第7話 天楯城址の乱闘
―天楯城址駐車場
榊はBMWを駐車場に停める。孫景の運転していた黒塗りのベンツとさきほどの改造バイク集団、黒いアルファードが停まっている。
「この先の天楯城址に曹瑛たちと奴らがいるということか」
劉玲と高谷、ライアンも車から降り立つ。榊はBMWをロックした。
「こいつらも宝を狙とるのか」
劉玲が神妙な表情で趣味の悪い改造バイクを見つめる。鏡の他に何か宝の手がかりがあるのだろうか。
「ところで、和真は奴らに協力しているのか」
バイク集団の中に、獅子堂の姿があったのをライアンは見た。
「獅子堂はあんな奴らとつるむような男ではないだろう」
何か理由があって奴らと同行しているのだろう、榊の意見にライアンは頷いた。
「行けば分かるよ」
高谷が先を急ごうとすると、荒々しい運転にタイヤを鳴らしながらフルスモークの白いマジェスタが駐車場に突っ込んできた。カーステレオからドンドンと重低音大音量の音漏れがしている。白線を完全に無視して2台分を占領し、停まった。型落ちの車種を中古で購入し、ギリギリまで車高を下げたヤンキー仕様だ。
ドアが開き、想像通りの姿の男たちが車から出てきた。金文字が入った黒ジャージに、赤と黒の柄シャツ、野球帽、剃り込みにサングラスの4人がトランクを開けて何やら物色している。
「生意気なヤツらをいたぶるって話だな」
「ここは埋める場所がいくらでもあるぜ」
「みんな先に着いてるじゃねえか、俺たちが楽しむぶんは残ってるのかよ」
チンピラたちは不穏な会話を交わしながら木刀やチェーンを手にした。野球帽が横に停めてあるベンツに目をやった。木刀を肩に担いで近づいていく。
「これが奴らの車だろ」
「お、やるのか」
「高級車をボコボコにするのは楽しいぜ」
野球帽が木刀を振り上げる。
「ギャッ」
手首に何かが当たり、野球帽は木刀を取り落とした。振り向けば、長身の無精髭の男が松ぼっくりを手の平の上でぽんぽんとお手玉のように弄んでいる。
「なんだ、てめえら。あいつらの仲間かよ」
野球帽が吠える。
「その車は借り物なんや。傷つけたら高いで」
「うるせえな、お前から始末してやる」
飄々とした態度の劉玲に、激昂した野球帽が拾い上げた木刀で殴りかかってくる。劉玲は野球帽に向かって松ぼっくりを投げる。鼻っ柱に当たり、野球帽は怯んだ。驚いて大きく開いた口めがけて飛んで来た松ぼっくりを噛まされ、野球帽は忌々しそうにそれを地面に吐き出す。
「この野郎、ふざけやがって」
目を血走らせた野球帽が劉玲に襲いかかる。劉玲は身体をくるりと回転させ、その勢いで上段蹴りを放った。
「ぶぎゃっ」
野球帽は鼻血を迸らせ、アスファルトに転がった。血塗れの鼻が左に曲がっている。鼻を押さえながら涙目で呻き声を上げている。
「きれいに鼻だけ折りやがった」
榊が劉玲の鮮やかな足技に感心している。
「美しい弧を描いた完璧な蹴りだ」
ライアンも劉玲の動きに目を細め、恍惚とした微笑みを浮かべている。榊は内心このままライアンが劉玲に惚れてくれたらいいのに、と思った。
「なめやがってオラ」
剃り込みが木刀をフルスイングする。一瞬後ろ暗い考えに耽っていた榊だが、勢い余った隙だらけの脇腹に拳を打ち込む。剃り込みはぐっと呻いて、その場に膝をついた。
「ぜんぜんなっちゃいないな」
榊は口角を上げて剃り込みを見下ろす。馬鹿にされたことに怒り狂った剃り込みが、叫び声を上げながら立ち上がり、木刀を振り回し始めた。榊はそれを最小限の動きで軽々と避ける。
剃り込みは威勢だけは良いが基礎体力が乏しいらしく、すぐに息が上がり始めた。
「どうした、全然当たらないぞ」
榊の挑発に、剃り込みが渾身の一撃を振り下ろす。榊がその手を捻り上げ、頭部に強烈な肘鉄を見舞った。剃り込みは白目を剥いて吹っ飛んだ。榊は木刀を拾い上げる。
仲間の無様な様子に慌てた黒ジャージが、ポケットからジャックナイフを取り出した。小柄で一番弱そうな高谷に向かって走り出す。高谷を人質にするつもりだ。
黒ジャージが高谷の背後に回り込み、首元にナイフを突きつける。
「結紀」
榊が叫ぶ。
「こいつの血を見たくなければ、動くな」
黒ジャージが目を血走らせて叫ぶ。赤黒柄シャツもチェーンを振り回しながら近づいてきた。
「あっ、足元にマムシ」
高谷の声に、黒ジャージが驚いて体勢を崩した。高谷は黒ジャージの腕をすり抜け、お手製のペン型スタンガンを太ももに押しつけた。
「うがっ」
黒ジャージは弾かれたように跳ね上がって、派手に地面に転倒した。ピクピクと痙攣し、泡を吹いている。
一瞬の出来事に驚いた柄シャツのチェーンをライアンが奪い取り、首に巻き付けて絞め落とした。
「結紀、何故マムシなんだ」
ライアンが訊ねる。
「地元のチンピラなら、マムシの怖さが身近だと思ったんだよ。こんな山の中にいることも知っているだろうしね」
「なるほど、君は賢い」
「ほな、行こか」
劉玲の先導で駐車場から天楯城址へ向かう。雑木林の中の獣道に差し掛かると、罵声が聞こえてきた。乱闘が始まっているようだ。
「おお、景気良うやってるわ」
劉玲が楽しそうに笑う。丘の上で孫景と獅子堂、曹瑛がナイフや特殊警棒を手にした輩相手に立ち回りをしている。
「女がいるじゃねえか」
千弥の姿を見つけた青いスカジャンの男がにやけた顔でその腕を掴む。
「甘く見ないで」
千弥はその腕に関節技を極め、軽々と投げ飛ばした。合気道の護身術の応用だ。自分に何が起きたのか分からないスカジャンは、パチパチと瞬きをして起き上がる。
「この女ぁ」
スカジャンが怒声を上げながら千弥に殴りかかろうとしたところに、孫景のカウンターパンチが綺麗に入った。
「隠れていろと言ったのに」
孫景が渋い顔をする。
「孫さんを助けたくて、足手まといにはならないわ」
「それはよく知ってるよ」
孫景は弱り顔で頭をガシガシとかいている。
「俺も何かしなきゃ」
伊織は宝を掘り出すために男たちが用意していた大きなスコップを手にした。鼻息荒く、立ち上がる。
「伊織」
背後から曹瑛に鋭い声で呼ばれ、伊織はスコップを肩に担いだまま振り返った。ゴンと音がしてスコップが何かに当たる手応えがあり、伊織の足元に短パン男が転がっている。
「よくやった」
「え、これ俺がやったの」
ニヤリと笑う曹瑛に伊織は目を丸くしている。
「お前にはそういうのが似合いだ」
「ひ、ひどい」
曹瑛の言葉にショックを受けたものの、伊織は気を取り直してスコップを防具に乱闘の輪ににじり寄っていく。
特殊警棒を持つ赤髪に榊が対峙する。榊は木刀を構える。警棒と木刀がぶつかり合う。赤髪は腕に自信があるのか、2本の特殊警棒を振り回しヒュンヒュンと不気味な風切り音を鳴らしている。
「俺はこいつで一度に5人を倒した。泣きを入れるなら今のうちだぜ」
赤髪が歯を剥き出しにして笑う。
「ずいぶんと腕に自信があるようだな」
榊が長い前髪の下から鋭い眼光で赤髪を睨む。その気迫に赤髪は一瞬怯む。しかし、それを打ち消すように顔を歪めた。
「身体中の骨を砕いてやる」
赤髪が警棒で榊に襲いかかる。榊は警棒の2段攻撃を木刀で弾き飛ばす。警棒の攻撃はだんだんと激しさを増す。
「防御だけで精一杯か」
赤髪が榊を挑発する。
「お前は気付いていたか、俺は片手しか使っていない」
「なんだと」
「そろそろ飽きてきた」
榊が勢いづけて木刀を切り返すと、警棒が上空に弾き飛ばされた。
「なっ」
赤髪が驚き、もう一本残った警棒で榊に殴りかかる。榊はそれを避け、赤髪の腹に木刀を叩きつけた。
「ぐふっ」
赤髪は真っ赤な顔で胃液を吐き出し、その場に倒れた。
「英臣、君の戦いに見とれてしまったよ」
横を向けば、ライアンがうっとりした眼差しでこちらを見ている。それでいて、殴りかかってきた輩を軽くあしらっているのだから恐ろしい。
「目の前の奴に集中しろ」
「こんな奴よりも、君をずっと見ていたいんだ」
ライアンの甘い言葉に榊は目眩を覚えながら、ナイフで切りつけてきた男に蹴りを入れた。
「はい、もうケンカは終わりにしよ」
劉玲が石垣の上に立ち、大きく柏手を打った。ボロボロになった輩たちが動きを止めて注目する。これ以上、乱闘を続けてもこいつらには敵わない。悔しいが休戦はありがたい提案だった。ソフトモヒカンが憎々しい顔で劉玲を見上げる。
「ここにお宝が眠っている。それが目的やろ、みんなで協力して探すで」
「何でお前らに協力しなけりゃいけねえんだよ」
暴走族のボス、紫ジャンパーが叫ぶ。輩たちは便乗してブーイングを始める。
「自分の墓穴を掘るか、宝を掘るか、好きな方を選べ」
劉玲の脇に立つ曹瑛のドスの効いた言葉に、輩たちは静まりかえった。
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