おれと彼女と過去と

 昔、それこそ二人とも保育園だったころから、おれは近所に住んでいたフジモトとことあるごとに遊んでいた。

 男子だから女子だからと意識することは当然なく、幼稚園の遊び場、町中の公園、お互いの家の中、とにかく場所を選ばず転がりまくり、どっちかのウチで晩メシを一緒に食ってそのまま朝まで寝ることもしょっちゅうだった。

 特におれの母ちゃんは夜遅くまでパートで出かけていたりしたから、あのころはフジモトの家で過ごした時間のほうが長かったかもしれない。

 勿論外で遊ぶときはほかの子どもたちもいたはずなんだが、小学校にあがるあたりでだんだん男子は男子で、女子は女子で集まることのほうが多くなり、男女で遊ぶのはおれ達くらいになっていった。

 おれはとにかくバカだから、他の男子が女子を邪険に扱ったり名字でしか呼ばなくなってもフジモトと一緒に家に帰るのが当たり前と思っていたし、それで友達からからかわれているのにも気づかず、なんならフジモトのことはずっと「キョーカちゃん」と呼んでいた。

 いつものように遊びに繰り出したら、いつもの公園は上級生たちが独占していて、ちょうど学校の運動場も整備中かなんかで使えなかった。

 ゲームのことでケンカして仲直りしたばかりということもあり、なんとなく部屋に戻るのも躊躇って、普段あまり寄りつかない、高架下の川沿いの土手まで来た。

 子どもだけで行っちゃだめと言われていた場所だったので、フジモトは「やめようよ」と言ったが、おれが強引に連れて行った。

 そこでおれたちは鬼ごっこだかボール遊びだかをして――とにかく走り回っていたことは覚えている――やや日が傾いてきたころ、フジモトが足を滑らせた。ちょうど昼前まで降っていた雨のせいで、草が濡れて滑りやすくなっていた。

 あわてて手を伸ばしたが届くはずもなくて、おれはフジモトが岸にあった大きな石に頭をぶつけ、そのまま水の中に落ちるのを見ていた。

 ずぶぬれになったフジモトをなんとか引き上げたはいいが、その顔が真っ赤な血でべっとり汚れていて、すっかり肝をつぶしてしまい、その場でバカみたいに突っ立っていた。

 上のほうからきゃあ、と悲鳴が聞こえて我に返ったおれは、土手の上からこちらをみていた女子高生を振り返った。おれの顔を見るなり自転車にで逃げていった彼女の姿が、おれの背中をぶっ叩いたようになって、一気に慌てて土手をよじ登った。

 キョーカちゃんが死んじゃうかもしれない。おれのせいで――

 そう思うと怖くて怖くてたまらず、誰か大人に助けを求めようと駆け回った。

 そこからどうなったのかはよく覚えてなくて、気が付けば病院の待合いに座っていて、がたがた震えていた。

 横に座るフジモトのお母さんを顔を見るのが怖くて、とにかく床のタイルのシミをじっと見て、姿を想像したことすらないカミサマに祈っていた。

 次の日も次の次の日もフジモトは学校を休んでいた。会いにいこうと思えばすぐいけたはずだが、おれはフジモトに責められるのが怖くてそうできなかった。

一週間後、フジモトが遅れて登校してきた。頭に包帯を巻いて。

 母ちゃんから聞いたが、額の切り傷を何針も縫ったらしい。

 クラスは同じだったし、ずっと一緒に登下校してたんだからいくらでも話しかけて、ケガさせたことを謝ることはできたはずで、そうしなくちゃと思っていたのに、いざそうしようとしてもフジモトになんて言われるのか、謝っても許してくれなかったらどうしよう、とそればっかり考えて、目の前まで行っても何も口を利けなくなった。そうしていつも、学校が終わった後クルマに乗って病院に行くのを見送ることしかできなくなった。

 そのままずるずると、包帯が外れ、傷を隠すように前髪を伸ばすようになったフジモトとちゃんと話すことも目を合わせることもできなくなったおれは、他の男子や母ちゃんの前で名字で呼ぶようになって、後ろめたいのをごまかすように男子たちばかりとつるむようになった。

 それからずっと気まずいまま、高校に入学して久しぶりに同じクラスになって――近くの高校の不良に絡まれてるのを見て割って入っておれが殴られるまで、全くしゃべりもしていなかった。

 大の字に倒れたおれは、いぶかしげに見ているフジモトにごまかすように笑いかけて――「バカじゃないの、ダサいよ」と言われた。

 そんなことがあった次の週に、フジモトは教室から消えていた。難病で入院だと聞いて、その日は眠れなかった。目を閉じると、おでこを出していたころのフジモトの顔がちらついて仕方なかった。


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