呪い

 今日もボクは朝起きたらまず最初にベッドの横に置いてある魔法剣に触れて性転換の魔法で女の体に戻る。

 そしてミネが作ってくれた朝食を食べて、魔法女学校に通学するのだ。

 学校ではクラスメートのカミエラとリリエと一緒に並んで座って授業を受ける。ボクらはいつも後ろの席を確保する。カミエラは真面目で、授業中は真剣に先生の話を聞いている。ボクは集中力が切れると相変わらず眠気に襲われてしまうけれど、最近は耐えられるようになってきた。リリエは意外と真面目に授業を聞かないタイプで、自分のノートに何かの絵を描いてはボクに見せてくれたり、手紙のような紙の切れ端をボクに渡してはそれでボクと筆談の真似事をしたりした。それでいてボクよりも断然に成績は良かった。

 そんな毎日がボクはとても楽しかった。



「今日は私は家の用事があるので放課後一緒に勉強できないんです。」


 カミエラが申し訳なさそうに、そう話した。ボクらはいつも放課後に図書室で授業の復習と予習をするのが日課になっていた。


「そっか。それは残念だけど、しょうがないね。」


 ボクが学校に入学してからそろそろ三ヶ月。季節も移ろって、この三人で一緒にいるのが当たり前のように思っていたけれど、そりゃまあそういう日もあるよね。


「それじゃ、リョウさん! 今日は私が、教えてあげますからね!」

「うん。よろしくね、リリエ。また明日ね、カミエラ。」


 そう言ってカミエラと別れて図書室の方に歩き出したボクとリリエだったけれど、リリエはちょっと寄り道をしましょうと言ってボクの腕を引っ張った。


「こっちに、先代の校長先生が作ったバラ園があるんです。リョウさん、知ってましたか?」

「いや知らなかったけど。」

「私もバラって花をこの学校で初めて見ました。なんでも先代の校長先生がこの学校を空間魔法で作られた時に故郷の花を懐かしみ植えられたのだとか。きっとリョウさんも気に入ると思います!」


 やがて花の香りが風に乗ってボクらのところにも届く。校舎の裏庭といった位置だろうか。そこそこ広い空間に小さな屋根とベンチが置かれて、その周り一面はボクが想像した通りの赤や白の薔薇の花で囲まれていた。


「へえ、壮観だね! こんなに咲いているのに誰もいないのはもったいないなぁ。」

「魔法でいつも咲いているんです。」

「あ! 見てよ、リリエ! ここに咲いているのは紫色だ! 綺麗だよ!」

「ふふっ、気に入ってもらえたみたいで良かったです。」


 リリエがベンチに腰掛けたのでボクも隣に座った。


「そうだ。今日はここで勉強しようか。」

「勉強なんて……、それこそもったいないですよ。」

「ははは。でも勉強してないことがカミエラにバレたら怒られちゃうよ。」

「せっかくの時間なんですから、まだ私は楽しみたいです。」

「それもそうか。」


 日の光に照らされてバラの花々はキラキラと光を反射し、日常から隔絶された空間にいるように感じられる。時間が経つのも忘れそうだった。今度ミネも連れて来ようかな。


「リョウさん。」


 声をかけられて我に返るといつの間にか隣のリリエはバラではなくてボクの顔をじっと見ていた。リリエの視線がボクの目、頬、鼻、そして唇へと移動する。


「リョウさん、少し化粧してますね。」

「ああ、ミネに教えてもらったんだ。」

「ミネさん……。あのパン屋の……。」


 リリエがボクから目を逸らした。


「リョウさんは……、ミネさんのことを愛してるんですか?」

「え?」

「一緒に暮らしていて、そうじゃないならどういう関係なんですか?」

「どういうって……、ミネとボクは……。」


 どう言えばいいんだろうか?


「私だったらリョウさんにはもっと違う色を合わせるのに。」


 リリエの手がボクの手に触れる。リリエの指は細く長い。ボクはドキリとした。


「急にどうしたの? リリエ!?」

「初めて会った時から私、わかったんです。リョウさんは私と同じだって。でもそれはあのミネさんの存在があったからなんですね。」

「同じって?」

「……リョウさん! 私は、リョウさんのことをお慕いしています。この気持ちを受け止めてほしい!」

「え!? ちょっと待って!」


 リリエはボクに体重を預けるように抱きついた。リリエの細くて軽い体がボクの胸元に寄りかかる。リリエのそのひんやりとした手がボクの服の隙間から滑り込み肌に触れる。

 リリエはそっと目を閉じて唇をこちらに向けて、ボクからのアクションを待っていた。リリエの甘い吐息がボクの口にそのまま吸い込まれるくらいリリエの顔が近い。


「リョウさん……。」

「ダメだよ、リリエ、こんな……。」


 ああ、ダメだ、ダメだ、ダメだ……。混乱してぐるぐると目が回るようだ。

 リリエの匂いを感じ、リリエの味が想像される。頭の中がリリエのことでいっぱいになる。ボクの……、ボクは……、ボクは……、思考が追いつかない。ボクはボクを失いかけている。ああ、……ドラゴンの本能を感じる。ボクの奥底からドラゴンの本能がゆっくりと首をもたげる。

 今のボクは女のはずなのに、ドラゴンの本能はボクの精神を侵食し完全に主導権を取ってしまった。



「こ、これは!? リョウさん!?」


 気付くとボクは男の体になっていた。性転換の魔法は発動しているはずだが、それよりもドラゴンの力が勝ってしまったのだと思う。情けない姿だ。ボクのドラゴンの本能はリリエの方を向き、その柔肌を貫かんと硬くなってその形をハッキリと示していた。

 リリエはボクを突き飛ばすようにしてボクから距離を取り、ボクのドラゴンの本能を睨み付けた。


「これはどういうことですか!? リョウさんは……男!?」

「い、いや、これは違くて! ワケがあるんだ!」

「ワケって!? 女に化けて女学校に入学して、ずっと隠していて、どんなワケがあるっていうんですか!?」


 ああ、最初から話していれば……。でも言えなかった。普通の女子として学校に通いたかった。ボクは自分のドラゴンの姿をクラスメートには知られたくなかったのだ。


「信じられない! こんなのは酷い!! あんまりです!」

「待ってよ! リリエ!!」


 リリエは顔を真っ赤にして泣きながら走っていってしまった。


「そんな……どうして……。」


 一人残されたボクは呆然とするしかなかった。

 ボクの中に眠るドラゴンの魔力がボクの魔法を上回ってしまったら、ボクは本来の姿を維持できなくなる……。ボクは自分のドラゴンの力を制御できない。これからもずっとその不安を抱えながら生きないといけないのか?


「こんなのは呪いだ……。」


 ボクは心の底から泣いた。いつの間にかドラゴンの本能は消えて再びボクは女の姿に戻っていた。それでももうリリエとの友情は戻ってこないと思う。



 ボクはこんな力はいらない。

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