『……ところで、女の子ばかりの世界でどうやって子供を作っているの?』

 エリシアは、冒険の後半でくらいでスカウトしたお姉さんだった。それまでの仲間が、頼もしいけれどなんというか脳筋な感じの女性ばかりだったので、参謀というかきっちりと知性でまとめてくれる人を求めて、探したのが彼女だった。

 タモンは、高名な先生を三顧の礼で迎え入れるみたいなことを想像していたけれど、彼女はなかなかにひどい奴隷と同じような扱いを受けていたので、保護してあげたらそのままあっさりと仲間に引き入れることができた。

『どうやら、女の子ばかりの社会では、軍師みたいな仕事は生まれにくいらしい』

 地位の高さがそのままいい発言になるみたいな傾向が強いとタモンは感じていた。

 何にしても、タモンはあまり労せずしてこの優秀な部下を手に入れることができた。袋にいれた大逆転の計略を授けてくれる天才軍師というわけではないけれど、彼女は今やお猿の群れみたいだったタモンの一味をまとめてくれる存在になっている。

 タモンからすれば、全幅の信頼をもって、仕事を任せて頼れるいいアドバイスをもらえる側近だった。ただこのお固い部下はタモン自身に対しても厳しいのだけが悩みの種だった。

「それで? 僕は何をすればいいの? とりあえず企んでいることを聞こうか」

「企んでいるとか人聞きの悪い……。まずは、周囲の有力な三領主からお嫁さんを募集しましょう」

「……お嫁さんは一人ずつでいいんじゃない?」

「駄目です。この地方の有力領主たちをバランス良く取り込まなくてはいけません。一人だけだと他の有力領主たちが結託して反対勢力になってしまう可能性があります」

「う……ん」

 この地方のことを詳しくは分かっていないけれど、有力領主がなかなかの力を持っていることはタモンもこの一年の放浪生活の中で肌で感じていた。

「あとは子どもをたくさん作っていただかなくては」

「簡単に言うね……」

「子どもが生まれれば有力領主たちとの結びつきも強くなります。そして」

「そして?」

「人口こそ。国力の源です」

 いつも冷静な彼女が、手振りを交えて力説していた。

「まあ、それはそうだとは思うけれどね……」

 僕一人が頑張ったところで何か変わるのだろうかとタモンは疑問に思う。それ以上につい一年前は憧れの部活の先輩を眺めて、ちょっと話せれば満足で、女の子と手を握ったこともなかったのにすごいところに来てしまったなあとため息をつくのだった。

「……ところで、女の子ばかりの世界でどうやって子供を作っているの?」

「え?」

「何となくは聞いたけれど、この際だから具体的に聞いておいた方がいいかなと」

「えっ? 説明? わ、私が?」

 女性ばかりの世界であっても、この手の話題は恥ずかしいという感覚はあるんだなとタモンは笑顔になっていた。

 普段厳しく、お固そうなお姉さんが、顔を赤く染めて説明をしようとしているのは、とても可愛らしかった。

(そういえば、先輩もこんな感じだったなあ)

 元の世界で最後に親しかった女の人が一瞬、タモンの頭をよぎった。そういえば、眼鏡をかけていること以外はエリシアにとてもよく似ている気がする。

 誘われて入った歴史研究会の部室に行くと、いつも先輩は窓際で大きな本を読んでいた。

 本に書いてあったよく分からなかった単語を聞いたら、それはいやらしい隠語だったのだけれど。恥ずかしそうに真っ赤になりながらもまじめに教えてくれた姿と重なって見えた。

「私たちは、一定の季節になると男性の役割もできるようになります。陛下、聞いています? 何を楽しそうに眺めていらっしゃるんですか」

「なんでもないよ。続けて」

 タモンはちょっと意地悪な笑顔で答える。ちょっと形勢が逆転していた。

「その季節は、その、あのつまり、ア、アレが大きくなりまして」

「アレじゃ分からないよ」

「ぐっ」

 タモンは意地悪く説明を求めたけれど、本当にエリシアが真っ赤になりつつ涙目なので許してあげることにした。

「と、とにかく、それで女性のな、中に入れられるようになりましてですね。こ、子作りができるようになります!」

 エリシアは開き直ったのか、涙か汗かを飛び散らせながら大きな声で説明してくれた。タモンは意地悪などではなくもっと具体的に聞きたかったけれど、これ以上説明をお願いするとセクハラ上司みたいになってしまいそうなのでやめておいた。

「つまり……。この世界の人は見た目は女性だけれど、実際にはみんな雌雄同体?」

「そうなのかもしれませんね。実際には、ずっと女性の体のままの人も半分くらいいるようですけど」

「なるほど……大きくなることがなく、ずっと女性のままの人も半数くらいいる。そして、大きくなったアレで男みたいな役割ができる人もいるけれど……それは発情期だけ」

「発情期と言われるとなんか犬、猫みたいですが、まあ、その通りです」

「その期間も限られているんだっけ?」

「はい、青春期は短い人で五年、長くても十五年くらいと言われています」

「今の人類の半分。さらにその中でも適齢期の十年くらいの人で、さらにその中でも一定の季節でしか種付けができないということか……なるほどあまり人口は増えなさそうだね」

「はい」

 エリシアは、一仕事を終えてすっかり元の涼しい表情に戻っていた。

「でも、仮に僕が頑張って数十人子どもを作ったとしても、人口まではたいして変わらないでしょ」

「いえ、過去の『男王』の記録を見ますと、『男王』の子どもは男子が生まれると書いてあります。これはノベ王、カド王の時も同じように書かれているのでおそらく共通した事実でしょう」

「うん? うん」

「その子どもの男子からも男子が生まれやすいという記述があります。だいたい三代から四代に渡って続くようです」

「なるほど、僕の孫くらいまでは『男の子』が生まれる可能性が高いってことか」

「さすが陛下……ではなくお館さま。ご理解が早くて助かります」

 タモンには孫のことなんてとても想像もできなかったけれど、確かに、もしそうであるなら、この小さな世界ではかなり大きな影響があるのかもしれないと納得はした。

(そうは言ってもいきなりお嫁さんもらって、子作りなのか)

 納得はしたけれど、タモンにはどこかまだ自分のことのようには思えなかった。元の世界にいれば、まだのんきな高校生で、きっと今頃はじめて女の子とデートできたかできないかくらいだっただろうとぼんやりと思う。そして、自分が高校生だったらと妄想したデートの相手が先輩であることに、自分を笑ってしまった。

(未練たっぷりだな……)

 少し落ち着いた最近は、『もう元の世界に帰ることはできないだろう』と黄昏れながら思うことが多かった。

「まあ、子作りの話はいずれゆっくりというか。そのうち自然に……でいいと思います。とりあえず今は、この周辺の有力領主と結びつきを強めるために……」

「それぞれ、味方になってくれるかどうかを確かめるためにも嫁をもらうということね」

 理解はしながらも、まだタモンは悩んだ表情だった。考えていることが分かっているようにエリシアはタモンの考えをまとめてくれる。

「もちろん。このまま、周囲の領主ともそれぞれ距離をおいて仲良くするという方針もありえるかとは思います。強大な帝国たちは山脈を越えてこないといけませんので、この地方を攻めるメリットはあまりありません……」

 冒険の途中で立ち寄ったくらいではあったけれど、今は周囲の領主たちとも友好的だ。領地を侵害したりはしないので、そちらも攻めないでくださいねという約束はできるだろうとタモンは思っていた。

「でもさっきの話を聞くと……。僕自身が実利のある珍獣なんだよね」

「はい。そうですね」

 遠慮せずに、エリシアは言い切った。

「今は良くても領主が変われば……。いや、どこかの帝国だって遠征してくる可能性はあるよね」

 タモンの言葉に、エリシアは何も言わずに小さくうなずいただけだった。返事を聞きたいわけではないだろうと推測しつつ、話を理解してもらえる上司に満足しているようだった。

「分かった。それで行こう」

 僕のスローライフのためにとつぶやきながら、タモンは納得していた。

「では、各領主にお妃候補に来てもらうように連絡しておきますね。あとは後宮の建設をはじめることにいたします」

「後宮……をわざわざ建てるの?」

「歴代の『男王』さまは、そのような施設を作っていたと聞きましたが……不要ですか? この仕事場と同じで構いませんか? 落ち着けないのではありませんか?」

 確認という体を取りながらも、ぐいぐいとエリシアは押してきていた。なんとなくエリシアは自分の仕事場には名家のお嬢さまにはうろうろして欲しくないという気持ちもあるのだろうとタモンは察した。

「……ああ、うん。それはあった方がいいだろうけれど……。そんな予算とかあるの?」

 自分自身が落ち着ける気は全然しなかったけれど、この城の中に名家のお嬢さまとあの冒険を一緒にした脳筋な仲間たちとが一緒にいるのは色々危ない気がするので、そこは賛同していた。

 ただ、この小さな城を奪い取って周囲を治めているといっても大した人口がいるわけではない。前の領主が民から横暴で集めた財産はまだこの城の中に残ってはいたけれど、無駄遣いができるほどの余裕はないとタモンは頭を悩ませていた。

「大丈夫です。領主たちにそれぞれ出させます」

「そんな出してくれるかな」

「お互いに見栄を張らせればいいんですよ。喜んで大金を投じてくれますよ。お館さまの部屋も豪華にしてみせます。お任せください」

 エリシアは自信たっぷりにウィンクまでしてくれた。本当にこういう企みごとを進めている時だけはいい笑顔をするんだなとタモンは笑っていた。

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