⑭ 祈りは祈りのままで




***




 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 紫電をスイッチに背中のロケットブースターが起動する。


 モルグ島に来る前からマイケルが作っていたこの新アタッチメントは亜音速の推進力を与え、霊幻の体は真っ直ぐにアネモイへと飛んで行った。


 視線が先行する八つの鉄球を捉える。霊幻の現在速度の2.2倍で飛ぶ鉄塊は僅か一秒強でアネモイへと到達する。


 その一秒強の間に起きたアネモイの対応を霊幻の眼球は全て記録した。


 アネモイが京香達の攻撃に気づいたのは鉄塊が射出された僅かコンマ一秒後。


 瞬間、アネモイは自身と鉄塊の前に空気の壁を貼った。


 縦横十メートルに及ぶ壁は七重であり、その固められた空気の硬度は凄まじい。


 しかし、霊幻の信頼するキョンシー技師はその空気の壁一つを音速の鉄球一つで破壊できると見積もっていた。


 放たれた鉄球は八つ。対して空気の壁は七つ。単純な差し引きは霊幻達へ軍配を上げる。


 鉄球が空気の壁を突き破り、周囲へと爆風を生む。それがほとんど同時に七度繰り返された。


 バババババババリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 七つ鉄球と七つの空気の壁は砕け、八つ目の鉄球が運動エネルギーをそのままに風の神へと迫る。


 脳の電気信号の伝達よりも短い時間。セリアの体が瞬時に風の膜で包み込まれた。


「ハハハハハハハハハハ!」


――お前は素晴らしいキョンシーだ!


 刹那の時間。霊幻は感嘆する。


 自己の存続よりも人命の存続を優先する。人の為に行動し、人の為に存在し、人の為に消滅する。キョンシーが目指すべき理想像。それをあの風の神は体現したのだ。


 そして、鉄球がその体を撃ち抜いた!




 音速を超えた鉄塊は柔らかい風の神の体を貫通した。心臓の部分に大きな穴が開き、金属のパーツと人工血管が風に晒される。


『――』


 セリアはまだ何が起きたのかを把握できてなかった。風の防護膜はソニックブームから人間の体を守り、その体に新たな傷は一つとして無い。


 円形に刳り貫かれたアネモイの蘇生符の奥の瞳は無感動なままだったが、それでもまだ稼働している。


 アネモイが自身へと飛んでくるキョンシーの姿に気づき、霊幻は狂笑した。


「ハーハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


――撲滅だ撲滅だ撲滅だ! 今ここでお前を撲滅する!




 アネモイへの到着まで残り2.5秒。


 バチバチビリビリビリビリバチバチバチバチビリビリビリビリビリビリバチバチバチ!


 霊幻の全身が強烈な紫電で包まれる。地上からその姿を見たら、紫の稲妻が竜巻へと突撃する様が見えたはずだ。


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 アネモイが作り出した竜巻が前方を塞ぐ。


「ハハハハハハハハ! 避ける気は無い! 正面突破だ!」


 霊幻は紫電を一層強くして、背中のロケットブースターの出力を上げた。


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 固体燃料が燃え、背中と一緒にブースターが融解し、亜音速で霊幻の体は竜巻の中へと突撃した。


 ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!


 カオス的な風圧が霊幻の体を襲い、メキメキビキビキとその金属骨格へ罅を入れた。


 しかし、その体を破壊するのにはこの竜巻は薄過ぎる。


 音速に近しい霊幻の体は竜巻の壁を突き破り、風の神と紫の稲妻の距離が僅か十メートルに迫った。


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻は右腕に紫電を充電チャージする。極大の電気エネルギーで右腕は眩く発光し、過剰PSI使用が脳へダメージを与え、その体中から出血が始まった。


――知ったことか! 今ここであのキョンシーを撲滅するのだ!


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 ドップラー効果を起こした笑い声がすぐ後ろへと流れていく。


 アネモイが一本の風の槍を作り出した。


 ビュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!


 螺旋の槍が放たれる。照準は正確。霊幻の頭を狙っていた。


――回避は不可能! そのつもりも無い!


「撲滅だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 紫電の拳と風の槍が激突する!


 ロケットブースターで得た運動エネルギー、体に貯めた電気エネルギー、それら全てを霊幻は拳に込め、風の槍へと一気に解放した!


 バッチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 風の槍は削岩機の様に霊幻の右拳を破壊する!


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!


 瞬く間に霊幻の右腕は肘までが細切れに成って空へ四散した。


 ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 解放された紫電は空気の熱膨張を引き起こし、稲光と共に衝撃波を鳴り響かせる!


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ! 


 風の槍は霊幻の右肩までを侵食し、更に脇腹へと届き、背中のロケットブースターを破壊して、人工臓器が幾つも外部へと飛び出した!


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 しかし、それと同時に風の槍が持っていた絶縁性が破壊された!


 放出された紫電エネルギーに耐え切れなかったのだ!


 嵐の槍が瞬時に帯電する!


 帯電しているのならば霊幻の制御対象だ。


「弾けろぉ!」


 クーロン力が気体制御を破壊し、風の槍が弾け飛んだ!




 そして、紫電と竜巻の距離が零に成った。




 バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻は残りの紫電を左の拳に込める。


『やめてぇ!』


 セリアが悲痛な顔でアネモイを守る様に手を伸ばした。その体は風のベールに包まれたままで、その手が霊幻に届くことは無かった。


――呪いに成る前に、祈りのまま終われ。


 霊幻の左拳が紫電に染まり、アネモイが最後の抵抗とばかりに小さな竜巻を自身の前に置く!


「落ちろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 紫電を纏った左拳が竜巻を突き破り、風の神へと振り下ろされた!

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