第2話 色あせた毎日

 

 僕は教室でお昼ご飯を食べていた。

 弁当の中身は卵焼き、ブロッコリー、プチトマトと冷凍食品のトンカツ。まぁ、自分で言うのもなんだけど、手抜き飯だ。

 自分自身の分しか作らないから、張り合いがでず、手を抜いた弁当ですませている。

 

 窓側にある僕の席に座りながら、誰かと話す訳でもなく、一人でご飯を食べる。

 僕の通う高校は、県内ではトップクラスの偏差値がある公立高校だ。

 でもガチガチの進学校という訳でもなく、文武両道を校風にしていて、部活に精を出す人も多い。

 

 運動部に所属している人たちはみんな熱心で、昼休みも自主練に精を出している。

 運動が苦手な僕からすると到底信じられない。

 普段の昼休みは、弁当を食べた後に室内に残っている人は多くない。

 でも今日は雨が降っていて、運動部の人たちも結構室内に残っている。

 彼らのおかげで、今日の教室はとてもにぎやかだ。

 

「準々決勝、見にきてくれよ」

 

 サッカー部の山本くんが、御厨さんに試合の応援に来てくれと頼んでいる。

 次の週末にインターハイ予選の準々決勝があるらしい。

 あまり詳しくはないけれど、山本くんは2年生ながら、サッカー部のエース的存在だと聞いている。

 運動神経が良くて、長身のイケメンで頭もいいし、コミュニケーション能力も高い、万能超人のような人だ。

 

「え~、メンドウだからパス」

 

 御厨(みくりや)さんが気だるげに断った。

 フルネームは御厨レイラさん。外国の響きがある名前の通り、彼女はいわゆるハーフだ。確かお母さんがヨーロッパの人だったはずだ。

 金髪のショートカットが小顔でスタイルの良い彼女に良く似合っている。

 

「そこをなんとか」

「日焼けするし」

 

 北欧の血が入っているからなのか、御厨さんはとても肌が白い。

 日焼けするとすぐ赤くなってしまうらしく、いつも制服のジャケットの下にUVカットのパーカーを着ている。

 

「日陰から見ててくれるだけでもいいからさ。御厨が来てくれたらみんな絶対テンション上がるって」

 

 ハーフの人は美人が多いという説を聞いたことがある。それが本当なのかどうかは分からないけれど、少なくとも御厨さんにはその説が当てはまっている。

 だからもし御厨さんが応援に来たら、サッカー部の人たちはより一層気合が入ることだろう。

 

「今回はマジで大事な試合なんだ。もし勝てたら、たぶん予選突破できるんだ」

 

 相手はインターハイ常連の強豪校らしく、去年のインターハイ予選でも負けた相手だそうだ。でも今年は勝てる可能性があると山本くんが熱弁している。

 先輩たちをインターハイに連れていってあげたいと言う山本くんの姿はとても眩しい。

 

「ふーん。あたしは行く気ないけど、友だちにすすめとくから時間と場所LINEで送っといて」

「おう、ありがとな!」

 

 偏差値が高い高校だからなのか、みんな根本的な部分では真面目なので不良はいない。でも、真面目な人と少しやんちゃな人の2つに分かれてくる。

 御厨さんはやんちゃな部類だろう。制服もかなり着崩していて、生活指導の先生によく注意されている。

 御厨さんの友だちも同じような部類の、派手で華やかな人たちが多い。そういう人たちが応援にかけつけたら、きっと男子たちは喜ぶだろう。

 御厨さんの隣にいた立花さんが山本くんに尋ねた。

 

「山本はそれでいいの?」

「何がだ?」

「山本はレイラに来てほしいんじゃないの?」

「え、い、いや、俺は一人でも多く応援に来てもらいたいだけだって」

 

 山本くんが顔を真っ赤にして否定した。

 立花さんが楽しそうにからかい、御厨さんは苦笑いを浮かべている。

 山本くんは御厨さんのことが好きなのだ。

 傍から見ているだけの僕でも、はっきり分かる程度には分かりやすい。

 

 青春だなぁ。

 彼らは青春を送っている。

 僕自身が加わることはないだろうけど、あんな風に青春を送っている彼らのことは素敵だと思う。

 

「笹内も来てくれよ」

「へ?」

 

 山本くんが僕に声をかける。

 完全に傍観者ポジションだったので驚いた。

 

「うーん、ちょっと用事があるから難しいかも。行けたら行くね」


 僕が見に行っても何かできる訳でもない。

 曖昧な返事を返した。

 僕の社交辞令に対しても、山本くんは嫌な顔一つしなかった。できた人だと思う。


「フラれてやんの」

「うっせー」

 

 立花さんが山本くんをいじっている。

 ふと視線を感じて、視線の方を向くと、なぜか御厨さんと目があった。

 なにか言いたいことがあるのだろうか。

 でも御厨さんは特に何も言わず、隣の立花さんと話し始めた。




    ◆




 金曜日の授業が終わった。

 部活に行く者や遊びにいく者、それぞれがそれぞれの目的を果たすために動きだした。

 今週の授業が終わったからか、みんないつもより元気に見える。

 僕は放課後も土日も特にやることがないので、いつも通り家に帰るだけだ。

 帰宅の準備をしていたところ、若宮先生から呼び止められる。


「最近、どうだ?」

「……普通です」

 

 若宮先生は僕のクラスの担任の先生だ。

 体育の授業を担任していて、いつもジャージ姿だ。

 快活な女性で、生徒とも距離が近く、生徒たちからの人気が高い。

 

「あ~、その、なんだ。何か困っていることとかないか?」

 

 普段はハキハキしている先生だけど、今日は歯切れが悪い。

 きっと僕のせいなのだろう。

 

「いえ、大丈夫です」

「何かあったら連絡するんだぞ?」

「はい。用事があるので失礼します」

 

 僕は会話を切り上げて家に帰った。

 家に戻って学校の宿題を終わらせて、晩ごはんを作って食べて、ぼーっとして、お風呂に入って歯磨きをして、明日の準備をして、布団に入って今日も一日が終わる。

 いや――終わるはず、だった。

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