ぼくの青春となつかしさん
それから何年も経って僕は地元の高校に進学して、部活動に打ち込んだ。朝から晩まで練習に打ち込んで、疲れ果ててから家に帰ろうと毎日SLのある公園の横を通るとき、横目でその奥のSLの駅を見てしまう癖ついていた。自分でも情けないと想ったけれど、どうしてもそこに、屋根の上に、擦り減った階段に、駅の入り口の奥に、あの白と黒の姿がいないかと思ってしまう。
二年生になった時、同じクラスの女の子に告白されて、流されるように付き合ったときもそうだった。
「
「ユキオくん、おつかれさま!! これ、良かったら」
「化学の先生の顔がさー、ほんとにリクガメみたいなの。え、ウソじゃないよ!」
「試合もうすぐだよね、応援いくよ!」
彼女は練習終わりにスポーツドリンクを持ってきてくれて、一緒に下校してくれた。彼女の話はとりとめもなかったけれど、自然と耳に入ってきて、火照った体にちょうど良かった。
僕は彼女がいる、この青春に満足しているはずだった。
それなのに、薄闇に沈む公園を通り過ぎるとき、彼女の朗らかな笑い声の中で、そっと目線をそらして公園の奥を見つめていた。それは止められないことだった。
夏の地区大会の予選が惨敗に終わった後、一緒に遊園地に出かけたときのことだった。
「ねえ……ユキオ君、やっぱりわたしのこと好きじゃないでしょ」
「え?」
僕の目はちょうど、児童向けの機関車のキャラクターの形をした小さなアトラクションのほうを見ていた。乗りたかったわけじゃない。手にはさっき二人で買ったチュロスを持っていた。
慌てて彼女のほうを向いたけれど、彼女は俯いてしまっていた。
「そんなこと、ないよ」
「ウソ。だっていつも、今もわたしのこと見てない」
「見てる、と思うけど」
「……きづいて、ないんだね」
彼女は顔を上げる。泣かせてしまったのかと思ったけど、意外にも笑っていた。ただひどく寂しそうではあったけど。
「ユキオくん、部活をしてても友達としゃべってるときも、わたしと一緒に帰ってるときも、笑ってくれた後そこじゃない何かを見てるんだよ。もう会えない人を懐かしがってる、みたいな。欲しいのに届かない、そんな目をしてる。それに気づいて、そんなさみしそうな目をしなくていいようにして欲しいと思って告白したの、わたし」
僕は目を丸くしていた。カッコいいとか部活でエースだとかそういうステータスを持ってないことは自分で分かっていたけど、そういう理由で女の子から好きになられることがあるとは思っていなかった。
それに、SLの公園のそばでだけだと思っていた。僕がなつかしさんを探す目をしていたのは。
「でも、もうわかっちゃったんだ。わたしじゃあユキオくんの目を変えてあげれないし、わたしを見てもらえないって。思いあがりだったよ、わたし。わたしじゃ、ユキオくんにそんな目をさせる人にかなわない」
「さみしそうななのは君もじゃないか」
思わず言うと、彼女のさみしそうな目に少しだけ険しい光が浮かんだ。
「同じじゃないよ、わたしは」
それから少しだけ鼻の音をさせてから彼女は気丈に笑って、
「ごめんね」
人混みの中に消えていった。
僕は食べかけのチュロスを所在なく持ったまま、もういちど機関車のアトラクションを眺めた。昔なつかしさんに会ったときよりも小さい子どもたちが楽しそうに電気で動くそれに乗って歓声を上げていた。
一人で遊園地を後にして、僕はいつの間にかあの公園まで歩いていた。アブラゼミの鳴き声が鳴り響く中、猛暑でしおれた草の上に僕の影が長く伸びる。休暇中といっても平日の夕暮れ、わざわざこの公園で時間を潰す若者は誰もいなかった。ただでさえ、最近外で遊ぶ子供を見かけることは少なくなっていた。この町では少子化が特に進んでいるらしい。
いつも下校時に彼女の頭越しに眺めていた公園の中の駅、その向こうのフェンス。今ならそこにある看板も読める。何も考えられないまま、吸い寄せられるように近寄ると、金網を通してあのSLが見えた。
駅舎の中はゴミだらけだった。駄菓子の袋に煙草の吸殻、空き缶はジュースのものよりビールのほうが多かった。汚らしく変色した枯れ葉が四隅に堆積していた。
フェンスで四方から囲まれたSLの黒い車両は、あちこちで塗装が剥がれ錆が浮いていて、ところどころ鳥の糞が白く筋をつけていた。運転台は蜘蛛の巣だらけで、そこに引っ掛かったコウモリが干からびている。新しい看板が金網に括りつけられていて、来月このSLが撤去されることが書いてあった。
小さい頃はあんなに輝いて見えたSLに、僕は大きな溜息を吐いた。金網に指を食い込ませ、頭をぶつける。
さみしく笑って僕を振ったあの子が何を言っていたのか本当は分かっていた。分かろうとしなかっただけで。
僕が誰かを願い続けているのなら、それは。
「――なつかし、さん……」
口に出すのも久しぶりだったのに、舌によく馴染む響きだった。
「はあい、なつかしさんやでぇ」
その時、拍子抜けするほどあっさりと、まるであの日からずっとそこに立っていたように、なつかしいあの声がした。
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