街の古道具屋

 ボクがシュンさんの古道具屋で働き始めて一ヶ月くらいが経った。季節は秋になり、少しずつ気温が下がってきて肌寒さを感じるようになってきていた。



「あ、この光を出す道具ってどういう風に修理するんですか?」


 ボクは、道具屋の部屋の隅の箱に大量に入れられた電球のような道具を見つけたので、以前に思った疑問を訪ねてみた。


「それはそのまま回収にまわすんだ。東の国のスプリング社が独占的にやってんだよ。百五十年くらい前にその光の魔法陣を発見したスプリング社の創業者が、魔法陣を隠すことで巨万の富を築いたんだ。スプリング社は今は手広くやってるが、その光の魔法陣だけは未だに極秘らしい。」

「へえ……。」


 特許みたいなものだろうか。でも百五十年は長いよな。


「よし、これから寒くなるからな。今日は五件も暖房器具の修理の依頼が入ってるぜ。よろしく頼むぞ、リョウ。」


 この西の国は魔法を使える人間が少ないので、使われる魔法の道具は直接魔法力を供給して動かすタイプではなく、蓄えられた魔法で動作する蓄魔法タイプの道具が主流だという。道具に蓄えられていた魔法が無くなったら魔法が使える人間が魔法力を込め直すか、魔法タンクから魔法力を補充することになる。もちろん魔法タンクからの補充にも魔法を使わなければならないので魔法が使えない人間にはできない。この国ではこれを道具の修理と呼んでいるとシュンさんに教わった。

 道具に魔法力を込めるのはボクの役目になっていた。魔法タンクは他の国から輸入しているため安いものではない。だから魔法力を持った人間が魔法力を込めるのが一番コスパがよいということだ。ボクが持っているドラゴンの魔法力はシュンさんの魔法力とは桁違いな量であるらしかった。

 他にも、シュンさんにはいろいろな道具の仕組みや使われている魔法陣について教えてもらっていた。シュンさんが中央王国でやっていた魔法技師という仕事は、魔法を使った道具の開発や設計をする仕事だったらしい。

 例えば、魔法の種類には、火、水、風、土など自然に働きかける魔法と、手、目、耳、声などの人体に影響を与える魔法があるらしい。そしてそれらの魔法陣を組み合わせることによって現在、人間が扱う魔法の数は数万にもなっているとのことだった。



 ボクはこの一ヶ月で、いくつかの新しい魔法を覚えることができた。

 ボクが新しく覚えた土の魔法は、土の形を変えることもできるけど、魔法の媒体になるように使うことが多いらしい。土の魔法と火の魔法を組み合わせると、土に火の熱さだけを伝えて熱の魔法にすることができる。

 あとは、手の魔法と目の魔法を覚えた。手の魔法は自分の手の延長のように魔法力で遠くの物を動かせる魔法で、目の魔法は見えないところを見る魔法だ。

 魔法陣同士を繋げる方法も学んだ。魔法陣同士を繋げると相乗的な効果を発揮させたり、繋げ方によっては連続的に作動させたりすることができる。火と水の魔法を組み合わせた道具は以前からよく使っていたが、実際に仕組みを知って自分でやってみると、それはまるで魔法陣のパズルみたいで面白かった。

 それとボクは自分の魔法の限界についても知った。どうやら同時に魔法を使える数には限度があるらしく、ボクは人間の姿の時には四つまでが限界だった。でも、普通の人間は二つが限度だそうで、四つというのはなかなかの才能だとシュンさんは言っていた。



「いやあ、魔法タンクを持ち歩かなくていいのは楽だな。」


 五件目の家で暖房器具に魔法を込める。暖房器具は床の一部になっていて、スイッチを入れると魔法が繋がって暖かくなる石のような材質のものだ。これの上にコタツのように布を被せたテーブルを置いて中に入る。この暖房器具に使われているのは熱の魔法だった。一時間くらいの注入で満杯になり、これで一冬を越せるらしい。蓄魔法タイプの道具は省エネに重きを置かれていて、ヒーターやエアコンみたいな形の魔法消費の激しい道具は実現できない。それでも西の国は比較的に冬でも暖かく、雪も降ることはないらしいので、この道具で充分だそうだ。

 一時間……長いな。家主はどこかに行ってしまって、シュンさんは椅子を借りて本を読んでいる。ボクは床に座って石に描かれた魔法陣に触れて、魔法力を道具にどんどん流し込んでいく。これで今日は五件目だけれど、ボクの魔法力はまだ減ったという感じが全然しない。



「道具屋さん、悪いんだけど、これもお願いできないかね。」

「あ、はいはい! あー、これは珍しいっすね! 音楽機ですね!」


 家主が抱えて持ってきたのは丸い円盤のような道具だった。シュンさんが受け取って道具の両面を見ている。


「二百年前の年代物でね。購入した時はまだ魔法力が残っていて聴けたのだけど、魔法が切れてしまってからはずっと物置でホコリを被っていたんだよ。」

「わかりました。おーい、リョウ! そろそろそっちは満杯になるだろ、終わったらこっち来てくれ!」


 ちょうど暖房器具の方は魔力を込め終わったところだったので、ボクは家主とシュンさんのところに移動する。


「これの、これが耳の魔法陣でこっちが振動の魔法陣だが、この裏面にビッシリ描いてあってちょっとずつ形が違うのが全部音楽の魔法陣だ。これ全部に魔法を込める必要があるんだが、こっちに土の魔法陣が描いてあって、ここに魔法を込めれば全部の魔法陣に魔法が伝わるようになっている。」


 シュンさんの指示通りに、ボクは音楽機の土の魔法陣に触れて魔法力を込めた。すると、一分くらいで魔法力が満杯になった感じがあった。


「なんか、もうこれ以上は込められない感じです。」

「そうか。古い道具だからな。容量が少ないようだな。」


 シュンさんは音楽機を家主さんに返して、


「終わりましたよ。音が出るようになったか、確かめてください。」


と言った。

 家主が返された音楽機の何かを操作すると、急に耳に音が入ってきた感じがして、音楽が聞こえだした。んー、なんか聞いたことがあるような曲な気がする。


「おお、素晴らしい。どうもありがとう。お代は?」

「ははは、これに関してはお代はサービスしますよ。古くて、たいして魔法力も込められなかったみたいですし!」


 ……ボクの魔法力が安売りされてしまった。それより、今聞こえている音楽。これは……。


「もしかしてビートルズですか?」

「お、さすが知ってるな。古い曲なのに未だに人気あるんだよなー、名曲だよ。」


 異世界でビートルズが人気ってどういうこと? 他の転生者がこの世界に伝えたのだろうか?


「おそらくこの魔法機は魔法力のある人間が音楽を聴く時だけ魔法を込めて使う物だったんだろうね……。いや、でも、また聴けてよかったよ。この曲には思い出があるんだ。本当にどうもありがとう。」


 家主さんはボクに向かってまた感謝の言葉を述べた。

 まあ、人の役に立つのも悪いことじゃないかな。ボクはちょっと両耳が熱を帯びてるのを感じた。

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