「とにかくおれは撮ってない」

おれ、定森雅紀さだもりまさきは不運なほうだ。一度はトラックに轢かれたことだってある。

ただし、病気になってからずっとすれ違ってたフジモトとまた話せるようになったのは例外だと思う。フジモトが退院し、復学できることになるまでの出来事も含めて。

ただやっぱり、おれの人生の幸運はそこで使いきったらしい。

なんでかというとだな、登校した途端に風紀委員に引っ張られて、覚えのないブツについて問い詰められているからだ。誰か助けて欲しい。


「だから、こんな写真しらねーって」

「犯人はだいたいそう発言するものなのですよ、定森くん」


 初めて入る生徒会室。朝礼前のざわめきが遠く聞こえる。組み合わせた両手に顎を当てた美人の生徒会長サマがおれを睨む。

 居心地悪くて目を逸らした先には、学校の中で女性生徒を撮影した写真が三枚ほど並んでいる。

 問題なのは、明らかに彼女たちに同意を取って映したものじゃないってことだ。なにせ目はカメラのほうを向いてない。

 なにより、フレームの中心に映ってるのは風でまくれたスカートの中、体育の前後の着替え中――つまりパンツやブラジャー、下着姿目当て。もっとも、おれに見せられたものはマジックである程度目隠ししてあったが。

 それはそれでちょっとエッ……いやなんでもない。慌てて生徒会長サマの鋭い眼差しに目を戻す。あらぬ疑いをさらに加速させるわけにはいかん。

 要するに、隠し撮り、盗撮写真だ。生徒会長サマがのたまうことには、ここ一カ月ほどに渡って一部の男子生徒の間で行きわたっているらしい。

 男子生徒の誰かが撮影し、現像したそれが、学生のなけなしの小遣いやアルバイト代で高値でやり取りされているんだそうだ。

 風紀委員が偶然その『取引現場』の一つを発見したことで、学校側に報告され全校を上げた大問題……とはならなかった。


「なんでさっさとセンセイに伝えないんだよ? 生徒会と風紀委員だけでこっそり犯人を見つけようなんて、マンガでしかやらないだろ?」

「定森くん。そうすれば犯人はすぐ見つかり、問題はすぐ解決される、と?」

「そりゃ……アンタたちだって他に仕事やら、勉強やらあるんだろ? なんでまた面倒くさいやり方を」

「甘いですね。何も分かっていない。

 いいですか。仮に教師陣の協力を得て犯人を見つけたとしましょう。その後はどうなります? 今後同じ事件がおきないように、学校側はどうすると思います?」

「え?」

「彼らは手っ取り早く校則を作ればいいと考えます。写真を撮れるもの、カメラを持ち込ませないようにすればいい、とね。するとどうでしょう? レンズのついているものを全て禁止するとすれば……

 今、辛うじて持ち込みが許されているスマートフォンが、全校持ち込み禁止になることになります。」

「スマホが禁止だって!?」


 うちの高校は余所とは違ってそれなりに校則は緩いほうだ。そりゃあタバコや酒なんか持ち込んだときには大目玉だが。だからみんな休憩時間にスマホでSNSなり自撮りなりアプリゲーなりしてるわけで。

 それをいきなり禁止となりゃあ大混乱、下手すりゃストライキまで起きかねない。うちの生徒は大人しい奴は少ないからな。

 生徒会長サマともなるとそんだけ先を見た考えをしなきゃならんもんなのか……銃ゲーでマップ把握の上手いランカーみたいなもんかと感心していると。


「スマホが持てないと私が困ります。日課である彼氏の各種SNS監視が出来なくなりますので」

「いや怖いな! なんでそんなことを」

「浮気の再発防止ですよ。恋人が横から取られないように目を光らせるのは当然でしょう?」

 

 さも当たり前のように前髪を流す仕草をする生徒会長サマ。

 公正で平等な校則に忠実な生徒会長サマという像が音を立てて崩れていく。


「って、アンタの私情じゃねーか!!」

「それの何がいけないんです?

 スマホでゲームをするのもメッセージのやりとりをするのも映える写真を撮るのも私情、盗撮犯が女子たちを隠し撮りするのも私情でしょう? 同じ私情なら、より多くの生徒が得をするほうを守り、より損失を出すほうを罰するのが生徒会長の権力の正しい使い方だと思いませんか?」


 またじっと目を見てスラスラと語る会長サマ。なんだか、おれの頭が悪いからだろうか、彼女の弁が一から十まで正しい気がしてきた。

 いや、だからと言って、だ。


「アンタの彼氏のことはいいとして、なんでおれが疑われるんだ」

「男子の間の写真の流通ルートを洗いました。それによれば定森くん。君は写真の取引場所に一度も現れず、またあらゆるメッセージアプリの売買用グループにも名前がない。君は学内に恋人はいないにも関わらず、です」

「もちろん決めつけるには証拠が足りませんが。怪しむには十分だとは思いませんか?」

「そりゃあ今朝まで知らなかったからだって……」

「では知っていれば買っていたと?」

「え、あ、いやそんなことは……」

 

 おれだって健全な男子高校生だ。仮に何も知らずにそんな写真を差し出されたら……いやいやおれはそんな低俗で悪趣味なものに誘惑されたりはしないぜ。なぜなら――


「ところで君には、幼なじみがいるのですよね? 今週金曜に復学する予定の」


 うぐっ、と変な声が出た。

 それを見て、会長サマは薄く笑ってとんでもないことをぶっこんできた。


「藤元さん、でしたっけ。ずいぶん仲がいいみたいですね。君が女子の隠し撮りをしているなんて知ったら、ショックでまた入院してしまうかもしれませんね?」

「お、おい!? なにする気だよ、やめろって」


 せっかく修復した藤元との仲がまた複雑骨折しかねない。この会長サママジおっかねえ。


「定森くん。やめて欲しければ、金曜までに潔白を証明してみてください。盗撮犯を生徒会に突き出すか、隠し撮りを止めさせることが出来れば、藤元さんの耳に入れるのを止めてあげます」

「は、犯人探しだって!?」

「君が犯人でないなら簡単でしょう? ああ、もちろん先生方の協力を得るのはダメですよ」


 やっぱり、おれはとびっきりツイてない男だ。

 身に覚えのない罪を問われ、藤元との関係を人質にガラでもない謎解きを強制されてるんだから……。それも後5日で。


 

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