第8話 遺跡発掘作戦
「尾上くんと、渡部くんか」
紫ジャンパーはこの一帯の暴走族“ポイズンゴッド”の頭で尾上と名乗った。黒のアルファードに乗っていたソフトモヒカンは渡部で、世田谷の周辺で半グレと呼ばれる集団を連れてきた。
尾上と渡部は地元の同級生、渡部の先輩が橋本組の若い衆、藪田に当たるというのが劉玲が聞き出した人間関係だった。
「その橋本組もお宝を狙っているというわけか」
榊は尾上と渡部の顔を一瞥する。長い前髪に隠れた鋭い眼差しはカタギとは思えなかった。
「どこにあるのか見当はついているのかな」
ライアンが柔和な笑みで訊ねる。その笑みの裏にある有無を言わせぬ迫力に、尾上と渡部は息を飲む。
「天楯城址に埋めたとしか知らない。俺たちは下見で先にここに来ただけだ」
渡部がふて腐れた顔で答える。
「俺たちもノーヒントだぞ」
孫景は周囲を見渡す。所々残った低い石垣が2重に連なっているだけの小規模な山城の遺跡だ。
「ほな、ここは人海戦術でいってみるか」
劉玲が石垣から飛び降り、スコップを手にする。
「ここは大事な遺跡や、無茶苦茶掘ったらあかん」
総勢25名は仕方なく宝探しに加わることになった。伊織たちも半グレや暴走族とともに汗を流す。17から35歳まで幅広い年齢層で、上の者が指示して自然とグループになって作業を始めた。
「しかし、どうしてこいつらと一緒なんだ」
黙々と土を掘る獅子堂に孫景が訊ねる。乾いた土は固く、スコップがなかなか入りにくい。
「俺は橋本組の若頭に用心棒として雇われた。まさかこんなガキ共のおもりとはな」
いつもアッシュゴールドの髪を逆立てている獅子堂だが、今日は下ろしている。それだけでいかつさが半減している。口では仕事と言いながら、やる気無しモードだったようだ。
「お前を用心棒として雇ったのは、ガキのお守りだけじゃないと思うがな」
他にもこの件に関して脅威がある、孫景はそう考えている。
日が陰ってきた。ウグイスが土にまみれた男たちを嘲笑うようにホケキョと鳴く。劉玲はスコップを持つ手を止めた。
「今日はこの辺にしよか」
輩たちの安堵のため息が漏れる。掘り返した土を戻し、原状復帰とした。
「これだけ掘って見つからないとなると、よほど深く埋められているか、もしくはそもそも何も無いか」
曹瑛が劉玲の顔を一瞥する。涼しい顔をしているが、額からは汗が流れている。
「ここは狭い、何か手がかりが見つかるかもと思たんやけどな」
劉玲は頭をガシガシかいている。
「今日はご苦労さん、よう頑張ってくれたな。これで皆に焼き肉でもおごったらええ」
劉玲は尾上と渡部に気前よく万札の束を渡す。
「え、いいんすか」
「すんません」
単細胞な輩たちは劉玲と握手を交わし、喜んで帰っていった。最初は文句を言いながらやる気無く土を掘っていたが、だんだん宝を見つけようと盛り上がってきて、最後はもっと続けたかったとまで言っていた。
「俺たちも宿に行こう」
榊は早く温泉で汗を流したいらしく、BMWのキーを弄んでいる。獅子堂は宿を決めていないというので、同じ宿に向かうことにした。
天城山を下りて軽井沢へ向かう。宿に着く頃にはすっかり日が暮れていた。森の中に佇む和風の宿だ。温かい色の明かりが疲れを癒やしてくれる。
エントランスを入れば、煌めくシャンデリアに大正モダンの洋風応接セットが並ぶ瀟洒な待合ロビーが広がっていた。
千弥は女性として風呂付きの別室を取り、男8人は18畳の和室に荷物を運び入れた。
「今日は収穫がなしだな。だが、いい汗をかいた」
温泉を楽しみにしている榊は早々と着替えを用意している。
「明日、鍵を借りた資料館に行ってみよ」
劉玲は資料館にヒントがあると信じており、それが楽しみなのか疲れを見せていない。
連れだって1階にある大浴場へ向かう。獅子堂はボディにタトゥーを入れているらしく、部屋のシャワーで済ませるという。
「あれ、榊さんがいない」
脱衣所で服を脱ぎかけた伊織が辺りを見回す。あれほど温泉を楽しみにしていた榊の姿がない。
「うん、榊さんは家族湯を予約してそっちに行ったよ」
温泉には入りたい、しかしライアンの視線に耐えられないと思った榊は、皆とは別に家族湯に入ることにしたのだ。
「ライアンもいないな」
同じくライアンを警戒していた曹瑛の言葉に、高谷は目を見開く。
「ライアン・・ま、まさか榊さんを追って・・・」
狭い家族湯で愛する兄とライアンとを2人きりにさせることなどできない。高谷は頭をかかえて唸りながらのけぞる。
「高谷くん、大丈夫」
伊織は珍しく動揺する高谷を心配するが、ライアンの動きを知った曹瑛はこれ安心と悠々とした表情でシャツを脱ぎ始めた。
「人身御供に感謝だな」
曹瑛は底意地の悪い表情を浮かべている。伊織はそれを見て事情を察した。
「劉玲さん、孫景さん、こことは別に特別なお風呂があるんですよ、行ってみませんか」
高谷は上半身裸になった劉玲と孫景を掴まえる。
「別にここでいいけどな」
温泉は好きだが、特に凝りのない孫景は興味が無さそうだ。
「プライベート空間だからお酒も飲めますよ」
「それはええな、行ってみよか」
劉玲が乗ってきた。孫景も酒と聞いてその気になっている。
「早く行きましょう」
劉玲と孫景は焦る高谷に強引に引っ張られていく。伊織は3人を呆然と見送った。
榊は家族湯の脱衣所で、汗に濡れたシャツを脱ぎ捨てた。早く源泉掛け流しの湯につかりたい。
不意に、扉が開く音がする。予約しているのに他人が入ってくるとは思わず、鍵をかけていなかった。
「英臣、やはりここだったのか」
「な、ライアンお前なぜここに」
満面の笑みを浮かべるライアンに榊は驚愕する。榊がフロントで家族湯を予約していたのを耳ざとく聞いていたらしい。
「この間裸の付き合いをしそびれたから、今回はぜひ背中を流してあげたいと思ってね」
「こ、断る」
榊は首を振る。ライアンは気にせず服を脱ぎ始める。
「夢のようだ、君とプライベートバスで過ごせるなんて」
「悪夢だ・・・」
榊は頭を抱えた。早く行こうとライアンがせがむ。
「榊さん」
扉が開き、高谷が飛び込んできた。
「結紀」
榊とライアンが同時に叫ぶ。その背後に酒瓶を持った劉玲と孫景がついてきた。
「ほー、ここが貸し切り風呂か。ええやないか」
「温泉に入りながら一杯か、贅沢だな」
劉玲と孫景はさっさと裸になって風呂場へ向かった。
「なんや、意外と狭いな」
結局、狭い家族湯に男5人すし詰めで入ることになった。これだけいればライアンも手出しできないだろうという高谷の苦肉の策だった。
「こんなところにこの人数で入るのがそもそも間違いだがな」
榊は不満げだが、ライアンと2人きりの空間を避けられて内心高谷に感謝した。劉玲がお疲れさん、と杯を差し出す。
「月見酒か、風情がある」
ライアンは足が伸ばせず窮屈そうだが、美しい夜空を見上げて微笑む。全然落ち着けなかった榊は、食後に抜け出してもう一度温泉に入ろうと心に誓った。
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