夕飯はカップ麺







 夕方、午後六時頃。パンダのぬいぐるみを右脇に挟み、左手でプラプラとシャルロットを揺らしながら、京香は帰路に付いていた。


 結局京香はその後一日中ゲームセンターで遊んでいた。格ゲーで二時間。ガンシューティングとメダルゲームで三十分。そして、恭介達が居ないことを確認して音ゲーで二時間。後の時間はUFOキャッチャーだ。


 睡眠不足の眼はショボショボとまばたきを繰り返している。液晶画面をジッと一日中見続けたのも原因の一つだろう。「ふわぁ」と京香は大きく欠伸をしている。


 北区から中央区に続く連絡バスに乗り、二十分。バスの中で京香はパンダのぬいぐるみに顔を埋めて半分寝ていた。バスの僅かな揺れが良い具合の子守歌となり、睡眠魔法を食らった様に眠りに落ちたのである。


 テクテクテク。黄昏の夕日を浴びながら、京香は西区のセセラギ荘を目指す。


――夕飯はカップ麺で良いや。


 帰ったらシャルロットにお願いして、お湯でも沸かしてもらおう。夕食を決めて京香は夕焼けに向かって歩いた。


「ふわぁぁぁ」


 自然と欠伸が出てきて、京香の目尻から涙が出る。視界が滲んで夕焼けがぼやける。


 眠い。ただ眠い。ゲーセンで思う存分遊んだから今朝の停電事件での精神的ダメージは幾らか回復した。だが、肉体的には限界である。


 フラテクテク。テクフラテク。やや覚束ない足取りで迷い無く進んでいき、京香の前方百メートル先にセセラギ荘が見えた。二階建てのセセラギ荘はその古めかしい外壁を夕日で染め上げている。


 茜色の帰り道というのを京香はシカバネ町に来てから知った。中々に良い物で、寂しさと安堵が綯い交ぜにした空気が胸に上る。


『帰り道の風景はちゃんと覚えとけ。帰り方が分からなくならない様に』


 先輩が良くそう言っていたのを京香は良く覚えている。懐かしい、と、かつての日々が脳裏で駆け巡った。


「ふわあぁぁぁぁぁぁぁ」


 セセラギ荘まで後三十メートルまで着いた時、一際大きなあくびが京香から出た。胸を反らせて、右わきのパンダの頭がギュッと少し潰される。


「ハッハッハ! 京香! 大きな欠伸だな!」


 突然、背後から京香は聞き慣れた声に話しかけられた。ん? と後ろを振り向くとそこには、紫色のマントを揺らして相棒たる霊幻が立っていた。


 西日で照らされた霊幻の顔は綺麗だった。合成皮膚が新しい物に成っている。


「アンタか。メンテ終わったみたいね」


「ああ、マイケルの腕はやはり素晴らしい! 焼き切れていた幾つかの神経系が復活している!」


「それは良かったわ。紫電を纏うのは程々にね」


「無理だと分かってるだろう?」


「そうね。言ってみただけよ」


 ハッハッハ! 霊幻が京香の右側に並んでセラギ荘へと向かう。


 霊幻の寝床は京香の部屋202号室にある。大体のキョンシー使いは自宅にキョンシー待機用のスペースを持っているのだ。そのスペースをほとんど使われていないが。


 テクテクテク。ドタドタドタ。京香と霊幻の二つの足音が同時に夕日の帰路に響いた。


「京香、先程のあくびは何だ? 寝不足は撲滅の邪魔になる。しっかりと睡眠を取れ。お前は生きた人間なのだから」


「うるさいわねー。良いじゃん、ゲームして徹夜してたのよ。ま、停電でセーブデータ消えたんだけどね。たくっ、なんでいきなり停電したのかしら?」


「ああ、それは吾輩の所為だな」


「はぁ?」


 さらりと言われた霊幻の言葉に京香は眉を上げた。


「京香、おそらくだがお前の部屋が停電したのは午前五時くらいだな?」


「ええ、そうね、はっきりと覚えてるわ」


「吾輩は丁度その時間西区をパトロールしていたのだ。お前の部屋に明かりが付いていたのも見ていたぞ。午前五時頃にな、セセラギ荘近くで怪しい人影を見つけたのだ」


「……で?」


 半ばオチが見えたが、京香は霊幻へ続きを促した。


「喜べ。吾輩が見付けたのは素体狩りを目論んでいた実行犯の一人だった。吾輩は見事そいつを撲滅した。その時に少々抵抗されてな、セセラギ荘への送電線に紫電を浴びせてしまったのだよ」


「……アンタが原因かよ」


 やれやれと京香は夕焼け空を仰いだ。西区の送電線は地中一メートルに埋まっている。


 大体、京香には想像が付いた。大方、その素体狩りの実行犯を地面に押し付けて全力で紫電を放ったのだろう。指向性を持った霊幻の電流ならばぎりぎりで地下の送電線に届く。


 愛しのセーブデータを吹き飛ばしたのは自分の相棒たるキョンシーであると発覚し、京香はガックリと肩を落とした。


「……はぁ、ま、良いや。霊幻、アンタは今日この後どうするの?」


「マイケルから新しい戦闘データを貰った。カポエラだそうだ。インストールが終わるまで残り十時間かかる。今日の残り時間は202号室に居よう」


「……へぇ」


 ということは、久しぶりに霊幻は202号室に泊まるのだ。


 それならば、と、京香はパンダのぬいぐるみを霊幻に渡した。


「持っといて」


「了解」


 セセラギ荘の表門を通り抜け、合金製の外付け階段をトントントンと京香達は上る。


 ガチャ。そして、京香は202号室の扉を開けた。


「霊幻、カップ麺食べるわよ」


「吾輩もか? 神水で充分だぞ?」


「食え、余ってるから」


 京香は霊幻を連れて202号室に入り、その瞬間、左手のシャルロットと部屋の管理AIと同期する。


「シャルロット、カップラーメン用にお湯を沸かして。二人分」


「ショウチ」


 左手のアタッシュケースをちゃぶ台の脇に置いて、京香は霊幻へと振り向いた。


 お湯は直ぐに湧き上がる。一分もしないだろう。


「それじゃあ、夕飯食べましょうか。箸とカップ麺とケトル持ってきてよ」


「ああ、分かった」


 ハハッ。京香は笑いながらちゃぶ台の前に座る。


――上々の休日だったわね。


 そして、今日一日をそう評価して、京香はドタドタと夕食の準備を始める霊幻の姿を見つめた。 

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