黒幕登場!黒髪ナース乱舞!!

「いてえ!」


 目隠ししてジェットコースターに乗せられたみたいに体中が揺さぶられ、背中から床に叩きつけれた。呻いて起き上がるとそこはさっきまでいた男子トイレ。

のはずだが、どうも小便器と個室の配置が左右あべこべになっている。


「なんだよ、いったい……」


 廊下に出る。さっきまで行きかっていた入院患者や看護師が一人も見当たらず、電灯が床を照らしているばかりだ。


「なんで誰もいないんだ?」

「こんばんは。ようこそ、坊や」


 びくりと振り返ると、そこにはおれとおんなじ顔、おんなじ恰好の男が腕を組んでこちらを見ている。


「な、なんだお前は!? おまえがここに引きずり込んだのか?」

「手荒な真似をしてすまないねえ。邪魔されないでキミと話すにはこの鏡の中しかなくてねえ。……ああ、この私はね、ただのしがないコレクターさ。キミの不死身のような、珍しい能力や物品のね」

「こ、コレクター……?」


 おれの顔で、おれの知らない甲高い声音で、そいつは笑って近づいてきた。


「なんで、同じ顔を……」

「ああ、失礼。鏡の中では、君と同じ顔になってしまうのさ。わたしは、欲しいものを映す鏡のようなものだからね」

「なに、キミには簡単なことをお願いするだけだ。その不死の命を……ぜひ譲って欲しい」


 不死身の命を手放せ。そこは冬壁と同じことを言っているが……。


「なあに、もちろんタダでとは言わんさ。キミの望む対価を上げよう。そうだね、君の彼女を健康体にする、あたりで釣り合うかね?」

「な……マジか、それ!?」

「ああ、我がコレクションの中にはどんな病魔からも命を救う秘宝があるのさ。どうかな? 悪い話ではないと思うが」


 悪い話、なんてもんじゃない。フジモトの病気が治るなら……

 おれの顔を見て、“コレクター”が満足げに笑う。


「どうやら、交渉成立かな?」


 “コレクター”はそっと手を差し出してくる。おれは釣られるようにそのおれとそっくりの手を取ろうと――

 けたたましくガラスが割れる音が響き、おれは咄嗟に飛び退いた。


「彼から離れなさい、コレクター!!」


 見れば廊下の窓が突き破られ、そこからでっかいハサミを構えた冬壁が飛び込んでくる。


「やれやれ、紳士の会話に割り込んでくるとは無粋だねえ」


 わざとらしく肩をすくめ、“コレクター”は冬壁の姿を眺める。


「なかなか似合っているじゃないか。その姿のまま展示してみたいものだね」

「アンタの気色悪い博物館なんて死んでもゴメンよ。切り刻まれたくなかったらさっさと消えなさい!」

「そういうわけにもいかないねえ、不死身の命なんて誰だって喉から手が出るほど欲しいだろう? だったら手を尽くして手に入れるさ」


 余裕を崩さず、“コレクター”はおれに向き直る。


「それに、彼は私が用意した対価に納得してくれているのだ。冬壁くんに口を挟まれるいわれはあるまいよ」

「対価……ねえ、何を吹き込まれたの?」


 冬壁が、始めて焦ったようにこちらを見た。


「アイツの……病気の快復」


 バカ正直に、そう答えていた。


「そんな都合いいこと言ってくるのはだいだい、裏で何か企んでるに決まってるのよ! ……だいたい、そいつのコレクションに手を出したらかえって目も当てれないことになるんだから」


 叫んだあと、冬壁は苦い表情をした。そうなってしまった人間を見たことがあるように。

「そもそも他人の顔を貼り付けて本性を隠してるヤツが紳士だなんてまかり通るわけないでしょ!」


 その黒いハサミをまっすぐ突きつける冬壁に、“コレクター”はやれやれというように肩をすくめた。


「冬壁くん、相変わらず目の前の物事しか見えないようだね。もっと先を見据えてみてはどうかな。どれ、試してあげようか」


 そういうとおれの顔かたちをしていたのが一瞬で消え、鏡映しみたいに冬壁の姿になった。ハサミは冬壁本人とは逆の手に持っている。塞がっていないもう一方の手で、“コレクター”はなにか小さい宝石のようなものを足元に落とした。

 宝石から黒い煙が出た、かと思うと煙はいくつも分かれてそれぞれがあの角付き犬やらゾンビやら姿を変え、冬壁に向かって襲い掛かる。


「あの変態やら教団やらじゃなく、全部アンタの差し金?」


 目まぐるしいハサミさばきで怪物を蹴散しながら、面倒くさそうに冬壁が聞いた。


「いいや、交渉をして今回は譲ってもらったのさ。彼らだって坊やが欲しかったけれど、いかんせん血の気が多い。お互いにぶつかり合ってしまうからね、その仲立ちをしてあげた報酬代わりさ。この玩具たちもね」


「どうでもいいけど私の格好で喋るのやめてくれない? 今度鏡見たとき思い出したらどうしてくれんのよ」


 縦横に分断されたゾンビの体が、左右逆の病院の廊下や個室に飛んでいく。目まぐるしく駆け回る彼女の姿を追い切れず、おれは心細くなる。


「なあに、冬壁くんの姿でいるのはちゃあんと意味があるのだよ」


 怪物を蹴散らし、迫ってくる冬壁のハサミの切っ先を、“コレクター”は涼し気に見守る。自分の姿をした相手を、冬壁は挟み切る。が、……


「またやられた……っ」


 冬壁の目の前の冬壁の姿がひび割れて割れ落ちる。


「これも、鏡……」


 悔し気に冬壁が呟く。

 それは鏡を貼り付けられたゾンビだった。不意打ちを警戒する冬壁だが、残っていたゾンビたちに囲まれ、見えなくなる。


「お、おい……」


 不安になった傍から角付き犬が吠えかかってくる。


「く、くるな!」


 とっさに突き出した腕に、深々と一本角が突き刺さっていた。不死身だろうとなんだろうと痛いものは痛くて廊下に転がる。

今度は足を狙ってくる1頭がいて、おれは歯を食いしばったが、昼間と同じように黒いハサミがそいつを弾き飛ばした。

 白衣の背中にほっとしたが、次の瞬間その腕が首を捉えていた。

 この冬壁は、“コレクター”の変装……!?

 ぐい、と立ち上がらされ、背後からあの甲高い、紳士のような口調が聞こえた。


「さあ、捕まえたよ。さっき言った通り不死を渡して彼女の命を救うか、それとも……」


 そこでゾンビたちを切り伏せた冬壁が飛び込んできたが、“コレクター”は勝ち誇ってみせた。


「冬壁くん、どうかな? 先々まで考えないとこうなるだろう? こうして人質をとられてしまうだろう?」

「残念だけど彼は不死身よ。死なない相手を人質に出来るわけ?」


 冬壁の指摘にも、彼は動じない。


「人質は彼ではないよ。彼女さ」

 指を鳴らすと、宙に鏡が1枚浮かび、

――そこに、おれの頭を真っ白にする光景が映し出された。


「フジモト!?」


 酸素マスクを着け、目を閉じる白い顔は、いっさいの血の気がない。マスクの内側を曇らせる呼吸も弱々しく、今にも絶えてしまいそうだ。

 

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