第二章その4

 お昼の弁当を食べ終えて出発すると、舞は玲子と林の中を歩いていた。急斜面を登ってちょっとした崖になってる場所で、玲子はヘトヘトになって悲鳴を上げる。

「疲れた……足痛い、もう帰りたい」

「この道を選んだのは綾瀬さんのはずよ。弱音を吐いても何も変わらないわ」

「確かに選んだのあたしだけどさ、こんなに険しいとは思わなかったのよ」

「まあ地図で見るのと実際に赴いて見るのは別物ね」

 舞は目を伏せて地図を見る、この先は班長の玲子が選んだ道だからとやかく言わずに従ったが、どうやら深く考えずに道を選んだらしい。

「とにかく少し休もう、一時間歩きっぱなしだったから疲れた」

 玲子はそう言いながら地面に腰を下ろすと、彩と長谷川萌葱も適当な木陰に腰を下ろす。彩も歩き疲れていたのか表情を緩めた。

「やっぱりこういう所は疲れるわね萌葱ちゃん」

「うん、あたしも普段ずっと教室で漫画とかイラストとか描いてるから、運動するの体育の授業ぐらいしかないの……彩ちゃんは部活とか入らないかったの?」

「う~ん特に入りたいとは思わなかったから」

 彩と萌葱は仲が良く、漫画研究会に入ってる萌葱は表に出していないが、どうやら最近は「機動戦士ガンダム」の最新作に嵌ってるらしい。仲の良さそうに話してる二人に玲子も羨ましそうに言う。

「いいわね仲のいい者同士で同じ班になって、御幸みゆきたちと一緒だったらな」

「仲のいい者というよりは取り巻きじゃないの?」

 舞は玲子と休み時間や放課後いつも一緒にいる塚本御幸つかもとみゆき本島桜もとしまさくらの顔を思い浮かべながら言う。小坂愛美は吹奏楽部にいるから取り巻きというよりは気の合う者同士と言った方がいいだろう。

「取り巻きって中沢さんにはそう見えるのね、まあいいわ」

「あら否定はしないのね」

「肯定もしないけどね、あんたはどうなの? 仲のいい子とかいないの?」

 さりげなく玲子に胸を突き刺されたような気分だが、躊躇うことなく言い返す。

「あいにく私はあなたのように友達付き合いに直結する本音と建前を使い分けるのが下手なのよ」

「確かに中沢さんは言いたいことを平気でズバズバ言うタイプね、少しは言葉を考えた方がいいわ……ねぇ神代さんや長谷川さんだってそう思うよね?」

 玲子は話しを彩や萌葱に振ると萌葱は困惑して彩は人差し指を口元に当てて考える、この女! 大人しくて自分のことあまり言えない気の弱そうな二人に遠まわしで肯くように言いやがった。

 案の定、気の弱い萌葱は「ええっ……と」と困惑しながら当たり障りのない言葉を探してる間に彩は言う。

「確かに中沢さんの言動には棘があるけど、見方を変えれば表裏がないってことだと思うの。まだ知り合って一ヶ月も経ってないけどね」

「そ、そうなの! あたしも彩ちゃんと同意見だわ!」

 萌葱もそう言うと舞は恥ずかしくて赤熱した顔を埋めたくなってきた。

「そ、それって私が不器用だって言いたい訳?」

「確かに神代さんの言う通り、少なくとも世渡りは下手そうね」

 玲子はまるで嫌いな相手の弱点を見つけたかのようにニヤけながら見つめると、舞はキッと睨みながら立ち上がって玲子だけでなく萌葱や彩にも言いつける。

「う……五月蠅いわね! ええそうよ、私は友達を作るのが下手よ! 世渡りが下手よ! 人付き合いが下手よ! 笑える話しでしょ! 笑いたきゃ笑いなさいよ!」

 舞はヤケクソになってこのまま逃げ出したい気分だった、ああもう! 何言ってるのよこの人達に! 綾瀬さんはともかくとして神代さんや長谷川さんは何も悪くないのに! そう思っていた瞬間、舞の足元が滑ってふらついて急に地面に穴が空いたような感覚になる。

「危ない!!」

 彩は立ち上がって全速力で駆け寄りながら手を伸ばすが、舞はなんとか体勢を立て直そうと両腕を振った。その努力も空しく後ろに倒れて頭から崖を滑り落ちると思った瞬間、彩が舞の右手を掴んで引っ張る、だが舞を引っ張って戻すことができず滑落した。

 視界が万華鏡のように回転し、気が付いた時には舞は崖に寄りかかっていて、両膝と両肘が痛む。

 幸い長袖のジャージを着ていたから外傷はなかった。

 崖の上から玲子と萌葱の声が聞こえる。

「ちょっと二人とも大丈夫!?」

「彩ちゃん!! 中沢さん!! 怪我はない!?」

 そうだ! 神代さんは!? 周囲を見回すとすぐそばに彩が尻餅ついたかのように座り込んでる、見たところ外傷はないと思いながら崖の上に二人に叫んだ。

「私は大丈夫!! 神代さん立てる?」

 舞はオロオロしながら言うと、彩は痛みに耐えながら微笑む。

「立てるけど……足……挫いちゃったかも、先生を呼んで来てくれる?」

「ま、ま、待って、神代さんはどうするつもり? 置いていけないわ!!」

 舞は激しく動揺しながら首を横に振ってると、崖の上から萌葱の声が聞こえた。

「今から先生を呼んでくるから! ここで待っててね!」

 心強い声で舞は少し安堵するが、彩は痛む右足首を摩りながら訊いた。

「大丈夫中沢さん? 怪我とか痛いところとかはない?」

「ないけど……何で……何でこんな時に自分より私のことなの? 神代さんだって足痛めたじゃない!」

「ああ……あたし結構どんくさいから、ああするしか思いつかなかったのよ。よかった……怪我がなくて」

 彩は安堵の笑みで言う、この子は私以上に不器用で優し過ぎる。だけどとても強い子だと初めて胸を打たれるような気持ちだった。

 そして舞はこの子と友達になりたいと心を許した瞬間だった。



 チェックポイントを通過し、残り少ない場所へ向かって歩いてると前から二人の女子生徒が慌てた様子で走ってくる、綾瀬玲子と長谷川萌葱だった。

「あれ? ねぇ太一、綾瀬さんの班って確か」

「中沢と神代さんだね」

 玲子は珍しく慌てた様子で高畑と西本に話すと、高畑も驚いた口調になる。

「なんだって!? 中沢と神代が崖から落ちた!?」

「マジかよ!! おい、助けに行こうぜ!! どこだ!?」

 西本も緊迫した表情になって訊くと玲子はみんなに聞えるように大声で言う。

「この先にある崖よ!! 七~八メートルくらいの高さだった!!」

 翔はしおりにあるオリエンテーリングの地図を見る、現在地から判断すると崖下に行く道を考える。

「太一、ここからだとするとこの辺りだと思う」

「なるほど、だとしたら途中でみんなと別れるな」

 太一は肯いて言うと玲子は大声でみんなに言う。

「長谷川さんは先生を呼んで来て!! みんなはあたしについてきて!」

 そう言って萌葱は先生のいる所へ走り、男子たちは玲子に先導されてついて行く。翔はしおりの地図のページを見ながらこの辺りだと太一とアイコンタクトすると、翔は直人に行った。

「佐久間君、みんなを頼む!」

「えっ? ああおい真島!? 柴谷!?」

 直人は困惑したがすぐに察したのか、呼び止めるような声はきこえなかった。

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