第25話 桜舞う赤木山
古びた掛け軸だが保存状態が良く、天城山麓の資料館に展示されていたものより鮮明だ。そびえ立つ山の左側に紅い日が描かれている。山には桜が満開で、中腹には城跡が確認できた。
「これは井戸かな、井戸から龍が昇っている」
伊織が指さす先に丸い穴が空いており、そこから金色に光る龍が立ち上っている。
「中国では龍は吉兆を示す」
壁にもたれて遠巻きに掛け軸を眺めていた曹瑛の言葉に場が沸き立つ。
「調べてみたけど、桜が満開の時期にこの位置に太陽がくるのは赤木山。この掛け軸には天城山と書いてあるけど、現在の赤木山で間違いないよ」
高谷がタブレットで山の座標と太陽の軌道を計算して割り出したという。天城山が過去に赤木山と呼ばれていたことは、町の歴史風土資料館で調べて分かったことだ。
「それに、衛星写真でこの辺りに山城の跡があるのが確認できる。天城山ほど整備されていないけど、遊歩道から逸れて進めば城跡に辿り着けそうだよ」
高谷の説明に全員がほう、と感嘆のため息をつく。
「君は本当にクレバーだな、結紀」
ライアンは素直に感心している。榊がよくやったと高谷の頭をくしゃくしゃと撫でる。高谷は嬉しそうにはにかんだ。
赤木山は山向こうの町へ抜けるための狭い県道が走るのみで、途中に申し訳程度の展望台が用意されている。高谷の調べた衛星写真で一番近い駐車場に車を停め、遊歩道を進む。
「まるで獣道だな」
スコップをかついだ孫景が雑草を踏みならしながら歩く。ほとんど人が通らないのか、折れた枝や倒木が道を塞いでいる。
「ハイキング客も見かけないわね」
千弥が周囲を見渡す。空は明るく晴れているが、背の高い木立が太陽の光を遮り、山中は薄暗い。
「ぎゃっ」
突然、孫景が叫び声を上げる。腕をぶんぶん振り回し、地団駄を踏んで暴れている。
「どうした」
その様子に驚いた獅子堂が孫景に近づく。
「ひいっ、これ取ってくれ」
孫景の泣き出しそうな声。
「落ち着いて、孫さん」
千弥が孫景の顔に手を伸ばす。孫景の顔にへばりついた蜘蛛をそっとつまみ、木の枝へ返してやった。
「人騒がせな奴だ」
曹瑛がぼやく。
「うるせえ、俺は虫が苦手なんだよ」
孫景はよほど怖かったのか、顔から血の気が引いている。
「腕っぷしは強いのに、虫が怖いなんて可愛い」
千弥はくすっと笑う。孫景は渋い顔をして、頭にかかった蜘蛛の巣を払いのけた。
道なき道を進み、開けた場所に出た。
「わあ、綺麗」
千弥が叫ぶ。苔むした石垣が点在する広場には、満開の山桜が白い花を咲かせていた。いたずらな風に揺られて青空に花びらが舞う。
「ここが城跡で間違いないな。井戸はどこや」
劉玲は周囲を見回す。皆も散開して歩き回るが、井戸跡らしきものは見つからない。長くうち捨てられた石垣は半分以上土に埋もれている。井戸も土の下かもしれない。
「この一帯を当てずっぽうに掘るのは現実的ではないな」
ライアンの言葉に榊も頷く。
「掛け軸の絵では、井戸の位置が大雑把すぎる」
伊織が唸りながら考え込んでいる。
「そうだ劉玲さん、鏡はありますか」
劉玲が偶然手に入れた魔鏡からここまで辿りついたのだ。鏡が映し出した地図はかなり大味だった。本当にヒントはあれだけなのだろうか。
「おお、持ってるで」
劉玲がバッグから鏡を取り出した。伊織は鏡を手にして裏面を見る。そこには緻密な文様と四つの方角を示す青龍、白虎、朱雀、玄武の四神が刻まれている。
「これは」
よく見れば、外周にも文様が並んでいる。錆が浮いており分かりにくいが、12種類の動物のようだ。
「それは十二支だな」
鏡を覗き込んだ曹瑛の言葉に、伊織はハッと顔を上げる。形が不明瞭だが、尻尾があるのがねずみだろう。
「子・丑・寅・卯・辰・・・」
鏡の外周と内側に溝がある。伊織は中心を固定して鏡の外周をずらしてみた。ゴリ、と音がして外周部分が動いた。青龍と辰が並ぶまで動かしていく。
ガチン、と手応えがあり何かがかみ合う音がした。伊織は興奮する気持ちを抑えながら、鏡に変化があるか見回してみる。
「何か起きるかと思ったのに何もないや」
伊織は残念そうな顔を曹瑛に向ける。曹瑛は腕組をしたまま鏡をじっと見つめている。
「伊織、鏡をもう一度光にかざしてみろ」
曹瑛の言葉に伊織の目が輝いた。木陰から太陽の下に出て鏡を反射させてみる。
「これは」
伊織の驚嘆の声に皆が集まってきた。
「やったな、伊織」
榊が伊織の背中をバシンと叩く。劉玲も手放しで喜びながら伊織の頭をガシガシと撫で回す。
太陽の光を反射して、鏡は新しい地図を浮かび上がらせる。烏鵲堂で確認したときは天城山の地図だったが、今目の前に映るのは山城の見取り図だった。
「鏡の裏面の四神の青龍と十二支の辰を合わせた。それがスイッチになったのか」
「古代の鏡なのに、すごい技術ね」
孫景と千弥も驚いて顔を見合わせる。
高谷が鏡が映し出す地図をタブレットで撮影し、衛星写真と重ね合わせてみる。
「城郭が二重になっていて、地図が示す井戸の場所はこの辺り・・・あの石垣の周辺が井戸のあった場所だよ」
高谷が指さす場所に皆で向かう。短い草に覆われたただの地面だ。
「よっしゃ、ここまで場所を特定できたんや、掘ってみよか」
劉玲が土にスコップを入れる。
「やってみるか」
榊も土を掘り始める。皆で黙々と一帯を掘り返していく。桜の花びらが時折吹き抜ける涼しい風に舞い上がる。
半刻ほど経った頃、獅子堂のスコップの先が何か固いものに当たった。
「劉兄、ここに何かある」
「お、獅子やん見つけたか」
劉玲が汗を拭いながら獅子堂の掘っていた場所にしゃがみこむ。土を払うと、平たい石があるようだ。明らかに人工的に切り出したものだ。
「これは井戸の跡やな。年月が経って土に埋もれてしもたんや」
男たちは集中して井戸の跡を掘り進めた。そこには石造りの丸い穴の跡、そして。
ガツン、と金属がぶつかる音がした。慎重にスコップで土を払っていく。幅50センチほどの鉄製の箱が出てきた。錠前がついているが、腐食していたためスコップで打撃を加えるとすぐに壊すことができた。
「すごい、本当にあった・・・」
伊織は息を呑む。劉玲が箱に手をかける。皆も呼吸を忘れて見守る。蓋を開けると、中には紫色の布が見えた。布をめくれば金色に輝く装飾品が出てきた。
「すごいわ、本当に宝物じゃない」
千弥が目を見張る。
「Oh,Amazing」
ライアンも思わずオーバーアクションで喜び、劉玲に熱いハグをする。
「これは中国から伝来したものやな」
帯の留め具や髪飾りなど、金細工に宝玉を嵌め込んだ緻密なデザインの装飾品が箱一杯に詰まっている。
「あのいい加減な地図から本当にたどり着くとはな、相変わらず強運の持ち主だ」
曹瑛も呆れ半分に驚いている。これまでも二度、劉玲の思いつきで宝探しが成功している。
「運やない、夢を信じる力や。それにみんなの協力のおかげや」
劉玲は胸を張って答える。
「箱はひとつじゃないようだ」
獅子堂の足元には土に埋もれた同じ箱の角が見えていた。興奮冷めやらぬまま、箱を掘り出してみると全部で5つ。中には金の仏像やガラスの器、翡翠やアメジストなど天然石の装飾品、宝剣が入っていた。
「この地を治めた領主が渡来人と交流し、得たものか。そして城を捨てて逃れるときに宝を井戸に隠した」
榊は歴史風土資料館で見た周辺の古墳の出土品を思い出した。
「地元のおっちゃんも天城山の財宝の話を知ってた。昔話やと言うてたけどな、俺は本当にあると信じてたで」
劉玲は満面の笑みを浮かべた。
山を降りて、資料館の管理人のじいさんに宝の発見を伝えた。じいさんは驚いて腰を抜かしていた。地元の役所に相談し、調査を進めることになるという。
「全部お上に渡すのか、もったいない」
郭皓淳はあひる口を突き出して残念がった。
「宝物は俺たちが持っていても勿体ない。大陸と日本の文化交流の証として、町の資料館で展示して大勢の人に見てもらうのがええ」
劉玲の真っ当な意見に、郭皓淳は肩を竦めてため息をついた。
「仕事は散々だったが、あんたらのおかげで楽しかった」
ヘルメットをかぶり、カブに跨がった郭皓淳は手を振る。これから東京まで4時間かけて帰るらしい。
―――――――――
翌日、羽田空港へNYに帰るライアンの見送りにやってきた。
「とてもエキサイティングだった。君たちと離れるのが寂しいよ」
国際線の出発ロビーで、ライトグレーのスーツに身を包んだライアンは寂しそうな表情を浮かべる。
「ライアン、元気で。また会いましょう」
「君の活躍を楽しみにしているよ」
ライアンは千弥と握手を交わす。
「伊織、君は勇気があるよ。とてもクールだった」
「ありがとう」
伊織は照れながら握手を交わした。
「英臣、また君とバディを組みたいよ」
ライアンが腕を広げてハグを求める。榊はそれに応えてライアンの背中を軽く叩く。殴られると思っていたライアンは目を見開いて顔を赤らめた。高谷も榊の対応に驚いている。
「ビジネスでな。それと用件はできる限りメールで済ませてくれ」
榊は真顔で釘を刺した。
「曹瑛、君の戦う姿を見て惚れ直したよ。やはり君は美しい」
近づいてくるライアンに、曹瑛は一定の間合いを譲らない。
「誰かのために戦ったわけではない」
曹瑛は顔を背ける。ライアンは笑顔で頷く。
「それと、あのときは悪かった・・・湖の側で、俺を助けようとしていたと聞いた」
曹瑛は頭をかきながら気まずそうに目線を落とす。ライアンが人工呼吸をしようと迫ったとき、反射的に思い切り顔面を殴ってしまったのだ。
「いいんだ、結果的に君が助かったのだから。しかし、キスをしそこねたのは残念・・・」
曹瑛はみなまで言わせず、ライアンの鳩尾に渾身の拳をめり込ませた。
「ライアン、榊さんは諦めなよ」
高谷がライアンを見上げて唇を突き出す。
「それはできない。彼に心底惚れてしまったんだ。それに、手強いライバルがいると逆に燃えるよ」
ライアンは高谷に握手を求める。
「負けないからね」
高谷は笑顔でその手に力を込めた。熱い握手を交わしたあと、ライアンは手を振りながら出国ロビーの奥へ消えていった。
―――――――――
宿泊しているホテルのレストラン。モーニングサービスのコーヒーを飲みながら、劉玲は新聞を読んでいる。
「おっ孫景はん、これ見てみ」
劉玲は嬉しそうに目の前に座る孫景に新聞を手渡す。
「なんだ、面白い事件か」
孫景は劉玲の示す新聞記事に目を通す。地方欄の小さな記事だ。そこには、みずは銀行現金輸送車強奪事件で奪われた3億円が手つかずのまま、交番に届けられたと書いてあった。
「尾上くんやな」
尾上は地元の暴走族、ポイズンヘッドのリーダーだ。劉玲は毒龍から取り戻した金を彼に託したのだ。
「ほう、そのまま返したのか」
孫景も感心している。
「尾上くんは仲間も説き伏せた上で決断したはずや。彼らの未来は明るいな」
劉玲は満足そうに笑い、コーヒーを飲み干した。
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