⑦ 雪上の攻防
***
「え?」
突如として届いたスマートフォンのグループチャットに恭介は声を漏らした。
[襲撃されてます。アネモイを連れて百秒以内に気象塔に行きます。対応を頼みます]
チャットアイコンにはヤマダの名前が表示され、第六課のリーダーである清金からすぐさまに返信が来た。
[分かった。アタシ達は三分で戻る。恭介、ホムラとココミは何処?]
[僕達は全員研究所に居ます。マイケルさんも一緒です]
[恭介達は気象塔まで行って待機。敵が来たら応戦。アタシと霊幻が来るまで時間を稼いで]
[了解]
短いやり取りを終えて、恭介は来客用ソファから立ち上がる。
一つ席を空けて座っていたホムラとココミも習う様に続いた。どうやらテレパシー経由で状況は伝わっている様だ。
ドタドタと足音を立て、研究所の奥からマイケルが走ってくる。
「おいおい! 敵が来るのか!? 恭介、カメラ持ってけ! データ収集よろしく!」
「何言ってんるですか! そんな余裕あるわけないでしょう!?」
ポンと手渡された球体系カメラに恭介はいやいやいやと首を振った。非常時に何を言っているのだろうこの狸腹は。
只ならぬ恭介達の様子に研究所の主任が歩いてきた。
『何があったのかね?』
『うちのメイドと執事がアネモイと一緒にキョンシー達から襲われてるんだってよ。で、今、そいつらは気象塔目指して爆走中。ここも危険だろうな』
恭介達が居る研究所は気象塔から目と鼻の先にある。安全とは言い難い。
主任達の顔が強張った。ここに居るのは非戦闘員ばかりである。護衛用のキョンシーは数体配置されているが、果たして万全である保証は無かった。
『ここで戦闘行為を許可するわけにはいかない。申し訳ないが、そこのココミを連れて外に行ってくれたまえ』
確かにココミを外に連れて行けば、この研究所への被害は最小限で済むだろう。わざわざ襲撃に来る価値があるキョンシーはこの場においてココミのみだ。
――くそっ。
「ホムラ、ココミ、外に出るよ。ヤマダさん達をサポートして清金先輩達が来るのを待つ」
「嫌よ、ここに居る方がココミは安全でしょ? わざわざ愛しいココミを危険な場所へ――、ええ、分かった行くわよ」
「……」
否定の言葉から始まったホムラは途中ですぐに言葉を翻した。ココミとの間でやり取りがあったのだろう。
「ちっ」
恭介は舌打ちし、ホムラとココミを連れて研究所をとび出した。
気象塔まで人間が走って一分弱。着いたらすぐに戦闘だ。
「恭介ー! 録画よろしくー! そのカメラ投げるだけで良いからー!」
背後からマイケルの声が聞こえ、恭介はフレームレス眼鏡の奥で眉を顰めた。
*
恭介達が気象塔に着いた時、ヤマダを抱えたセバスが走って来る姿が見えた。ヤマダの手でレインコートを掴まれているアネモイがニコニコと笑いながらこちらに手を振っている。
セバスチャンの体には液体状の赤い燕尾服の様な物が絡み付いて、そこから赤い触手が何本も伸びていた。そして、その背後、伸びた触手の先で黒スーツのキョンシー達がハンマーを振り回していた。
――あれが敵か!
「ホムラ、ココミ、PSI発動を許可する!」
ホムラの蘇生符が赤く輝き、恭介が号令した。
「燃やせ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
追手のキョンシー達が突如として地面より発生した火柱に包まれ、すぐに火柱が消える
炎が生えた箇所の雪は円形に消失し、その円を挟んで、恭介達と敵のキョンシー達は向かい合った。
「ナイスタイミング。キョウスケ、褒めてあげマス」
セバスに抱えられたヤマダがウフフと笑う。その顔は青白く、首元がはだけていた。
恭介は意識してヤマダの真っ白な首を見ない様にしながら、清金からのメッセージを伝える。
「清金先輩は後一分強で来ます」
「なら、それまでここで応戦デスカ」
敵のキョンシーの装備は耐熱処理がされている様でその体にまともなダメージは入っていない。
「ちっ」
ホムラが苛立たし気に舌打ちする。設置型のパイロキネシスは生者には有効だが、開放的な場所でキョンシーを相手取るのは難しい。
敵のキョンシー達は再び突撃体勢を取った。PSI力場が時空を歪め、周囲に合計九つのテレキネシスの球体が生まれる。
「キョウスケ、ホムラを前衛に出せマス?」
「無理です」
「ナラ、アネモイを持っていてくだサイ。ワタシとセバスが前衛デス」
「了解です」
ダン! ダァン!
セバスと敵のキョンシー達が石畳を蹴り飛ばし、互いへと突撃した!
恭介は頭の中で試算する。ホムラとココミが後何回PSIを使えるのか。
――ホムラは大きいのを三つ、小さいのを五つ。ココミは使えて一回か。
「ホムラ! 左側のキョンシー!」
恭介は最もヤマダ達へ近づいていた敵のキョンシーを指さした。
既にそのキョンシーはハンマーを振り被り、今まさにヤマダ達へ振り下ろさんとしていた。
「燃えろぉ!」
直後、ホムラの蘇生符は再び輝き、小規模な火柱がそのキョンシーの足元へより吹き上がる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ガッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
ホムラが生んだ炎は目くらましとなり、ヤマダ達がハンマーを紙一重でかわす。
オオオオおおおオオオおおおおおおオオオ!
オオオオおオオオおおおおおおおおオオオ!
オオおおオオおおおオオオおおおおオオオ!
直後、三つの力球が恭介達へと放たれた!
PSI力場でのみ観測できる破壊の力球。一発でもまともに食らえば、恭介の体は挽き肉に成るだろう。
「回避!」
最低限、ホムラとココミへ命令を出し、恭介はなりふり構わず左側に跳んだ。
ギリギリで力球達の直撃は避ける事ができたが、一つが右靴の踵部分に掠り、足首が引き攣る。だが、折れていない。捻挫でもない。まだ、動ける範囲だ。
オオオオおおおオオオおおオおおおオオオ!
オオオオおオオオおおおオおおおおおオオ!
オオおおオオおおおオオおおおオオオおお!
やはり、敵のキョンシー達の目的はアネモイ、もしくはココミの様だ。
真っ赤な液状の触手を操るヤマダとセバスの攻撃を対処しながら、敵のキョンシー達は恭介とココミへ力球を放ち続ける。
「ココミに何するのよ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラが激高し、道路一帯を包み込み巨大な火柱を敵のキョンシーへ浴びせる。
だが、炎では決定打に成らない。屋内戦であれば話は別だが、ホムラの炎は耐熱設備をされた敵のキョンシーを壊せない。
「ホムラ! 無駄打ちしないで!」
ダダダダダ! 走り回りながら恭介はホムラへ指示を出す。
必死だった。自身へ向けられるPSI。それは無機質的に命を壊そうとする力の塊だった。
跳んで、転んで、伏せて、雪が残る道路でそんなことをしたから、服はもう雪と泥でぐちゃぐちゃだった。
そんな人間の動きと連動するように左手で掴んでいたアネモイの体もグリングリンと動く。
アハハハハハ!
『すごいすごい! 今日はパーティーなのかな!』
アネモイの声だけが場違いだった。
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