あの日のなつかしさんとぼくの太陽系超特急

プロローグ 「廃線」

 盆を控えた八月の昼。小さな公園の芝生は青々と伸び、真夏の太陽に照り映えている。はちきれんばかりの活力で駆け回る子どもたちの歓声は蝉時雨にも負けていない。

 保護者の大人たちが噴き出す汗に辟易してベンチに座り込み、彼らの子どもたちをぼんやり眺めながら、ペットボトルの中身を口に運ぶ。。

 そんな昼下がりの公園の芝生に、また一組、影が伸びる。きっと孫なのだろう、小さな男の子と繋いだ手を引っ張られるように、日よけの帽子をかぶった老人が歩いてくる。

 毎朝この公園を通り抜けて散歩するのをよく見かける人物だった。彼は目を輝かせる孫を、深い色をたたえた瞳で眩しそうに眺めている。

 首を巡らして公園のあちこちを見ていた孫は、ある一角に気づくと、まるっちい人差し指を向けて無邪気な声をあげた。

「でんちゃ! あれ、でんちゃ!」

 老人は孫の指差す方向に顔を向けた。短い階段があり、スレートの屋根の下に広い入口。

 プラットホームからところどころペンチの剥がれた白い看板の町の名前が覗いていた。どうやらそれは駅のようだった。

「でんちゃ!」

 興奮したのか、孫は手を振りほどいてその駅に走っていき、階段を小さな手足で這って登る。老人は駅の古ぼけた屋根を一瞥すると、ゆったりと孫の後を追った。

 プラットホームに出たところで、孫に追い付いた。小さな背中が立ち止まり、そこにないものを見つけようとするように目をきょろきょろとさせている。

「おじいちゃん、でんちゃいない! どこ?」

 錆びついたレールと枕木が、伸び放題の雑草に埋もれている。老人はこのプラットホームがずっと空っぽなのを知っていた。

「そうだねえ、でんちゃ、いないねえ」

 分かるよ、というように孫にしゃべりかける。

「でんちゃ、いつくるの?」

 孫は老人の顔を下から覗き込む。駅に来る列車に乗れることを疑いもしていないような、幼い丸顔を見つめて、老人はそっと微笑んだ。

「そうだねえ、いつ来るんだろうねえ」

 そう優しく答えながら、老人は帽子の下から、駅の屋根の隙間、入道雲の浮かぶ青空を見上げた。

 老人が子どもだったころと変わらない空の輝きに、老人はなつかしむように瞬きをした。


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