第4話

 爆発音の起きる15分前―


 ライムグリーンと黒のジェットスキーに跨がり、ビーチ方面から逃げ出した輩4人組は猿ヶ島を回り込んで古いドックに向かっていた。

「あいつら、舐めやがって」

「痛い目見せてやろうぜ」

 体勢を立て直して伊織や曹瑛、榊に仕返しを企んでいる。ドックは崩壊の恐れがあるため一般観光客は立ち入り禁止となっているが、中は自然の洞穴を利用した重厚なレンガ造りで輩たちはここを拠点に密漁を行っていた。


 ジェットスキーを入り口に停めると、奥から明かりが漏れているのに気が付いた。ここに人がいるはずがないのだが。金髪が不思議に思い、ドックに降り立つ。奥に小型の漁船が停泊していた。モスグリーンのビニルシートがかけられている。

「俺たちと同じ目的か」

「そうかもな」

 密漁をしにやってきた漁船かと、金髪とドレッドヘアが顔を見合わせて笑い合う。

「釣果を見てみようぜ」

 あわよくば横取りできると茶髪がシートを捲り上げた。金髪がLEDの懐中電灯を向ける。


「ひっ、なんだこれは」

「やべえヤツじゃん」

 輩たちは一斉に怯え始めた。ビニルシートの下には黒光りする銃器が並んでいた。自動小銃から小型のマシンガン、映画やゲームでしか見たことのないような大型の武器も並んでいる。木箱にはピンのついた丸いものがゴロゴロと入っていた。

「これ、もしかして手榴弾じゃ」

 茶髪が息を呑んだ。とんでもないものを見てしまった。奥から人の話し声が聞こえ、タバコの煙が漂ってきた。


「まだいる」

「逃げよう」

 ここにいる者たちは自分たちのようなチンピラ風情ではない。完全に裏社会で飯を食っている人間だ。金髪はジェットスキーのエンジンをかけようとする。その額に堅いものが突きつけられた。


「爆音出して入ってきてバレてないと思ってるのか」

 黒の開襟シャツに金のネックレス、黒のスラックス姿の男が金髪に銃口を向けている。

「ヒッ」

「すみません、何も見てません」

 怯えて咄嗟にウソをついた茶髪の足下に銃弾が跳ねた。

「ウソつくんじゃねえ、見ただろうが、こいつを」

 黒シャツはシートを捲り、船に積まれた銃器を見せつけた。これで輩たちの命の補償が無くなった。大柄の坊主頭も怯えて動くことができない。


「お前ら、この辺でやんちゃしてるガキどもだな」

 臙脂色のシャツの男が出てきた。足元の靴は白のエナメルクロコダイル。この男たちはおそらく地元の極道だ。金髪は涙目で唇をかんだ。

「怎么了?」

 奥から黒い詰襟の男が出てきた。外国語でやりとりをしている。臙脂色のシャツの男は松井と呼ばれていた。

「なんでもねえ、そうだ。ちょっとこいつの威力を見てみたいぜ」

 船から大型の銃器を取り上げた。先に菱形に膨らんだ弾頭がついている。


「好的」

 詰襟の男が銃器を構える。

「おい、こいつはどうやって走らせるんだ」

 松井がジェットスキーを指さしながら金髪に訊ねる。何が起きるか理解した金髪は震え上がった。

「おい、答えろや」

 黒シャツが銃を向ける。金髪は恐る恐るジェットスキーのエンジンをかける。


「沖に向けて走らせろ」

 松井から無情な指示が飛ぶ。金髪は涙目で松井を見上げる。

「そんな、勘弁してください」

「お前が乗ったままとは言わねえよ。そいつだけでいい」

 これ以上逆らうと殺される。そう感じ取った金髪はライムグリーンのジェットスキーをドックの外へ出し、エンジンをフル回転させる。大病院の副院長を務める父親にねだって買ってもらったものだった。それでも、こんな形で失うのは悔しい。涙をにじませながら手を離す。

 ジェットスキーは一度大きく飛び跳ね、そのまま真っ直ぐ沖へ向かっていく。


 詰襟がジェットスキーに狙いをつけ、トリガーを引いた。放たれた弾頭が風を切りながらジェットスキーを追う。次の瞬間、200メートルほど沖を走っていたジェットスキーが火花と消え、島を揺るがす爆音とともに火柱が上がった。ガソリンに引火したのだ。目の前の海が激しい光に照らされ、黒い煙がもうもうと立ち上る。

「良い腕だ。威力も申し分ない」

 その様子を見た松井は眉一つ動かさず、口元に笑みを浮かべる。その場に跪いた金髪は項垂れて呆然としている。


「お前ら、来い」

 金髪はじめ4人の輩たちはドックの奥へと連れて行かれた。中は広い空洞になっており裸電球が揺れていた。戦中は補給基地に使われた場所だ。発電機のモーターの音が不気味に唸りを上げている。

 薄暗い洞穴の中には松井を含めて日本人の極道が6人、詰襟の男が5人。うち一人は色つきサングラスをかけ、金色の大蛇が身体に巻き付いたデザインの黒い長袍に身を包んでいる。

 この男たちはこの島で密かに武器の密輸と取引をしていたのだ。船に乗っていた積み荷はすべて洞穴内に運び込まれた。


「お前たち、分かってるだろうが命は助からねえ」

 松井が4人の周囲をゆっくりと歩く。白いエナメルシューズの靴音が洞穴に響いている。遠く波がドックの岩にぶつかる音が聞こえる。海は好きだった。何故こんなことになったのか。金髪はやるせない気持ちに顔を涙でぐちゃぐちゃにしている。他の仲間も同じだった。


「さて、今度はこいつの精度を確かめるかな」

 松井が自動小銃を手にした。中のマガジンに弾が入っているのを確認し、安全装置を外す。その手慣れた様子に、普段から銃器を扱い慣れていることが見て取れた。

「この沖でお前たちの死体を捨てれば、海流に乗って陸から遠くに運ばれる。、もし発見されたとしても、魚の餌になって身元なんて分かりはしないのさ」

 松井は無慈悲に引き金に手を掛ける。もうダメだ、金髪はぎゅっと目を閉じた。


「ちょい待ち、未来ある若者を簡単に殺すとは感心せえへんな」

 ドック入り口から現われたのは、笑みを浮かべた無精髭の男。赤色の龍柄アロハシャツに白い短パン、サンダル姿だ。ビーチの観光客にしか見えない。金髪は顔を上げて目を見張る。昼間の焼きそば屋だ。

 その背後にはブルーのポロシャツにベージュのカーゴパンツの短髪の男、アッシュゴールドの逆立てた髪に白い半袖シャツ、黒いジーンズ姿の男が立っている。3人とも昼間に海の家にいた。


「なんだお前は」

 松井は顔をしかめる。背後に控える男たちがざわつき始めた。

「あんちゃん、もう悪いことせえへんと約束できるか」

 劉玲が膝を曲げてかがみ込み、金髪たちに向き合う。輩たちは意味が分からず、目を丸くしている。

「お前たちわからないのか、暴走運転や割り込みをするなってことだよ」

 背後にいた孫景がドレッドヘアを小突く。ドレッドヘアは弾かれたようにうんうん、と首を振る。金髪も拝むような目で劉玲を見上げる。


「よっしゃ、ほな助けよ」

 劉玲がにっこり笑う。

「お前ら勝手に何を言ってやがる」

 松井が殺気だった目で劉玲を睨む。劉玲は松井に向き直る。

「悪いけどな、軍の払い下げ品は国外には出せへん品や。それをそこにおる真蛇が勝手な真似して上海の倉庫から持ち出したんや」

 劉玲は金蛇の長袍の男を指さす。真蛇と呼ばれた男はサングラスの奥で目を細める。


「おお、これは劉老師。気が付かず失礼した」

 真蛇は大げさな身振りで深々と頭を下げる。その様子はまさに慇懃無礼だ。劉玲は笑みを浮かべたまま真蛇を見つめている。上海九龍会の幹部がここにいる。詰襟の部下たちは劉玲の正体が分かり、怯え始めた。

「お前は本国に送還や」

 劉玲が目を見開く。その口元からは笑みが消えている。

「九龍会では武器の横流しは禁じられているが、金になる。お前が消えれば邪魔をする者はいなくなる」

 真蛇がニヤリと笑う。


「何をごちゃごちゃ話してやがる」

 黒シャツがポケットから抜いた銃を劉玲に向ける。引き金を引く前に、銃声が轟いた。黒シャツは銃を地面に落とした。手からは血が流れている。孫景の構える銃の銃口からは細い硝煙が立ち上っている。孫景が黒シャツの手を狙い撃ちしたのだ。

 昼間の海の家でかき氷にシロップをかけていた男が平然と銃を撃つ様を見て、金髪はあんぐりと口を開けている。


 詰襟2人が手にした銃で劉玲を狙う。ここで本国へ強制送還になれば、どんな裁きが待っているか、その恐怖に駆られたのだ。銃声が2発響いた。詰襟が腕を押えて喚いている。

「往生際が悪いな」

 孫景が呆れている。

「畜生、こいつらを片づけろ。そこの武器を使っていい」

 真蛇が叫ぶ。木箱のすぐ側にいた詰襟がサブマシンガンを取り出した。

「まずいな、逃げろ」

 劉玲と孫景、獅子堂は呆然としていた輩たち4人の腕を掴み、洞穴の岩陰に身を潜めた。マシンガンの火花が散り、岩が削られる。その音に、輩たちは怯えている。


「お前たちは逃げろ」

 獅子堂がドックの出口を指さす。

「でも、あんたたちは」

 へっぴり腰で逃げだそうとした金髪がはたと立ち止まり、振り返る。

「この程度の修羅場は朝飯前だ、早く行け」

 孫景が追い払うように手を振る。

「あ、ありがとう」

 金髪は劉玲たちに頭を下げた。これまで人に感謝することも、頭を下げることなど無かった。今このとき、本心から他人に感謝をした。


「これ、使ってくれ」

 金髪がドレッドヘアから受け取ったジェットスキーのキーを投げる。劉玲はそれをキャッチして、にんまり笑う。

「おおきに」

 4人の輩たちは身を屈めて通路に沿ってドックを抜け出した。


「さて、そうは言ったものの結構マズイな」

 孫景が手にした銃で応戦しながらぼやく。何しろあちらには武器庫がある。こちらは劉玲と孫景の持つ自動小銃が1丁ずつだ。


「うわはははは、大口を叩いていたが、武器が無ければ何もできないな」

 真蛇が大声を上げて笑う。松井も面白そうに状況を見守っている。

「こいつを食らえ」

 詰襟が火炎放射器を持ち出した。地獄の業火が洞穴の壁を焦がす。

「くそ、あんなものまで持ってやがる」

 孫景が舌打ちをする。

「タバコの火、借りるか」

 劉玲は冗談を言いながらも何か次の策を考えているようだが、表情は険しい。


「おお、すげえな。丸コゲにしてやれ」

 日本の極道たちはその様子を見て楽しんでいる。松井もタバコに火を点け、口元を歪めて笑っている。

「次はこれだ」

 詰襟が木箱を開ける。中には手榴弾が入っていた。

「おお、それはいい」

 もう一人の詰襟も手榴弾を掴もうと木箱に手を入れる。


「ぎゃっ」「痛え」

 叫び声が上がった。いつの間にか現われた長身黒ずくめの男が木箱の蓋を足で押さえつけている。蓋に手を挟まれた詰襟2人は怒りに任せて男に殴りかかろうとする。しかし、男の瞬発力と足のリーチの方が勝っていた。強烈な蹴りを食らって2人は地面に転がった。


「何者だ」

 松井が男を睨み付ける。

「ただの観光客だ」

 洞穴内に穿たれた錆びた鉄の扉から、もう一人の男が姿を現わした。素肌に黒いパーカーを着て、黒のカーゴパンツというラフな格好だが、縁なし眼鏡の奥の鋭い眼光はとてもカタギには見えない。松井は奥歯をギリと噛んだ。

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