第3話
月明かりの下、磯に見える人影は6人。4人は昼間に騒動を起こしたジェットスキーの輩たちのようだった。あとの2人は年配の男で、輩4人に対して何やら憤慨している。
「この辺は禁漁区なんだ。遊びにしてもそんなに取っていかれては困る」
男はどうやら漁師のようだ。
「あわびもサザエも磯の環境を保護して、種苗を放流して、俺たちは手間をかけているんだ」
輩たちは夜陰に乗じてここで密漁をしていたようだ。
「大自然の恵みを享受しているだけだ、ケチなこと言うなよ」
金髪の発言に他の男たちも同意しながらゲラゲラ笑いだす。
「お前たちは遊びや小遣い稼ぎかもしれないが、俺たちはこれで生活をしているんだ」
漁師が反論する。しかし、輩たちには全く響いておらず、反省の様子は微塵もない。
「本当にそうだ、漁師は海を守るのに努力している」
背後から声が聞こえ、振り向けば伊織と榊の姿があった。伊織は漁師をバカにする輩に憤慨していた。
「伊織さん、榊さんも」
「ベッドに2人がいないから外に出てみたら、磯から声が聞こえてな。あれは昼間のジェットスキーの奴か」
「そうみたい」
榊が起きだしたので、伊織も目が覚めて一緒に出てきたという。
「うるせえよ」
坊主頭が漁師の一人を殴りつけた。大柄で豪腕な坊主頭の体重を乗せた拳に、小柄な漁師は易々と吹っ飛ばされた。磯に背中を打ち付け、唸っている。金髪たちはニヤニヤとそれを眺めている。
無謀にも、もう一人の漁師がつっかかろうとする。坊主頭がまた拳を握りしめる。
「やめろっ」
岩場の影から飛び出したのは伊織だった。突然現われた珍客に、輩たちは驚く。
「漁師さんの言っていることは正しい。お前たちは採ったものを返すべきだ」
輩の足元にある網の中には大量のあわびやサザエが入っていた。この周辺で潜って採ったものだ。密漁というには充分な量だ。
「何だお前は、いきなり登場して」
坊主頭の注意が伊織に向く。近くで見れば、かなり大男だ。伊織は一瞬肩を竦める。
「こいつ、ビビってやがる」
坊主頭が伊織に掴みかかろうとする。伊織はそれをすり抜け、ドレッドヘアの足元にあった網を取り上げた。
「なにしやがる」
ドレッドヘア伊織を追いかけようとするが、磯の岩に足を取られて転びそうになった。伊織はトントンと岩を飛んで離れていく
「返しやがれ!すばしこい奴だ」
頭にきたドレッドヘアが伊織を追う。
「これは海に返す」
伊織が網を持ち上げ、逃げて行く。
「大丈夫か」
岩場に座り込んだままの漁師の腕を掴む者がいた。榊が漁師の腕を持って立たせる。
「この島で何度もあわびやサザエを乱獲する奴らがいることが分かって、警備に来てみたらこのザマだ、情けねえ」
若い頃はあんな奴ら、一人でものしてやったのに、と気骨ある漁師は悔しそうに歯噛みする。
「あの若いの、大丈夫か」
もう一人の漁師が伊織を心配そうに見守る。
「掴まえたぞ、この野郎」
ドレッドヘアが伊織の腕を掴んだ。伊織は不敵な笑顔を見せる。
「何で笑ってやがる」
怪訝な顔をするドレッドヘアに、伊織が頭の上に何かを乗せた。ぶよぶよした濡れた物体が額から垂れ下がり、ドレッドヘアは絶叫する。
「ナマコだよ、刺身でも食べられる」
逃げながら磯で拾ったナマコだった。ひるんだドレッドヘアを置いて伊織は逃げていく。
「ふざけやがって」
金髪が銛を手にした。怒りに顔を歪めながら伊織を追って走りだそうとしたとき、目の前に長身、黒づくめの男が立ちはだかった。黒いサーフスーツに黒のパーカーを羽織り、湖に映る冷たい月を思わせる瞳。闇夜に静かに立つその姿に、思わず背筋が凍った。
「”獲物”を持ち出すなら話は別だ」
曹瑛は金髪を睨み付ける。
「なんだてめえは」
金髪は銛を構えた。曹瑛は微動だにしない。
「怖くて動けねえのか」
金髪が口を歪めて笑う。曹瑛は無表情のまま、金髪を見下ろしている。金髪は銛を構えて曹瑛に突き出した。瞬間、曹瑛は銛の切っ先を掴み、大きく振る。金髪は思わぬ力に銛を持ったまま振り回され、無防備な背中を晒した。曹瑛はその背骨に肘鉄を落とす。
「ギャッ」
金髪は呻いてゴツゴツした磯に腹から叩きつけられた。顔や手足をすりむいて泣き喚く。
「ふざけやがって」
坊主頭が曹瑛を睨み付ける。不意に肩を叩く者がいた。
「お前の相手はこっちだ」
榊が鋭い眼光で睨みを効かせる。坊主頭はその剣呑な雰囲気に一瞬呑まれそうになるが、相手が自分より小柄なことに油断してニヤリと笑う。
「俺はボクシングジムでプロボクサーと戦って勝ったことがある」
坊主頭は拳を握り締め、榊を威嚇する。そして腰を落として構えを取った。榊が相応の相手だと認識したのだろう。榊も構えを取る。
坊主頭が踏み込んで、スピードに乗せたボディブローを叩き込む。榊はそれを避け、隙のある坊主頭の脇腹にフックを入れた。
「ぐ・・・」
細身の割りに重い拳だ。坊主頭は目を見張る。
「俺はノーライセンスだが、ケンカの場数は踏んでるぜ」
榊は余裕の笑みを見せる。坊主頭は苛立ちと焦りで榊につっかかていく。榊のボディを捉えるも、身をかわされ大きなダメージにならない。
榊の拳が坊主頭の顔面にクリーンヒットした。鼻っ柱を折られて坊主頭はギャッと呻く。鼻からは夥しい鼻血が流れ出した。
「そこの漁師の分だ」
さらに鳩尾に拳を叩き込んだ。坊主頭は腹を押えて蹲る。
「これは交通違反の切符だ、仲間にもビーチの近くで暴走するなと言っておけ」
坊主頭は涙目でよろけながら逃げて行く。密漁した獲物も置いて、側に停めていたジェットスキーに跨がり、仲間と共に走り去っていった。
「これ、どうぞ」
伊織があわびやサザエの入った網を拾い上げ、漁師に手渡す。
「ありがとう、あんたたちは一体」
細身とのっぽの漁師が不思議そうな顔で伊織や曹瑛、榊の顔を見比べる。
「俺たちはただの観光客です」
榊は笑う。
「あった」
こちらに走ってこようとした高谷が足を止めて声を上げた。しゃがみこんで銀色のパーツを拾い上げる。探していた羽の形をしたチャームだった。
「俺のせいで面倒に巻込まれて、ゴメン」
高谷が頭を下げる。
「見つかってよかった」
伊織の言葉に、曹瑛も小さく頷いた。
「しかし、伊織もなかなかやる」
「漁師の苦労はじいちゃんを見てよく知ってたから、つい必死で」
榊につつかれて伊織はあたまをかく。海沿いの町出身の伊織は子供の頃から浜辺や磯でよく遊んだこともあり、磯のことをよく知っていた。普通なら岩に足を取られるところをスムーズに移動できたのはそのためだ。
「しかし、奴らは懲りただろうか」
曹瑛は輩が去った海を見つめる。密漁に味を占めた輩がすんなり諦めるはずがない。またここでは無い場所で繰り返すだろう。
ドン、と派手な爆音が轟き、夜空に煙が立ち上る。島の裏側だ。皆驚いて振り向く。
「何だあれは」
音と煙の量からして何かが爆発したようだ。榊が眉根を寄せる。
「島の裏側で何かあったみたい」
高谷が青ざめた表情で煙を見上げる。
「島の裏側には戦中に使われていたドックがあるな」
曹瑛の頭の中には島の地図が入っているようだ。島の裏側には補給船のためのドックがあった。遊歩道は塞がれて立ち入り禁止になっていた場所だ。
「行けば兄貴たちの狙いが分かるかもしれない」
「あ、そうか劉玲さん」
ただのバイトで海の家で焼きそばを焼きにくるはずがない。伊織と曹瑛が顔を見合わせる。曹瑛は島の反対側に向かって歩き出す。榊、高谷も後に続いた。
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