『この服、どう脱がしていいか難しいよね』

「新築された部屋で、初めての夜をどうするかというだけなのに……」

 『面倒だな』とタモンは新しいベッドに寝転んで天井を見ながら、つぶやいた。

 日本での自分の部屋よりは三倍くらい広い。これでも両家の後宮に比べたら、地味な方らしいけれど、タモンからすれば十分な広さの部屋で豪華な天幕つきのベッドや家具はむしろ落ち着かないきらびやかさだった。

 ベッドに寝転び少し豪華になった魔法の灯りがぶらさがっている天井を見ながら、さっきから、後宮の方も、城の方もさっきから微妙に慌ただしく人が動いている気配を感じていた。

 タモンからすれば、自分の部屋でくらい自由にさせて欲しいと思いながら、ちょっと笑ってしまう。

「お館さま。今夜の花嫁。まもなく参りますよ」

 ノックのあと、そっと部屋のドアを開けてマルサはそう教えてくれる。

 勝手に入ってくるのかと思ったけれど、マルサの微妙な間からするとこれから部屋に向かってくるので、出迎えてあげて欲しいとのことだった。

 仕方なくベッドから飛び起きると、ドアまで行ってエリシアを出迎えることにした。

 渡り廊下は後宮につながっているので、今は暗くひっそりとしていた。タモンが左を見ると、城からの通路にさきほどの婚姻の儀式に比べれば地味だけれどいくつかの火がついていてタモンの部屋まで導いていた。

 シンプルな白いドレス姿だけれど、脚や肩は肌色が露出している女性が静かに一人うつむきながら歩いてきていた。通路の脇ではメイドたちが何人が頭を下げて見送っている。きれいな化粧をされた顔は火の灯りの側を通過する時に照らされて映えていた。その景色の中で、タモンを見るために顔を上げたその絵はまるでどこかの国のお姫さまのようだった。

(誰?)

 予想外の美しさにタモンは本気で一瞬、そう思ってしまった。

 もちろんエリシアだ。他に誰がいるわけでもないことはタモンにも分かっていた。

「きれいだ」

 素直な感想が、タモンの口からはこぼれ出た。

 その言葉にエリシアは、夜の廊下でもはっきり分かるくらいに真っ赤になる。そのままにしておくと暴れだしそうだったので、手を引いて部屋へとすぐに招き入れた。その際に、タモンはちらりと横目で後宮の二つの建物を見た。やはりどちらの建物も上の階の窓から数人がこちらの様子を覗き見ているようだった。

 その視線の意味に気がついたエリシアは、精一杯余裕のある女を演じながらタモンの手を握りかえすとゆったりと部屋へと足を踏み入れた。

「ふう」

 部屋の扉を閉めて、二人きりになるとタモンもエリシアも安堵して一息ついた。

「仰々しいことになってしまいましたね。両家に見せる意味はあったとはいえ、落ち着きませんでした」

 普段は着たこともないレースがついたドレスのスカートをつまんで、ひらひらさせながら、エリシアは笑っていた。

「両家を焦らせる意味では、十分だったと思う。有能で、こんな綺麗な部下がいるんだって分かってもらえただろうし」

「あ、ああ、いえ、もうそういうのはいいですから……」

 エリシアはタモンを静止するように両手を前に伸ばして、困惑しながら後ずさりしていた。

「え、本当に綺麗だと思うよ」

 あっという間にタモンは距離を詰めてそう言った。至近距離で顔を覗きこまれてエリシアは、もうこれ以上はないくらいに顔が真っ赤になっていたけれど、更に手を握られて引っ張られると首から全身まで真っ赤になっていた。

「え、あ、あの」

「本当に今夜の相手をお願いしたいんだけど、『主命』とかじゃなくて駄目かな?」

 まだ可愛らしさの残る少年の顔立ちから、真剣な眼差しでそう頼まれてしまいエリシアはもう頭が沸騰してしまう何も考えられなくなってしまっていた。

「わ、わかりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「よし、じゃあベッドに行こうか」

 そう言いながらタモンの手は、エリシアの腰に回って体を引き寄せる。

 普段、冷静で頭の回転の速い彼女が、頭から湯気でもだしているかのようにふらふらになりながら、ちょっと開き直ったようにタモンの求めに応じてベッドへと導かれていった。

「きゃ、お、お館さま?」

 タモンはもうもどかしそうに腰に回した手に力をいれると抱きかかえて、エリシアをベッドの上に運んだ。

 エリシアは自分でもこんな可愛らしい声が出せることに驚き、そして恥ずかしいのでそのまま顔を手で覆っていた。タモンはエリシアがそんな態度をしているので、戸惑うことなくベッドで横たわっているエリシアの上に覆いかぶさった。

 タモンの顔がこれ以上ないくらい近づくと、エリシアは諦めたように手をどかして、タモンに唇を奪われて身を任せた。

「うーん」

「どうかしました? お館さま?」

 唇を何回か重ねて、服の上から胸や腰を触り、服の中へと手を侵入させてきたところでタモンの動きは止まってしまった。

 期待しながらも不安なエリシアは、何かあったのかと心配になって上半身だけ飛び起きた。

「この服、どう脱がしていいか難しいよね」

「ああ、そういうことですか。まあ、実際、私もよく分かっていませんけれど……」

「破いたりしたら、マルサさんは怒るかな。怒るよね」

 タモンは、もう暴発しそうな自分もあって焦っていた。

「マルサさん。呼んでみようか」

「お、お館さま。そ、それだけはやめてください!」

 大慌てで、エリシアはタモンを制止した。そんなことをされたら恥ずかしくて死んでしまうと割と本気でエリシアは訴える。

 二人で協力して服を脱いでいくことにしたけれど、全てを脱ぐのには時間がかかってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る