ボクは真実を知る
「ワシの名前はエンジェルだ。天の使いという、ふさわしい名を授かった。」
勝ち誇ったようなニヤけ顔でその初老の男は名乗った。
光に溢れた建物の中と対比して外の広場の方は暗く、建物の入り口を背にした男は背後から照らされて自ら神々しさを演出し悦に入っているかのようだ。
「ワシは中央王国の出身だ。」
よくわからないけれど、男は胸元にかけていた飾りを持って見せつけてくる。
「……と言っても、お前にはわからんだろうな。この世界の人間ではないお前には。」
「ボクがこの世界の人間じゃないことを知っているのか?」
「バカめ! 異世界の人間であるお前を、憑依術で魔物ドラゴンに憑依させたのはワシだ。」
ボクをこの世界に転生させたのはこいつの力か。……つまり、こいつが元凶。
「なんでそんなことを?」
「魔物ドラゴンがこの山に住み着き二年……。山に入る人間を襲うドラゴンに困り果てた村の者たちのドラゴン討伐の嘆願を慈悲深いワシは聞き入れた。」
男は何かの役に成りきったように大げさな身振りで周囲の村人たちに手を向ける。
「かの中央王国では、ドラゴン討伐に憑依術を使うのは定石……。通常では絶対に適わない力と強靱な皮膚を持つドラゴンを、ただの人間に変えてしまうのだ。そうすれば簡単に殺すことができる。」
ボクは村人たちを見た。暗がりの中で彼らの顔はよく見えないが、押し黙った彼らはみんなボクには友好的ではないように感じられた。
「ドラゴンの憑依者は女と関係を持つことで完全にドラゴンの力を失う。それがこの小娘の役割だ。」
ミネは男の後ろで泣きじゃくっている。
「じゃあ、ミネも、ボクが異世界の人間だと知っていて、ボクを殺すためにボクと……?」
「リョウ、ごめんなさい。でも、違うの……。私はあなたを殺したいと思ってない……。」
ミネが声を絞り出すように言った。
「このバカ女! ドラゴンに炎だの飛行だの力を付けさせて、内心ヒヤヒヤさせられたが!」
フッハハハと男は高らかに笑った。
「嘘でうまく丸め込んで、温泉まで手配してやって! それでやっとやり遂げたな!」
ボクは男の顔と、ミネの顔と、周りの村の人間たちの顔をグルグルと見回した。想像もしていなかった事実に圧倒されて考えがまとまらない。
ボクを取り囲む武装した村人たちの中にダイチがいるのがわかった。お前もか……。しかし、ダイチはボクの姿を見て、目を疑うという顔をしている。
「そういうことだ、バカなドラゴンめ! 自分のおかれた状況はよくわかっただろう!! 村の者よ、ドラゴンを殺せ!」
男のかけ声でいっせいに武装した村人たちが動き、ボクの体に槍を突きつけた!
しかし当然、そんなものはドラゴンのボクには通用しなかった。ボクはビクともしない。
「ど、どういうことだ!?」
男の顔から自信の色が消え、明らかな動揺が見られた。
「エンジェル様、リョウのこの姿は……リョウはドラゴンの力を失っていません。」
人間の姿のボクを知っていたダイチだけがボクを恐れボクに近づかなかった。
「なんだと!」
驚愕した顔の男が振り返りミネを見る。
「小娘……! お前!」
ミネは両手で涙で濡れた顔を覆い答えた。
「……リョウと結ばれたというのは嘘でした。リョウは私に手を出していません。私の体は清いままです……。」
「な、なんだとーーー!!!」
ようやく感情が追いついて怒りが沸々と湧き上がってきたボクはドラゴンの姿に変わった。今までで一番強い怒りだ。ボクをこの世界に巻き込んで更には殺そうとしていた明確な敵が目の前にいる。
まず、風の魔法でボクの周りにいた村の男たちを吹き飛ばす。
「く、来るんじゃない!」
さっきまで自信満々だった男は杖を構えてボクに向けた。
ん? あの杖? 武器かもしれない。怒りに満たされたボクの頭は、意外と冷静に高速回転をしていた。ボクは素早く水の魔法で水球を飛ばし男に当てて吹っ飛ばす。
「グェ!」
男が杖から手を離したところを確認して、ボクは炎の魔法で杖に火をつけた。
「あああああ、ワシの杖がーー! 杖がー!」
叫ぶ男だったが、ボクに吹っ飛ばされたダメージでもう起き上がれそうになかった。
「マヌケ野郎はお前だったな! このまま踏み潰してやろうか!? それとも丸焼けになりたいか!?」
「ひえええ、誰か! 誰かワシを助けろ!」
ほとんどの村人たちは隠れてしまってもう姿は見えない。
ボクは炎を吐いてみせた。
男はひっくり返ってあわあわと逃げ出そうとしている。
このままこいつを殺してしまいたい気持ちもあるが……、ボクはこいつに聞かなければいけないことがある。
「お前! ボクを元の世界に戻せ!」
「知らない! 私は中央王国の教会で憑依術を学んだだけだ! 元に戻す方法など知らない!」
男は跪いてボクに向けて祈るように手を合わせている。こいつ、急に雑魚臭くなった。
……もうここには用は無い。
ボクはミネの方を見た。ミネだけは隠れずにずっとこの様子を見ていた。
「ミネ!」
ドラゴンの姿のボクに名前を呼ばれたミネは怯み体を強ばらせる。
「……ミネ。ボクと一緒に来い!」
ボクはミネにドラゴンの手を伸ばした。
「リョウ……!」
ミネがボクの手の中に飛び込んでくる。
ミネを両手で優しく包んでボクは飛び立つ。
怒りの感情がドラゴンの本能に勝っているため、ミネに触れてもボクはドラゴンの姿を維持できたのだった。
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