Portrait
彼女との出会いに対して「運命」という言葉を使うのは少しおこがましいような気がする。
彼女とは最初、店員と客の関係にしか過ぎなかった。僕が夜勤で働いているコンビニに深夜、決まって訪れる女性。最初はそれだけの関係だった。
「お会計は、580円になります」僕はボソッと言う。
彼女は、何も言わず、財布から600円を取り出し、トレーの上に置く。
二人の間には言葉は交わさない。マニュアル通りのセリフを僕が言うだけ。その二人の関係はこれ以上進むはずがないと思っていた。
その日も深夜だった。いつものように誰もいないコンビニで商品整理をしながら時が過ぎるのを待つ。すると、いつものように彼女がコンビニにやってきて、シュークリームを一つとってレジ前に立った。僕は小走りでレジに向かい、会計をする準備をする。彼女は、シュークリームをレジに差し出した時、
「私、
「はい?」
「私ね、雪って言うの。冬に降る雪。寒い名前でしょ?」
彼女はそう言いながら僕の顔を見て笑った。
「はぁ」と僕は間抜けな返事をする。
「どうして、僕なんかに名前を?」
「そうね。わからない。でも、なんだか名乗っていほうがいいような気がして」
僕は、その言葉を聴きながらシュークリームをレジに通す。ピッと音がして価格が表示される。130円。
「僕も名乗ったほうがいい?」
「それは、あなたに任せる。だって、私は名札を見ればあなたの名前を知ることは簡単だから」
彼女はそう言って、財布から200円を取り出す。
僕はレジ打ちをしながら、彼女の言葉の意味を考えていた。そんな姿を見て彼女は言葉を続けた。
「深く考える必要はないの」
「どういうこと?」
「私たちは、このコンビニで二人きりの男女でしょ。そういう仲間意識っていうの?そういうのがこのコンビニ少しだけど確実に流れている。それが私たちをつないでいるの」
「はぁ」と僕は呟く。前回の呟きとはまた違った意味で。
そんな僕を見た雪は少し呆れたような顔をした後、
「まぁ、いいわ。また明日ね」と言って、買ったシュークリームを置いて帰った。
「雪さん、商品忘れていますよ!」と呼び止めると、
「それは頑張っている君へのご褒美!休憩で食べて」と言って去っていった。
僕は、そのシュークリームを休憩室へ持っていく。少し首を傾げながらもなんだか嬉しい気分になった。
次の日も雪はやってきた。
「雪さん今日もきたんですね」
「いつものことじゃない。そして、さん付けはやめて。なんだか変に距離感じる」
雪はそう言って、アイスコーナーを物色している。
「そういや、君って何しているの?コンビニの守護神じゃあるまいし、昼間は何かしているんでしょ?」
「あぁ、近くの美大に通っています」
「あの、○○美術大学?」
「一応、まぁ」
雪は昨日とは少し違った目で僕をみる。
「やっぱり絵が上手いんだ」
「そんなに・・・・」と僕は言葉を詰まらせる。
「またまたぁ」と雪は冷やかしながら僕の方を突いた。
「何年生なの?」
「2年です」
「それじゃ、私のほうが年上だね」
少し胸を張って雪は言う。
「雪さ、雪はどこか大学へ?」
「○△女子大。外語学部でお勉強中」
雪の通う大学は日本でも有数の女子大で、雪がそんじゃそこらの出の者じゃないことが伝ってくる。
「賢いんですね」
「まぁ、馬鹿ではないかな。でも、私は美術にはめっきりって感じ」
そう言って笑う雪はとても可愛かった。
「よし、決めた」
彼女はそう言って、アイスコーナーからバニラアイスを取り出す。
「また、私のこと描いてよ」
「えっ」と僕は驚く。
「そんなに驚くことないじゃん。私ってモデルにならない?」
そう言いながら雪は少しもじもじする。
雪は遠目で見てもスタイルがよく顔も整っている。モデルにならないわけではない。
「そう言うわけじゃ」
「何か絵が書けない理由でもあるの?」
「いや、そう言うわけでも」
僕は口篭る。
「それじゃ、私を描いてよ。とびっきり可愛くお願いね」
彼女はそう言って買ったバニラアイスを置いて帰っていく。
「雪さん、これ」
「ご褒美!また絵を描いてもらうからね!」
そう言って、彼女はコンビニを出ていった。
「また、私のこと描いてよ」
雪の声が頭の中でリフレインする。エアコンのない部屋で僕は汗を垂らしながら布団に寝転がる。夕方になり、西日が六畳の畳部屋に入り込んでいく。
「それは、無理だ・・・」と呟く。
学校にどれくらい行っていないだろうか。死ぬほど入りたくて、練習して勝ち取ったキャンパスライフ。行ってみたらそれはゴミの掃き溜めのようなところだった。自分の期待したところではない。と言うか、大学に入ってしたいことなんてなかった。別に絵の世界で名をあげようとしたいわけではない。デザイナーになりたいわけでもない。ただ、「大学」と言うものに憧れていただけだった。たまたま絵がうまくて周りからチヤホヤされていたから美大に行っただけ。学びたいことも、やりたいこともない。自分が大学に期待したものって何?そう考えれば考えるほど、大学に向かう足は遠のいて行った。絵を描いて金を稼ぐこと?そんなに簡単なことじゃない。僕は何をしている?気がつけば、僕は大学に通わなくなっていた。押し入れから道具を取り出した。絵具でカチカチに固まった筆を握りながら少し埃のかぶったカンバスを眺める。随分手入れもしていないので、ひどく汚れている。
「洗わないとな」と呟く。
なんだかんだ言って、自分は雪を描きたいのかもしれないとふと思った。あの笑顔なら、自分が描きたいと思えるかもしれない。石膏像でもない、風景でもない、生きた女性。
気がついたら、スケッチブックに雪を素描していた。頭の中にいる雪はとても綺麗で、僕の理想が詰まった女性だった。雪のようであって雪ではない何か。女性だが、それは単なる偶像。雪という皮を被った偶像がスケッチブックに浮かび上がっていく。鉛筆が動き、黒鉛の濃淡の中に雪が描かれていく。それは、僕の意識の外からくる者であり、理性がどうにかして止めることができるような者でもなかった。
僕は初めて、コンビニバイトを無断欠席した。
無断欠席は店長からこっぴどく怒られたが、いつもの頑張りに免じてと言うことで今回限り許してくれた。
僕の頭の中には雪しかいなかった。彼女のことを描くのがいつになるのか。それが気になって仕方なかった。
しかし、いつになっても彼女は現れなかった。アイスクリームを置いていったあの日から、雪はコンビニに来なくなった。何か忘れてしまったかのように。コンビニには、雪の言う「そういうの」が漂わなくなったのかもしれない。いや、もしかしたら、雪という存在は僕の作り上げた幻影でしかないのかもしれない。そう思えば思うほど、僕の心は苦しくなっていった。
雪が現れなくなって、一ヶ月が経った。雪は、連絡なしにコンビニに来なくなって、そして同じようになんの予兆もなくコンビニに来た。
「ごめんね」と雪は言った。
「どうして謝るんですか?」
「いや、何も言わずにこのコンビニに来なくなったから」
「コンビニなんてそんなものです。謝る必要なんて」
僕はそう言いながらも、雪のその姿に素直に可愛いと思ってしまった。
二人の間に少し沈黙が生まれる。どちらかが、「絵を描く日」について話を振るのか。どちらもが、相手に話しかけて欲しいと思っていた。
沈黙が耐えることができなくなった僕は、
「どうして、コンビニに通わなくなったんですか?」と聞いた。
「ちょっとね」と雪は言葉を濁す。
「何か?」
「うん、あまり、話したくはないかな」と雪は目を逸らしながらその会話を避けた。
「それ、で、さ」と雪は少し緊張した声で話す。
「来週の土曜日って空いてる?」
僕の心臓はいつもの二倍のスピードで脈打つ。
「え、ええ」
「あなたの家に行ってもいいかな?」
「絵、ですか」
「そう。約束の絵、描いてくれる?」
雪は不安そうな顔をしながら聞いてきた。
僕は少し下を向く。
「やっぱり・・・」
「いいですよ。描かせてください」と僕は雪の言葉を遮って返事をした。
「いいの?」
「ええ。ぜひ描かせてください」
雪は嬉しそうな顔をして、
「ありがとう」と返した。
雪は何も買わずにレジ前に立つ。
「何か買いますか?」
「ううん。今日はいいや。でも、なんだか君の顔をしっかり見たくて」
雪はそう言って、僕の目をじっと見た。本当は視線を外したかったけれど、我慢して彼女を見返す。 二人の間で見つめる時間が何秒か続いた。恥ずかしくて目を逸らしたかったが、そうすることなく、じっと見つめていた。それが何秒だったか何分だったのかわからない。でも、その視線は確かに「そう言うもの」が媒介していた。
「それじゃ、土曜日に」と雪は唐突に言った。僕はハッとして、視線を逸らし、「はい」と気弱に返事をする。
雪はそんな姿を見て笑う。
「それじゃあね」と雪はコンビニを出て行った。
約束の日になった。雪はコンビニやってきた。僕はコンビニまで迎えに行き、雪を自分の家に招く。家に着くまでの間、二人は何も話さなかった。ただ、雪が僕の手を握っただけだった。僕はびっくりしたが、雪が握りたいのなら、と思ってその要求に応じた。
ボロアパートの二階の僕の家。女の子を家に招き入れることが初めてだった。雪は僕の部屋を見てなんと言うかは気になった。軽蔑するかもしれない。でも、彼女は僕の部屋を見て素直な反応を示した。部屋にはあらかじめ、絵が描けるようにカンバスを広げていて、みようによってはアトリエに見えなくもなかった。
「すごいね」と雪は素直に呟く。
「そんなことない」
二人の間に沈黙が生まれる。
僕は、雪を家に招き入れ、モデルに座ってもらう椅子に座らせた。
「何か飲み物でもいる?」
「お茶をもらってもいい?」
僕は、冷蔵庫から今日沸かしたお茶を取り出し、コップに注いで雪に渡した。雪はそのコップを大事そうに持って喉を潤した。
「ありがとう」
僕はコップを受け取り、カンバスの前に座る。
「それじゃあ、始めようか」
僕がそう言うと、雪は少し照れながらコクリとうなずいた。すると、彼女は、今着ている服を脱ぎ出した。ワンピースの紐を肩からずらし、ストンと落とす。下には薄いピンク色をしたブラジャーとパンツが見える。僕は目を逸らし、
「何をしているんだ!?」と尋ねる。
「絵を描いて欲しいの」
「それは、わかっているよ。でも服は脱がなくても」
「うん、でも、私が描いて欲しいのは裸婦像。裸の私を描いて欲しいの」
「どうして?」と僕はきく。
「その理由は聞かないで。ただ、私のお願い通りにして欲しいの。本当に申し訳ないのだけれど」
僕は、もう一度、雪の方をみる。彼女の頬は恥ずかしいからか赤らんでいたが、目は本気だった。僕は何秒か黙った後、
「わかった」
と呟いた。
雪は、ありがとうと、小声で呟き、今彼女を守っている下着も床に落とす。生まれたての姿の雪は白かった。肌が艶めいていて、少しでも触れると壊れてしまうのではないかと思うほどだった。乳房の頂点にあるものは大きくなく薄いピンクで、慎ましやかに立っていた。
僕は生唾を飲みながら、筆を持つ。雪は用意した椅子に座る。
「少し微笑んで」僕は雪にオーダーする。雪は黙って頷き、不器用ながらも頬を緩める。
僕はカンバスに鉛筆を走らせる。スケッチブックで何度も練習した雪を、描いていく中で想像した雪の裸体を鉛筆で表していく。その絵は、これまで描いた偶像ではなく、完全に生きた物体としてそのカンバスに現れていた。想像し、鉛筆を動かし、幾度となく絶頂仕掛けた雪の裸体を目の前にして鉛筆を動かす。不思議と欲情しなかった。そこにはただ純然なる「絵師」と「被写体」の関係がそこにあった。雪の言葉を借りるなら「そういうもの」がこの家を包み込んでいた。
二時間ほどしてデッサンが終わり、今度は筆をもち、彩色いていく。一つ一つを丁寧に混じり気のないように塗っていく。大事な部分の色は大事に塗っていく。彼女の持つ質感を出すのに膨大な時間がかかった。絵が描き終わった頃には、高かった日は沈みかけていた。
「できた」と呟く。
パッと嬉しそうな顔をした雪は裸のまま僕の方に寄ってきて絵をのぞいた。
「待って、まだ乾いていないからもう少し待って!」
「あ、ごめん」と雪は絵から少し離れる。
僕は立ち上がって、彼女を絵の見やすいところに案内した。
「ど、どうかな」と不安になりながら質問する。
「綺麗」と雪は呟いた。自分の中でも比較的上手く描けたと思う。肌の質感や、頬の色。外から差し込む西日が絵の中で彼女の裸を包んでいた。
「この絵、もらってもいいの?」と雪は質問する。
「うん。そのために書いたんだから」
僕は裸のままの彼女を直視することができずにタオルケットを掛けながら言った。
雪はそのまま僕の顔を見る。絵をそっと壁に立てかけると、雪は僕をベッドに誘った。
「一度だけだから」彼女は目を潤ませながら呟く。
「え?」
「一度だけ。お願い」
雪は想像もつかないような力で、僕をベッドに押し倒した。
ベッドで僕と雪は向かい合わせになる。僕の体からは絵具の匂いが、彼女からから女の子の匂いがしていた。
二人の間で沈黙が生まれる。雪は体を縮こませながらも僕の方を欲しそうに見る。
「一度だけだから。そして忘れて」
雪はそう言って目を瞑った。僕は、そっと服を脱ぎ、彼女にまたがった。
気がつけば朝になっていた。僕たちは何度も求めあった。雪は慈しむように僕の“それ”と唇に触れ続けた。僕も何かを遺すように、彼女の中に注ぎ続けた。それが彼女の求めていたことであったし、僕が絵に込めなかった最低な劣情の現れだった。
西日で照らされていた部屋を今度は朝日が彩り始めた。雪は疲れたようでぐっすりと眠っている。まだ元気な“それ”を封じながら、僕はコーヒーを沸かす。
雪がタオルケットを体に巻いてキッチンに寄ってきた。
「何作ってるの?」
「朝ごはん」
僕がそう答えると、雪は嬉しそうに
「同棲しているみたいだね」と言った。
僕も同じことを思っていた。僕はわかっていたのだった。彼女のことが愛おしくて好きだってことを。彼女への想いが枯れた筆に彩りを与えたのだと。
「そうだったらいいね」と僕は呟く。
「そうね」
雪は僕の頬に軽くキスをした。
それから、僕は雪と二度と会うことはなかった。彼女の痕跡は僕のスケッチブックの中だけだった。
いつ雪が降ってもいいほど寒い日、僕のアパートに一枚の葉書が届いた。知らない地名から届いた葉書。そこには「雪について」という文字があった。
僕は、葉書に書かれてある電話番号にすぐさま電話した。
「もしもし、電話をかけてくる頃だと思ったよ」と低い声で電話の主は答えた。
名乗るつもりだったが、声の主に流れを奪われていた。
「あの」と僕は言葉をつまらせる。
「雪のことだ」
「雪さんですか?」
「あぁ、娘について少し話しておきたいことがあってな」
電話の主はそう言った。
「お父さんですか」
「そうだ。厳密に言えば、そうだった、になるのだが」
「とういうのは?」
「娘は、雪は、死んだ。この秋の終わりに。雪は雪が降る前にこの世を去った」
僕は俯いた。
「雪から、病気のことは聞いていたか?」と声の主はいう。
「いいえ。特には」
「そうか。彼女は−」
雪の父親は雪の病気について語る。生まれつき心臓に病気を抱えていたこと。今年一年を生きていければ良い方だと医者に言われていたこと。そのような事実を淡々と雪の父親は僕に教えてくれた。
「それでだ」と、雪の父親は話を変えた。
「先日、雪の遺品整理のために娘の部屋に入ると、彼女の自画像が見つかったんだ。その絵の裏に君の住所が書かれていてな。娘が大事にしていた絵だったようで、綺麗に保管をされていた。それでな、どうも君には伝えておかなくてはいけないような気がして」
「何をですか?」
「娘の墓だよ」
「娘さんの、お墓・・・」
僕は、雪が死んだという事実を知ったときからずっと話が頭に入っていなかったが、お墓という言葉にだけは引っ掛かった。
「そうだ。雪の墓だ。よければ言ってやって欲しい。雪が自分の裸を見せてまで描かせた“絵師”なんだ。墓に行くぐらいの権利はある」
僕は何も言えず、受話器を握ったまま黙っている。
「今すぐにいけとは言わん。落ち着いたらでいい。雪の墓参りに行ってやってくれないか」
僕は、父親の願いに「はい」とだけ返事をした。
「それでは、用件はここまでだ。電話してくれてありがとう。それでは」
そう言って電話を切ろうとしたとき、
「そうだった」と父親は話を続けた。
「君は絵描きを目指しているのかい?」
「え、僕がですか?」
「そうだよ。親バカかもしれないがね、君の描いた娘を見て泣いてしまってね」
「それは・・・」と言葉をつまらせていると、
「君の人生に対してとやかくいうつもりは無いが、君は君の信じる道を進んだらどうだ」
父親はそう言って、再度挨拶をして電話を切った。
僕にとって雪が死んだという事実はそこまで驚くようなものではなかったのかもしれない。一度だけ。彼女はそう言って体を許した。それが僕にある程度n覚悟を持たせていたのかもしれない。
結局、その年、雪の墓には行かなかった。何を話したらいいのかわからないし、僕の中でやっぱり、この雪との思い出を言語化できていなかった。彼女は僕に向かって一度も「好き」とは言わなかった。でも、確かに僕に何かを伝えようとしていた。それが病気のことなのか、死ぬことなのか、それとも僕への愛のメッセージなのか。それは何一つわからない。だけど、僕は雪から何か大切なものをもらったし、それが何かわかるまでは彼女の墓に行くことはできなかった。
雪が死んだという事実を知ってからまた大学に通い出した。卒業までにはまだもう少しかかるが、大学の間にしたいことが見つかった。もう一度、雪をカンバスに描くこと。今度は狭いアパートの中ではなく、広くて少し寒い、雪景色の中で佇む姿を。
こうして電車に乗るのは一年ぶりだった。都会の喧騒を忘れて田舎に向かう電車に乗るのは非常に心地よい。
僕は、リュック一つに一冊のスケッチブックを持ってとある場所に向かっている。奥さんにも子供たちにも内緒で毎年この時期に行くところ。今日も書斎に保管してある絵の裏に隠してあったスケッチブックを大事に持ってきている。
大学を普通の人より二年遅れて卒業した。その後、都内の企業に就職しデザイナーを勤めている。なんだかんだで、平凡な人生を歩んでいるなと思う。
電車を降り、ツツジに囲まれた農道を歩いた先にポツンとある集団墓地に着く。そこのさらに端にある一つの墓跡。「春風雪」の文字が並んでいる。春風が雪を溶かし、更なる命を芽吹かせる。そんな薫りがする季節、僕はいつもここにくる。
結局来ることができるようになったのは大学を卒業してからだった。少し遅かったけど、くることができただけよかったと思っていつもの笑顔で許してもらいたい。「そんなもの」が流れる僕と雪の間柄だ。
僕はリュックからスケッチブックを出す。彼女の墓の前に座って、今年も雪を描いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます