嵐はそよ風の様で

① 展望室のつむじ風

 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!


 ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


『セリア! 雨だよ! これなら今年も豊作だね!』


『……ええ、そうでしょうね、アネモイ』


 気象塔最上階、展望室にセリアはアネモイと居た。


 乗用車が浮き上がる程の風を受けても、展望室のガラスはびくともしない。


 モルグ島が嵐に包まれて三日が過ぎた。嵐は収まるどころか日に日に激しさを増し、ヨーロッパ全土を包み込んでいた。


 記録的な大雨と大風はヨーロッパの経済活動を停止させ、時間を追う毎に地形を削っていく。


 つい先程、アルプス地域で地滑りが起きた報告もあった。


『ね、アネモイ、そろそろお日様を見ませんか?』


『お菓子食べようよ! これからの豊作を願ってさ! キョースケ達を呼ぶのも良いね!』


『はい。食べましょう。あなたがお気に入りのキャンディを』


 展望室の中央の机に置かれたキャンディをセリアとアネモイは舐めた。


 気象塔のすぐ近くにある店で買った大量生産の安物のキャンディ。人工甘味料の主張が強い柑橘系の風味がセリアの口内で広がる。


『美味しいね! どんどん食べて! そうだ! キョースケ達も呼ぼうか!』


『大丈夫。キョースケさん達は休憩中ですよ』


『そっか。もっと雨が降ると良いね。そうすればみんな喜ぶから!』


 アネモイとの会話が〝会話の様な物〟に成ってもう一週間が過ぎた。


 至上最高のエアロキネシストであるアネモイ。その管理権を持つ国は数年単位で変わる。と言ってもそれは複数のモルグ島を行き来するだけで、セリアはもう十年以上アネモイの付き人をやっていた。


 アネモイの次世代機を製作するという話はセリアにとって青天の霹靂だった。確かにアネモイの不具合の頻度は年々増していたし、完ぺきだったヨーロッパの天気に綻びが生じていたのも事実だった。


 しかし、それは微々たるもので、後二十年程度は現行のアネモイで問題なくヨーロッパの産業は回していけると試算されていたのだ。


『~~♪ ~~♪』


 ニコニコとアネモイはその美しい顔を笑みの形に変えて小さく歌を歌っていた。


 セリアはそっとそれに耳を傾ける。歌として決して上手くは無い。だが、あまりに楽しそうに歌う物だから止める気にもならず、最後まで聞きたくなったのだ。


 もう少し、自分はアネモイと共に居るのだろうとセリアは思っていた。付き人としての仕事がいつまでなのか具体的に知らされていなかったが、この美しいキョンシーを最もケアできるのは自分だという自負があった。


――日本のシカバネ町、そこに現れた、テレパシスト。


 その報告がヨーロッパに届いた時、上の方ではてんやわんやであったらしい。ヨーロッパほぼ全てのキョンシー研究機関全体で会議が開かれた程だ。


 更に、世界を激震させたのは、このテレパシーを使えばキョンシーからキョンシーへのPSIの譲渡が可能であるという報告だった。


 キョンシー開発において、PSIには未だ正確な法則性が見つかっていない。全く同じ作り方をしてもPSIが発現するかどうか、そして、どんなPSIと成るのかの賽の目は神が握っている。


 クローン技術が発達したヨーロッパでも、神からサイコロを奪えなかった。


 それ故に、PSIを発現したキョンシーは等しく傑作で、製作者達にとって唯一無二だ。


 世界中のキョンシー研究者は色めき立った。テレパシーを使えば、我々が作り出した作品を量産できる。それができれば貴重故にできなかった実験ができる。そして、いつか、謎ばかりのPSIへルールを作ることができる。


 ヨーロッパは半ば強引にシカバネ町のキョンシー犯罪対策局へ依頼した。


 テレパシーを使い、アネモイの次世代機へエアロキネシスをコピーしてくれ。


 それは現在成功している。次世代のアネモイは昨日とうとう会話が出来る様に成った。エアロキネシスの出力と操作性もB-を記録している。


 対称的に、この現行機は日に日に壊れていく。後三日か四日でこのキョンシーは完全に壊れ、次世代機へと役目を移し、廃棄されるだろう。


 テレパシストが発見されず、アネモイの次世代機開発計画が無かったら、きっとアネモイ現行機は緩やかに崩壊し、眠る様な滅びを迎えたに違いない。


『~~♪ ~~♪』


 アネモイは歌っている。可愛らしく凛々しい笑顔で。


 ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。


 展望室に風が吹いている。アネモイを中心とした小さな小さなつむじ風だ。


『あなたともっと一緒に居られると思っていました』


 セリアは小さく呟いた。声は小さく、風の音にかき消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る