⑯ 風雪は空に舞い
その時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
清金の視線にヤマダがラプラスの瞳とモニターの接続を切る。
『「どうぞ」』
トーキンver5のスイッチを入れて清金が来客へ入って来る様に促した。
ガチャリとドアは開き、そこにはフワフワと浮き、ニコニコと笑うアネモイと、そのレインコートを掴むセリアの姿があった。
『「あら、セリアとアネモイじゃない。どうしたの?」』
『こんばんは。皆様にお礼を言いたくて』
セリアは深々と頭を下げた。
『アネモイを守ってくださり、ありがとうございました。皆様が居なければどうなっていたことか。このお礼は必ずさせていただきます』
部屋中の視線が、正確にはホムラとマイケル以外の全員の視線がセリアへと集まった。
セリアの肩は小刻みに震えていた。
『私が目を離したばかりに、こんなことに成ってしまって。何と言って詫びれば良いのか』
『「まあ、それは気にしなくて良いわよ。アタシは生きてるし。これくらいの怪我なら、うちの医者に見せれば治るわ」』
何でも無いように言っているが、清金の怪我は重い物だ。人体治療技術が急速に発達したとは言え、本来ならばベッドで寝ていなくてはならない大怪我である。
セリアは頭を上げ、憔悴した瞳を恭介達へ向けた。
『恭介さん、ヤマダさん、あなた達も危険な目に遭わせてしまいました』
『お気になさらず。私は久しぶりにセバスと触れ合えて満足でしたよ』
『僕も、怪我してませんし』
アタフタと恭介は手を振った。誰かに謝られるのは苦手だったのだ。
『「むしろ、セリアだけがアネモイと居て襲われるよりも遥かにマシだったわ」』
清金は何でも無い様に言うが、セリアはずっと恐縮したままだ。
そういう姿を恭介は見たくなく、セリアからアネモイへと視線を移した。
アネモイはニコニコフワフワ。風船の様に漂っている。
恭介の視線に気づいたのか、アネモイが楽しそうに口を開いた。
『キョースケ! さっきはすごかったね! みんなでパーティーだったの? ぼくも混ざれば良かったかな?』
『いや、あれで良いよ』
『あ、そうだ! 明日、雪合戦しようよ!』
『雪合戦?』
『そう! 雪合戦して、お菓子を食べて! セリアも一緒にしようよ! そんなに暗い顔してないでさ!』
ニコニコニコニコ。自身のレインコートを掴むセリアの手を握った。
あまりにも楽しそうに笑うアネモイの姿は、会話が噛み合っていないにも関わらず、この部屋の空気を明るくした。
『「良いわね。アタシは左手こんなのだから見学してるわ」』
空気を変えようとしたのか清金が話に乗っかり、それに恭介も頷いた。アネモイの、この美しいキョンシーの願いを聞いてあげたいと一瞬思ってしまったのだ。
セリアがアネモイを見上げ、その瞳が微かに揺れた。
『……はい、アネモイ、遊びましょう。お菓子も食べて、日向ぼっこもしましょう』
『本当! やった! 約束だよ! 明日は雪合戦だ!』
アネモイの鈴が鳴る様な声が響き、恭介はその姿がらも目を逸らした。
このままでは毒されてしまうと思ったからだ。
*
次の日。恭介達がアネモイと雪合戦をする事は無かった。それどころか、菓子を食べる事も、日向ぼっこをする事もなかった。
午前八時。居住スペースの一部屋にて、恭介はガラス窓からモルグ島を見下ろした。
「……嵐、か」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
凄まじい風と雨の演舞だった。風は乗用車を浮き上がらせ、コンクリートさえ穿てそうな勢いの雨は爆音で世界へ演奏する。
その日、大嵐が収まることは無く、モルグ島に光が差さなかった
当然、積もっていた雪は消失した。
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