第13話 天城山の真実
「おい、どうするんだよカシラの懐刀は役立たずじゃねえかよ」
片岡が太田を肘でつつく。所属する橋本組若頭の寄越した助っ人2人は呆気なくやられてしまった。あんなに強そうな雰囲気を纏っていたのはとんだハッタリだった。
「いや、お前見たか。あいつら只者じゃねえぞ。あの外人、何事もなかった顔をしてるけど、銃を持ってたじゃねえか。しかも平然と清水を撃ちやがった」
太田は背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。
「ヤバすぎる、逃げようぜ」
「バカ野郎、北山と清水を置き去りにするのかよ、あとからぶっ殺されるぞ」
小心者の2人は、こそこそと小声で保身の策を練っている。
「こいつら、俺たちが金を狙っていると言っていたな」
榊がアスファルトに突っ伏している清水に視線を向ける。ライアンがシーマの前で挙動不審な2人を指さした。
「彼らに聞けばいい」
自分たちに注意が向いたことに、片岡と太田は飛び上がるほど驚いた。榊とライアン、高谷が近づいてくる。
「ひえっ」
榊の長い前髪から覗く鋭い眼光に、片岡と太田は情けない声を上げる。
「どういうことだ、説明してくれ」
片岡と太田は顔を見合わせる。
「あ、あんたらも練馬みずは銀現金輸送車強奪事件の金を狙ってるんじゃないのか」
片岡が上目遣いで榊をチラリと見上げる。グレーのジャケットに白のVネックシャツ、ネイビーのチノパンというラフな格好なのに、全身から醸し出す雰囲気は極道顔負けだ。
「練馬のみずは銀行の現金強奪事件、確か3ヶ月ほど前に新聞やTVを騒がせた事件だ。盗まれたのは3億円だったかな」
高谷が記憶を辿る。強奪された金額が億単位ということで、ネットニュースでも話題になっていた。
「君たちはその3億円を探しているのか」
ライアンが柔らかい笑みを浮かべながら訊ねる。細められた目が全く笑っていない。こういう男が裏社会では一番怖いのだ。
「ああ、そうだよ。あんたらも金を探しているんだろう」
太田がヤケクソ気味に答える。
「俺たちは強盗事件の金になど興味はない」
榊の言葉には嘘はないようだ。片岡は首をかしげる。
「じゃあ、なぜ天城山を掘り返したんだ」
「俺たちはある男の酔狂な夢に付き合っているだけだ」
榊の言葉を聞いて、ライアンと高谷が顔を見合わせて笑う。
「じゃあな、もし金を見つけたら警察に届けろよ」
そういって、呆然と佇む片岡と太田を尻目に、榊たちは展望台へと上っていった。片岡と太田はホッとため息を漏らした。
「あいつら金が目的じゃないのか」
「どうも違うようだな」
太田は緊張が解けてプッと吹き出した。片岡とともに草むらに転がっていた北山とアスファルトに寝ている清水を回収し、シーマに乗せ坂を下っていった。
丸太を組み合わせた階段を120段ほど上った先に展望台があった。いくつもの山に囲まれた緑豊かな盆地が広がり、空に浮かぶ白い羊雲の影が野山をゆっくりと移動している。あちこちで菜の花が満開だ。頬を吹き抜ける風に心地良い温かさを感じる。
のどかな里山の風景を前に、高谷は思い切り伸びをした。
榊が色褪せた案内看板の前に立つ。ここから見える山や主要な建物を図で説明したものだ。
「あの山が天楯遺跡のある天城山だ」
榊が指さす。そして、東にその指先をスライドさせる。
「そして、その隣が赤木山」
「とてもよく似ている」
ライアンが頷く。
「読みも似ているね。今調べたんだけど、江戸時代まで、赤木山を天城山と呼んでいたそうだよ」
高谷がタブレットをスライドする。
「土地の名前が入れ替わることはよくあることだ。天城山もその例だろう」
鏡にあった天城山は江戸時代以前の赤木山を指している可能性が高い。
「英臣、結紀、すごいよ。これで宝に近づいたね」
ライアンは満面の笑みを浮かべる。どさくさに紛れて榊に抱きつこうとして、あっさりいさなれた。
-森のレストランにて
森の中の一軒家といった雰囲気のレストランに到着した。レトロモダンなランプのつり下がる板張りの店内には円卓が10組ほど、壁には暖炉が据え付けてある。炭火焼きの香りが食欲をそそった。森林を抜ける風と木漏れ日が心地良いオープンテラス席に着席する。
「カブは馬力があるけど、さすがにベンツとハーレーには敵わないな」
郭皓淳は孫景の運転するベンツと獅子堂のハーレーをカブで必死で追いかけ、遅れてやってきた。神保町のマッサージ店、蓮花の店主に借りたカブだという。
「えっ、郭皓淳さん神保町からカブでここまで来たの」
伊織が驚く。都内から軽井沢まで、車なら高速道路を使えば2時間強で到着できるが、カブなら一般道を走ることになるので、4時間はかかる。
「おう、さすがに長距離乗ると尻が痛いわ」
郭皓淳はへらへらと笑う。
ウエイトレスがメニューを持って来た。オススメは暖炉で焼いた鴨肉料理という。ランチセットには旬野菜の前菜ビュッフェ、バゲットがついている。長野県飯田産の豚肉や牛の骨付き肉と、肉料理が豊富だ。
皆それぞれに注文を伝える。
「それで郭皓淳はん、なぜここにやってきたんや」
劉玲が訊ねる。口元は笑っているが、目には真剣な光が宿っている。曹瑛も腕組みをして、郭皓淳をじっと睨み付けている。
曹瑛と郭皓淳は、一度本気で戦ったことがある。曹瑛が辛勝を収めたが、郭皓淳の針による攻撃で腕の自由を奪われた恨みを地味に根に持っているようだ。
「毒龍という男を知っているか。新宿で“毒”を売っているケチな男だ」
毒は中国語でドラッグの意味だ。
「仲介人を通して用心棒を頼まれた。俺はここに来て依頼人の名前を知ってな。知ってりゃ断っていた。そしてあんたたちと鉢合わせしたってわけだ」
郭皓淳は眉根を寄せて顎髭をしごいている。
「いい加減な奴だ、依頼人も調べず仕事を引き受けるのか」
曹瑛が苦言を呈する。
「バイト料が破格だったんだよ」
郭皓淳がちょび髭の乗ったあひる口を突き出す。バイト感覚で用心棒を請け負うとは、ノリが軽すぎる。伊織は唖然とする。
「で、あんたらも金を狙ってるのか」
郭皓淳の言葉に、テーブルを囲む皆が注目する。
「都内の銀行で盗まれた現金3億、それが狙いじゃないのか」
一同眉根を寄せている。劉玲が頭をかきながら笑い出した。
「合点がいった、天城山で土を掘り返した若者は金が狙いやったんか」
天城山の城跡で彼らが探していたのは現金3億円だったのだ。探し物がそれぞれ違うことに、お互い気が付いていなかった。
「で、金はあったのか」
孫景がバケットをかじりながら訊ねる。
「ああ、暴走族の若者2人が掘り出した。昼間に見つけて仲間には黙っておいたんだろう」
「その2人をやったのがお前の仲間か」
曹瑛が冷ややかな瞳で郭皓淳を睨む。
「仲間じゃねえ。奴らとはとても気が合わねえよ」
郭皓淳は首を振る。
「奴らって誰や」
「辟邪と天祿」
郭皓淳の口から出た名前に、曹瑛と劉玲、孫景が顔を見合わせる。
「そいつらは何者だ」
不穏な気配を察した獅子堂が口を開いた。
「辟邪に天祿。最凶の兄弟や。フリーの暗殺者で、どんな仕事も金次第で引き受ける。殺しを楽しむような奴らや。俺の組織では奴らを使うことは禁じてる。道理の通じない獣や」
劉玲は上海九龍会の幹部で、下部組織を含め二千人の部下を抱えている。その劉玲が警戒する相手とは、伊織はそんな男たちが日本に、この近くまでやってきていることに嫌悪感を覚えた。
「辟邪は、中国の想像上の動物で鹿に似た二本の角を持っている。天祿も想像上の動物で牛に似た尾を持ち、一本の角を持つ。辟邪と天祿は対をなし、どちらも邪悪を避けるものだ」
曹瑛の説明を伊織と千弥は興味深く聞いている。
「辟邪と天祿、邪悪を払うというけど劉玲さんの話を聞くと、なんだか皮肉な名前ね」
千弥が呟く。
「今、現金3億はそのろくでなしどもの手の中か、面白うないなあ」
劉玲の表情は、何やら悪知恵を働かせていることが窺える。
「悪銭身につかず、だな」
孫景がニヤリと笑う。獅子堂は無言で頷く。曹瑛も違いない、と口角を上げて頷いた。
「そいつは面白い、奴らの隠れ家に案内しよう」
郭皓淳も乗り気だ。メインの肉料理が運ばれてきた。千弥は前菜とスープを取りに慌てて席を立つ。
「さ、美味しそうな肉やで。しっかり食べよ。食べたら運動や」
暖炉の火で焼いた肉は香ばしく、ナイフを入れると肉汁があふれ出す。気まぐれな宝探しがどんどんとんでもない方向に向かっていく。伊織は景気づけとばかり鴨肉を口いっぱいに頬ばった。
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