さよなら王女
中央王国の中心、王の居城の王の間……その王座にまだ王ではないはずの王子アダムが我が物顔で座っている。その傍らには王国騎士団のシーザーと中央教会の司祭ガブリエルが控える。
アダムの妹の王女マリンはその不遜な態度を隠さない兄を真っ直ぐに見据え、王位継承の試練を乗り越えた証である三つの王の宝を突きつけた。
「お兄様、これは王位継承の試練を超えた証。次の王はお兄様ではない。私です!」
マリンが見せた三つの宝『黄玉』『金の仮面』『金の木の枝』は何百年前の昔に作られたとは思えないほどの輝きを見せる。まさに魔法で作られた王の宝である。
「……我らの先祖が眠る神聖な王墓を破壊し尽くしたようだな。報告は受けておる。」
アダムはマリンの主張を聞いても意に介さず言った。
「な……、しかし王の宝は私の手中にあります。私が王と認められたからです!」
「愚かな妹よ……。そのような物に意味はないのだ。もうそのような時代ではない。」
「何を……!?」
マリンはアダムの口から発せられた言葉を受け止められず動揺した。
アダムは冷静にマリンを見る。シーザーもガブリエルも微動だにしないがマリンから目を離さない。
「三十年前……我らが父、先代の王が王位継承の試練に失敗したことで、その子である我らは王位継承の試練を受ける資格が無いのだ。」
「何ですって……!? お父様が試練に失敗!? でもお父様はずっと王位に……。」
「中央教会との取り決めでそうなった。」
アダムは司祭ガブリエルをチラリと見たがまた視線をマリンに戻した。
「そんな……。」
マリンは放心したように空を見て、力なくその場に跪いた。
「お前が我の元に持ってきてくれたそれらの宝は今後は城で保管することにしよう。お前には国外追放を言い渡す。」
「……国外……追放……。」
シーザーがゆっくりとマリンに近づく。カチャリカチャリとシーザーの鎧が音を立てる。
「マリン王女。あなたには東の国の僻地にお住まいをご用意しています。そこで我らの監視の元で一生を終えていただく。」
マリンはシーザーに王の間から連れ出されそうになるのを振り払い渾身の力で叫んだ。
「私は……! 私は必ず、この国に帰ってくる! お兄様! 私は……!」
その妹の様子をアダムはただジッと見ていた。実の妹を追放したアダムの心情は、その氷のような表情からは読み取ることはできなかった。
マリンが王都を去るその日、見送る者はいなかった。
マリンは少しの荷物と質素な軽装で、自身が生まれ育ち、あと少しで自分の物になると想像した城を振り返って見た。
「マリン王女、お時間です。」
赤い髪の騎士クールがマリンに声をかける。クールだけがマリンと共に追放の地に赴く。もちろん騎士団から命じられた王女の監視役としてだった。
「クール、あなたが監視役なのね。」
「はい。」
「私は何もかも失ってしまったわ。」
「……はい。」
マリンとクールは東の国に向かう汽車に乗った。汽車が走り出す。車窓から見える中央王国が遠く離れていく。
「これから向かうところはどんなところなの?」
「のどかな良いところだと聞いてます。」
「クール。……もう私は王女ではないわ。昔のように話して。」
「……わかった。」
「小さい頃、私とお兄様とあなたでよく遊んだわね。」
「ああ。あの頃からマリンはお転婆だった。」
クールがマリンを見て優しく笑う。その目はいつもの騎士の厳しい目ではなく、大切な一人の少女を見守る目になっていた。
マリンも昔のことを思い出して笑う。すぐどこかに走って行ってしまう幼いマリンを必死に追いかけるクールとアダムの姿を脳裏に浮かぶ。一人で勝手に迷子になり泣きじゃくるマリンをクールが見つけておぶり帰った……。
「俺はマリンを守るとあの日誓った。」
それは幼い少年と少女が交わした誓いだった。マリンには失われたと思われていた誓い。しかしクールはその誓いを守るために立ち回った。……クールがマリンの監視役に着いたのは偶然ではなかった。
「あなたは何も変わっていなかったのね。ありがとう……。」
マリンの目から涙がこぼれる。それはあの日以来の涙だった。
汽車は失意の王女とその騎士を乗せて走る。
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