⑤ 最後の夜に賽は投げられる
***
二日後。展望室にてセリアはアネモイとの最後の夜を過ごしていた。本日のインストール作業も滞りなく進み、アネモイ2のエアロキネシスの出力と操作性はとうとうA-に届いた。
明日昼に行われるPSIインストール作業はほとんど微調整の為の物である。後一歩でヨーロッパはアネモイ2という新しい風の神を手に入れるのだ。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
そうなれば、今のアネモイは用済みだ。依頼通り京香達がアネモイを破壊し、ヨーロッパへ甚大なる被害を及ぼしている嵐はその姿を消すだろう。
ヨーロッパの各地域から地滑り、洪水、氾濫、土石流、倒木、その他色々とこの天候による被害の報告が上がってきている。人々は未曽有の天災にただ耐えるしかなかった。
だが、ヨーロッパは分かっていた。この嵐は待っていれば必ず収まる物で、その先には今まで通りの繁栄が約束されている。
約束された栄光があれば、人々はいつまででも耐えられるのである。
『ぼKTTで雨TBR? セリア、KE達もYNDS。みんなD豊Sを祈ROU』
アネモイの言葉がセリアにはもう分からなかった。所々が単語として理解できる箇所は合っても、全体として何を言っているかは意味不明で、もう、その言語ロジックが壊れてしまっていた。
言語中枢の崩壊。廃棄される直前の自律型キョンシーに良く見られる症状である。
何と言っているのかも、何を言っているのかも伝わらなくなってしまった風の神の姿に、セリアの心臓がキュッと締め付けられる。
『はい。はい』
相槌をセリアは打つが、それに果たして意味があるのさえ答えてくれる存在は居ない。
ニコニコニコニコ。フワフワフワフワ。
明日、自分が破壊される運命だと理解しているのかしていないのか、アネモイはいつもの様に太陽を彷彿させる笑顔のまま展望室で浮いていた。
アネモイ2が起動した後、セリアはアネモイからアネモイ2の付き人に成ると辞令を受けていた。
今日、軽く会話した限り、アネモイ2は壊れる前のアネモイと何ら遜色が無い様に見えた。記憶も、人格も、仕草も、何もかもがセリアの記憶にあるアネモイと同一と言って過言が無い。
きっと、セリアはこれから先も問題なく〝アネモイ〟の付き人であれるだろう。
――アネモイともう会えなくなって、また一緒に過ごす事に成るのね。
『アネモイ、ちょっとこっちに来てください。このキャンディを一緒に食べましょう』
そう言ってセリアはアネモイのレインコートの裾を掴み、自分の高さまで下ろした。
『うn! wかtta! hさkのNT陽WMて雨WふRST、風TAB』
アネモイはニコニコとするだけで、特に抵抗も見せず展望室中央のソファに座る。
セリアは懐から装飾紙で包まれた飴玉を二つ取り出し、一つを自分が、もう一つをアネモイの口へ入れた。
『これは、外部から取り寄せた、特注品なんです。きっと美味しいと思います』
味がいまいちセリアには分からなかった。葡萄に似た風味が口の中に広がるが、それよりもアネモイの姿へ意識が集中していたからだ。
やや強引に口の中へ入れられた飴玉をアネモイはまごまごと口の中で遊ばせる。
キョンシーには味覚が無い。アネモイは飴玉を舐めた時、少ししたらゴクンと飲み込むのが常だった。
はたして、アネモイは今まで通りの動きを見せた。
ゴクン。
『AりT! セリア!』
『ええ、ええ、私もですよ』
――もう、引き返せない。
明日、セリアが何をどう言ってもアネモイ2へのPSI最終インストール作業が行われる。
――時計の針、今だけでも遅くなって。
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