウイルスに感染させ、全台OSの再インストールをさせたときには自分が一番偉いと錯覚するようになった。


 海外からダウンロードしたコードを使い、ランサムウェアを作ってSNSで自慢していたところ、一通のダイレクトメッセージが届いた。プログラミングスキルを見込んで仕事を頼みたい、という。自尊心をくすぐる文面に、琉生はそれを承諾した。

 東京赤坂にあるグローバルフォース社にランサムウェアを仕込んで欲しいという。実在の企業にそんな大それたことを、と一時は尻込みしたがこれはセキュリティテストだと送り主は言う。成功報酬は5万円。良い小遣い稼ぎだ。琉生は依頼を受けることにした。


 今日の午後16時5分、グローバルフォース東京支社で自作のランサムウェアが発動した知らせを仕込んでいたメールで受け取った。琉生は達成感に舞い上がり、SNSでそれとは明かさずに自慢を繰り返した。お前らにはわからないだろう、といい気になっていた。


 夕食を食べに行くか、とゲーミングチェアから立ち上がろうとした途端、画面にノイズが走った。

「え、なんだこれ」

 琉生は慌てて画面に食らいつく。放置プレイをしているゲーム画面がゆっくりと壁に塗ったペンキが流れるように溶けていく。こんな演出は見たことが無い。

 琉生は慌ててマウスを手にした。しかし、操作ができない。画面が溶けて真っ暗になり、そこに赤色の絵が浮かび上がってくる。


「どういうことだ」

 琉生は青ざめる。赤色のマークはだんだん明瞭になり、額に角を持つ一角獣、ユニコーンが現われた。自分がグラフィックソフトで作ったエンブレムよりも緻密でデザインが洗練されている。

「琉生ちゃん、ご飯冷めちゃうわよ」

「ちょっと待って、今手が離せないんだ」

 ママの呼び声に苛立ちをぶつける。夕食どころではない。何者かが自分のパソコンをハッキングしていることは確かだ。


 キーボードもマウスも動作しない。完全に制御を奪われた。画面に文字が浮かび上がる。英語のようだが、ヨーロッパ系言語のような見慣れない文字だ。文字がフェードアウトしたと思えば、日本語が浮かび上がった。翻訳をしているような効果だ。


“君は我が秘密結社「レッドユニコーン」の名を語り、18の企業にランサムウェアをバラ撒いた。これは我らの信用を貶める許されざる行為だ”

「ええっ」

 琉生は頓狂な声を上げる。自分のアカウントが謎の秘密結社と名前が同じだとは。それに今回標的にしたのはグローバルフォース社だけで、他に覚えがない。


“我々は君に対し、相応の対応を取らせてもらう。君は身を守らなければならない。君の家族、友人、ペットの犬までも安全である保証はない”

「そ、そんなぁ」

 琉生は恐ろしさに震え始める。パパとママに相談しようか、しかし、自分のしでかしたことがバレてしまう。階下から自分の名を呼ぶママの声が聞こえた。

「うるさいっ」

 琉生は強張る唇からこれまで出したことのないほどの怒鳴り声を上げた。

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