第4話

 顔が真っ赤に火照り、心臓がドクドク脈打っているのを感じる。琉生の額からは生暖かい汗が流れ落ち、机の上にしみを作った。呆然と画面を見つめていると、レッドユニコーンからの次のメッセージが浮かび上がる。

“指示する場所に一人で来い。そこで君は裁かれる。他言は無用だ“

 琉生はゴクリと唾を飲み込む。

「指示する場所って、一体」

 そう呟いた途端、ベッドサイドに置いたままのスマートフォンがブブ、と振動する。SNSでダイレクトメッセージを受信したようだ。


 琉生は震える手でメッセージを確認する。画面に表示されている赤いユニコーンと同じロゴのユーザーからダイレクトメッセージが届いていた。

「ま、まさか」

 そこには地図アプリのリンクが記載されていた。クリックしてみると、自宅から徒歩10分ほどの場所にマーキングがある。一体どこまで個人情報を知られているのだろう。琉生は恐怖に全身の血の気が引くのを感じた。パパとママに相談しようか、いや他言は無用とある。もし誰かに話せば、何をされるか分からない。


 琉生は手すりに縋り付きながら階段を下りていく。ママにバレないように家を抜け出そう。とにかく指示された場所に行って、もし襲われでもしたら大声を出せば良い。

「ただいま、帰ったよ」

 パパの声だ、琉生は階段の途中で立ち止まって息を潜める。夕飯の準備が出来ているのに家を出て行くとなると問い詰められてしまう。

 パパはそのままキッチンへ向かったようだ。琉生は足音を立てないよう階段を下りて玄関へ向かう。


「あら、これは何」

「郵便受けに入っていたんだけど、会社やお店の名前も無いし、いたずらかな」 

 琉生はキッチンを覗き込む。パパが手にしているのは黒地に赤色のユニコーンが書かれたチラシだった。

「そ、そんな」

 レッドユニコーンのロゴだ。恐怖に歯がガチガチとぶつかる音を立てる。秘密結社はこの家を知っている。彼らはいつでも自分や家族に危害を加えることができるという警告だ。

 琉生はパパとママにバレないようキッチンの前を身を屈めて通り過ぎ、慌てて靴を履いて玄関を飛び出した。


 汗ばむ手でスマートフォンを操作する。地図アプリが示す場所にもつれそうな足で小走りに駆ける。すっかり陽は落ちて街灯の明かりがアスファルトに影を落としている。この先は住宅街のはずれ、さびれた鉄工所があるエリアだ。

 レッドユニコーンの目的は一体何だろう。誘拐して尋問されるのか、はたまた報復のためにいきなり銃で撃たれるのかもしれない。目的地が近付くにつれ、恐怖が膨らんでいく。


 目的地は草が伸び放題の廃鉄工所の敷地内だった。マーキングの場所はその先にある巨大なプレハブだ。ここで一体誰が待ち受けているのだろう。引き返そうか、いや、家の場所は彼らに知られている。どこにも逃げ場はない。

 琉生は草むらをかき分けてプレハブへ近付いていく。電柱に取り付けられた切れかけの古い電灯がチカチカ点滅している。瓦礫に躓いて何度か転びそうになりながらも、琉生はプレハブの前に辿りついた。

 傾きかけたプレハブの中は真っ暗闇だ。廃業してしばらく放置されたままなのだろう、廃タイヤや折れた木材が床に転がっている。据えた埃と鉄の匂いが鼻を突いた。


「小早川琉生だな、入れ」

 暗闇から低い機械的な音声が響く。琉生はヒッと声を上げて飛び上がった。声はプレハブの奥から聞こえてくる。逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、琉生は闇の中へゆっくりと踏み込んだ。

 壊れたガラス窓からうっすら明かりが漏れている。ようやく目が闇に馴染んできた。暗闇に目を凝らすと、そこに人影が浮かび上がってきた。


 闇に紛れて立っている人影が確認できた。その数5人、全員黒い長袍に身を包み、顔は確認できない。秘密結社レッドユニコーンのメンバーだ。画面の中だけでなく本当に存在したのだ。

「お前は組織の名を語り、粗悪なプログラムをバラ撒いた」

 野太い男の声だ。音声合成ソフトを使ったような、人工的な声音が不気味さを増長させている。

「粗末だって、ランサムウェア“レッド・ユニコーン”は想定通りの動きをした。グローバルフォース社ではシステムがロックされて今も使えないはずだ」

 自分が組んだプログラムを粗末、と言われて自尊心を傷つけられた琉生は思わず闇に向かって怒りに任せ言い返す。


「グローバルフォース社のシステムはすでに復旧している」

 一番右端に立つ男がタブレット画面を示す。そこにはグローバルフォース東京支社のホームページが表示されていた。ランサムウェアに感染させたときにはダウンしていたはずだ。

「何だって、一体どうやって」

 琉生は驚きに目を見張る。自分が設定したコードを入力しなければ絶対にロック解除はできないはずだ。


「ネット上でバラ撒かれているコードを流用しただけのお粗末なプログラムだ。破るのは容易い。お前は我らの名を語り、信用を失墜させた」

 中央に立つ男が琉生の目の前に顔を近づける。

「ひっ」

 琉生は悲鳴を上げ、思わず尻もちをついた。男は赤色にペイントされたユニコーンの被り物をつけていた。左右別の方向を向いたリアルな目玉が滑稽だ。その異様さに怒りにより忘れていた恐怖が蘇ってきた。


「お前が主犯なのか」

 赤いユニコーンの男は首を傾げながら訊ねる。琉生は口をあんぐりと開けたまま涙目で奇妙な馬面を見上げている。

「ち、違う。ダイレクトメールが来て、金をくれるっていうから」

 琉生は半泣きでゆるゆると頭を振る。

「金のためか」

「それもあるけど、腕試しをしたかったんだ、誰かに認めて欲しくて」

 琉生は鼻水をすすり上げ、嗚咽を漏らす。


「お前のしたことは犯罪だ」

 暗闇に立つ長身の男の冷ややかな声。犯罪、という言葉が琉生の心に突き刺さる。

「でも、テストだって」

 琉生は涙声で弱々しく呟く。

「お前は利用された。そして犯罪に加担した。お前自身が招いた結果だ、言い逃れはできない」

 琉生は唇を噛みしめて口ごもる。目を真っ赤に腫らして、涙を溜めている。

「お前は我々の監視下にある。この先どうすれば良いか、自分で考えろ。お前の行動如何によっては解放してやろう」

 赤いユニコーンは呆然とする琉生の目の前で指をパチンと鳴らした。琉生は弾かれたように立ち上がり、何度も躓きそうになりながらプレハブの外へ駆け出していった。


「なかなか良い演技だったぞ」

 榊が半笑いで伊織の肩に手を置く。伊織は赤いユニコーンの被り物をつけたまま榊の方を振り向いた。榊はそのシュールな馬面に堪えきれず、盛大に吹き出す。

「本当に高校生が犯人だったとはね」

 千弥は心底驚いている。

「彼がランサムウェアを感染させたという証拠は掴めたね」

 高谷は赤いユニコーンの被り物を敢えて脱がない伊織と、ずっと笑い転げている兄を生暖かい目で見つめている。

「それで、黒幕は誰だ」

 曹瑛の言葉に、高谷はニンマリ笑う。

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