第20話 僕でごめんね

 暖かな陽気に包まれた朝のこと。

 荷物を背負ったシルはラッコを伴って自宅へと戻ってきていた。

 彼女の足取りは軽く、その目は太陽の光を受けて輝いている。

「あっ」

 宿場を兼ねている自宅の壁沿いを歩いているシルは、太陽光を反射する白い壁の先に人影を見つけた。

 確かめるまでもない。それが誰なのかわかっている彼女は早足になる。

 荷物が重い。建物の横側、丁度壁の影になっている位置まで向かうのだが、上手く走れないので酷く遠いように感じる。

「おとーさんっ、おかーさんっ!」

 辛抱できずにシルは愛する家族に向かって叫ぶ。

 自分は二人に話したいことがたくさんあるのだ。

 ラッコのことは勿論、魔物のヨヨも紹介したい。

 なによりもまた二人に触れたいし、もう一度自分を抱きしめてほしい。

「おとーさん、おかーさん!」

 けれども何度呼んでも二人は気がついてくれない。

 なんだか不安な気持ちになりながらも、直接顔を見せれば気がついてくれるだろうと淡い期待を抱く。

「はあっ、はあっ」

 息を切らせながら二人の元へ辿り着いたとき、シルの目に最初に飛び込んできたのは一人の少女だった。

 少女の駆けていく先にいるのはシルのよく知る夫婦。

「そんな、おかーさん……」

 シルの両親たちは駆けてきた少女を受け止めると、優しく抱きしめる。

 両親に愛されるその少女の顔が見えてきたとき、シルは絶句した。

 そこにいたのは自分だった。正確には、自分ではない別の「シル」という少女がいた。

「おとーさんっ」

 シルは抱えていた不安が一気に恐怖や悲しみに変わっていくのを感じた。

 自分が置いていかれたような、捨てられてしまったような。そんな感情が全身を絡めとって飲み込もうとしてくる。

 悪夢のような奔流から逃れようとして両親に手を伸ばすが届くどころか二人は気がつきもしない。

「ラッコ?」

 奔流に飲み込まれてしまう直前。人間の少年に手を掴まれる。

 彼の手の温かさを感じたとき、目の前にいる両親や自分ではない「シル」が自分に気がついてくれない理由がわかった。

 どうして忘れたふりをしていたのだろう。ラッコと出会ったときに両親は殺されて、ヨヨの手助けを得て仇を討ったのだから、自分の両親はもう亡くなっているのに。

 眼前の三人は幸せだった頃の想い出。それを認めなければならない。

 自分を絡めとる感情の奔流が恐怖から寂しさになり、シルはラッコの手を握り返す。

 ラッコは自分に向かって何かを言っているが声は聞こえない。それでも彼が何を言っているのか唇の動きでわかった。

 もう戻らない幸せだった頃の想い出が胸に刺さって悲しみと寂しさに自分の全てが沈んでいく最中、シルはラッコの言った言葉を心の中で反芻した。

 シルは声に出さず「謝らないで。ありがとう」とラッコの言葉に返した。

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