⑨ 足止め




***




 ハハハハハハハハハハハハ!


「霊幻、もっと急いで!」


「ハハハハハハハ! 分かっているさ!」


 京香は霊幻の逞しい左腕に抱えられモルグ島を疾駆する。


 屋根から屋根へ、人目もはばからず、霊幻の肩を叩いた。


 この一週間、京香と霊幻はモルグ島を歩き回っていた。来たるアネモイとの決戦に備え、地形を把握し、戦略を練るためである。


 そんな時、部下達から襲撃の知らせが届いた。


――ヤマダと恭介達じゃ荷が重いわよね!


 第六課で純粋な戦闘員は京香と霊幻だけだ。純粋な戦闘用キョンシーを相手にヤマダ達では荷が重い。


 いや、正確に言うのならヤマダとセバスチャンは生き残れるだろう。彼女達の実力ならば逃走は容易い。


 問題は恭介達である。ホムラが京香と霊幻を相手取った時の様に格闘戦ができるのなら放っておいても良かった。


 だが、今のホムラはあの時の様に縦横無尽に動き回れない。とある事情、とある不具合から、彼女は愛しい妹、ココミと触れ合わなければ満足に活動できないのだ。


「あと何秒かかるの!?」


「三十秒だ!」


 ハハハハハハハハハハ!


 響く霊幻の笑い声。焦燥感が京香の首筋に走る。


 ダン! ダン! ダン! 霊幻の足が屋根を蹴飛ばし、生身の人間では不可能な速度で景色が後ろへと流れていく。


――後、二十秒。


 アタッシュケース型のシャルロットをギュッと握ったその時だった。


 ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ!


 葡萄の様に連なった火球が京香達へ降って来た!


 パイロキネシス! 敵のキョンシーの襲撃だった!


「迎え撃て!」


「ハハハハハハハハハハハ!」


 バチバチバチバチバチバチ! 霊幻のエレクトロキネシスが炎の葡萄へと放たれ、ボンボンボンボンボンボンと連続した爆発が起きた。


 爆発の先、そこには三体の黒スーツを着たキョンシーが宙に浮き、京香達を見下ろしていた。


――狙いは足止めか!?


 京香は瞬時に選択する。二人ともここに居ては恭介達を助けられない。


「霊幻、アンタだけ先に行って!」


「了解! 死ぬなよ京香!」


 ダッ! 霊幻は即座に左腕を離し、一切振り替える事無く、気象塔へと走り去っていく。


 京香の体が宙を浮く。ゴロゴロと赤瓦の屋根に転がり、勢いを殺さないまま即座に立ち上がった。


「シャルロット、トレーシーを出して、そして盾に成りなさい」


「ショウチ」


 シャルロットが独りでに開き、ピンク色のテーザー銃、〝トレーシー〟が飛び出す。続いて、ガチャガチャガチャガチャとシャルロットは水晶製の薔薇の様な盾へとその形を変えた。


 ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ!


 炎の葡萄が再び京香を襲う。


「ちっ!」


 舌打ちと共に薔薇の盾と炎の葡萄が激突した。


 ボォン! ボォン! ボォン! ボォン!


 京香は左腕を捩り、爆風を受け流す。


「喰らえ!」


 パシュ! 開いた視界。上方十五メートル先へ京香はトレーシーの引き金を引いた。


 炭酸ガスとサスペンションの力を受けた電極が真っ直ぐに上方のキョンシー達へ伸びていく。


「!」


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 だが、弾着まで後一メートルというところで、三体のキョンシーを包み込むように強烈な旋風が生まれ、電極を吹き飛ばされた。


――エアロキネシス!


 居るだろうとは思っていた。空中に飛んでいるのだから、エアロキネスシストかテレキネシストのどちらかが居るはずだ。


 シュルシュルシュルシュル! ワイヤーが巻き戻り、電極がトレーシーの銃口へと戻った。


 直後である。


 ビリビリビリビリ! 三体の内の最後のキョンシーがその体を帯電させながら京香へと飛び降りてきた!


 エレトクロキネシス! 当たれば一発で京香は動けなくなるだろう。


「マジ!?」


 京香は慌てて屋根から石畳の道路へとジャンプする。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ!


 京香の背後でエレクトロキネシストが落下し、溜められていた電気エネルギーが一挙に放電された!


――三大PSI全部相手って嘘でしょ!?


 これは不味い状況だった。出し惜しみしては勝ち目がない。


 落下しながら京香はトレーシーを左脇に挟み、右手をスーツの内ポケットへと入れ、そこから蘇生符を取り出した。


 ダン! 転がりなから京香は石畳の道路で立ち上がり、駆け出した。


 雪が舞って膝に掛かる。


 ボオオオオオオ! ビュオオオオオオオ! ビリビリビリビリ!


 追撃のPSI。当たればただでは済まない。


「あんまり使いたくないんだけどね!」


 悪態を吐きながら、京香は右手の蘇生符を額に叩き付ける!


 ベチャ! 冷たい通電ジェルが額に染み込み、ジュウウウウウ! と化学合成を起こした。


 脳の電気信号を察知し、蘇生符が起動する。


 カァ! 脳が熱を持ち、急速に機能が拡張されていく。


 起動完了まで十秒。


 それを待たずして、京香は彼女のPSI名を口にした。


「アクティブマグネット!」

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