第7話
郭皓淳が髭面から情報を洗いざらい聞き出し、臓器売買に関わる闇組織の名前が浮上した。裏から手を回して、正攻法で摘発する手筈を整えた。当局が逮捕できたのは足切りに遭った末端グループだけだが、これで柳伯章が強迫されることは無くなるだろう。
後日、伊織は改めて柳伯章の滞在する奥多摩の別荘を訪問していた。今度はきちんと約束を取り付けてある。
「出入りしていた医薬品会社から持ちかけられた話だった。臓器売買と知って断ったものの、一度は話に乗ったことをネタに脅されていたんだ。君たちのおかげで恐ろしい犯罪に加担せずに済んだ」
感謝する、と柳伯章は深々と頭を下げた。その顔には安堵の他に寂寞と諦念の思いも見て取れた。平等にドナーがまわってくるのを待てば、孫娘は助からない。しかし、違法に調達された哀れなドナーの命を奪うことはできない。
「娘夫婦とともに残された日々を大事に過ごすことにするよ」
柳伯章は別荘の窓からバラの咲き誇る庭を眺めながら、自分に言い聞かせるように頷いた。
「あのう、俺の友人が調べてくれたんですけど」
伊織は榊のアドバイスでニューヨークのライアン・ハンターに連絡をつけた。ライアンは各界のセレブに顔が効く。柳伯章の娘の症状を伝えて、何か手立てはないか訊ねてもらった。心臓外科手術で名の知れたドクターから返信があり、日本の小児外科医に心臓手術で高名な人物がいるという。
「最近は侵襲性が低いカテーテル治療が日進月歩らしいです。もしかしたら適切な治療法が見つかるかも知れません」
伊織は大学病院のページをプリントしたものを柳伯章に渡した。柳伯章はひどく驚いていたが、伊織の手を取って何度も礼を言った。
***
「柳先生はとても喜んでいたよ。今度、お孫さんと大学病院に受診に行くって。それに取材にも丁寧に対応してくれて、今構想している最新作のことも教えてくれたから実のある記事にできそうだ」
奥多摩の山奥に二度も通ったが、良い取材ができたと伊織は満足そうだ。
「凄く人気だね。ここのアフタヌーンティー」
同じテーブルについた高谷は周囲を見渡している。マリオット東京パークサイドホテル三階にある中華料理レストラン「楼蘭」のラウンジは王朝アフターヌーンティーを楽しみにやってきたお客さんで満席だ。
中国風のクラシカルな調度品で統一された高級感漂うラウンジの天井には、緻密な文様が彫刻されたダウンライトのランタンが設えられている。テーブルは重厚感のある黒檀で、椅子は赤いサテンのふわふわのクッションが敷かれ、座り心地が良い。
「ここのアフターヌーンティーは人気で、平日でも予約が取りにくい。それで曹瑛が伊織の予定を確認するために奥多摩までNinjaをぶっ飛ばしたってわけだ」
バーGOLD HEARTで榊がライアンから東京観光のお礼にともらったマリオット東京のアフターヌーンティーの招待チケットの話を曹瑛にしたところ、すぐに予約を取ろうという話になった。伊織の予定がすぐに分からず、業を煮やした曹瑛は脊髄反射の勢いで奥多摩まで伊織を追いかけたという。
「食いしん坊に助けられたな、伊織」
榊は曹瑛を見てニヤリと笑う。曹瑛は不満げに榊を睨みつける。
前菜とともに出てきたライチ風味のジャスミンティーは仄かな甘さで、フルーティーな香りがすうと鼻に抜ける。
中華風の飾り棚には美しいガラスの小鉢が並び、シェフ特製の前菜が盛られている。レモンクリームドレッシングのサラダ、冷菜の豆腐和え、帆立貝とキノコの焦しバターオイスターソース、海老のスイートチリソース。盛り付けも豪華で、見た目にも楽しい。
点心は蒸したてを蒸籠で運んでくる。十種類の餃子と春巻き、ニラまんじゅう、シュウマイとテーブルに並びきらないほどだ。
「西安では餃子宴といういろんな種類の餃子を楽しむコース料理がある。形や色、素材がそれぞれ違い、百種類以上を数える」
曹瑛がひよこの形を模した餃子をまじまじと見つめている。意を決してつぶらな瞳も可愛いひよこをぱくりと口に入れた。
「百種類、見るだけでも面白そうだね」
綺麗に形づくられた餃子は食べるのが勿体ないくらいだ。伊織はどれにしようかあれこれ迷いながら、つやつやの翡翠色の餃子をつまみ上げた。
「中国では黄色は皇帝の色とされ、とても高貴な色です」
チャイナドレスの店員がお茶を淹れながら説明する。パイナップルのプチケーキ、烏龍茶ゼリー、マンゴープリンなど、黄色をテーマにしたスイーツがテーブルに並ぶ。
それを目にした榊が伊織の顔を見て、吹き出した。何やら思い出したらしい。高谷は普段はクールなのに実は笑い上戸の兄を気の毒そうに見つめている。
「今のあいつには伊織でも勝てるぞ」
曹瑛がフン、と鼻で笑う。
「うん、俺もそう思う」
伊織も目を細めて頷いた。柳伯章の今度の新作はカンフーアクションだと聞いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます