メイドと老紳士

「動きがやかましいデスネ。店長サン、オススメの家具はあるのデスカ?」


「おお、あるぞあるぞ! 剣山が敷き詰められた折り畳み式の机はどうだ? 俺の自信作だ!」


「もしくは、全部歯車の衣装棚はどうだ? ちゃんと歯車が回転するぞ! 俺の自信作だ!」


「どちらモ却下デス。ワタシの手をズタズタにする気デスカ?」


 虹村兄弟がドタドタと持ってきた品物をヤマダは即座に却下した。見た目は面白かったが、実用性は皆無どころか危険である。


「「どれ、次のオススメは!」」


 見事に声をハモらせながらアフロの二人は次の家具を取り出していく。


「どれもこれも前衛芸術と見分けが付きまセンネ」


 率直な感想を見せながらヤマダはウフフと笑った。訳の分からない物は面白い。


「ワタシ達は小物を買いたいのデス。見せてくだサイ」


「「かっしこまりましたー! こちらお越しくださーい!」」


 モッサモッサモッサ! アフロが小気味良く揺れて、虹村兄弟がヤマダ達を小物コーナーへ連れて行く。店の奥の棚で、ヤマダの予想通り、そこもカオスで溢れていた。


 オルゴールらしき物、貯金箱らしき物、包丁らしき物、まな板らしき物、……etc。まあ、とにかく、どれもこれも、〝らしき〟という三字が付く見た目をしていて、一見では何が何だか分からなかった。


 ラプラスの瞳を使えば、スカラーやベクトルのパラメータからどう言う意図で使う物なのか判断が付く可能性があったが、今日、ヤマダはラプラスの瞳を持っていない。オフの日は武器を持たないのがヤマダのスタイルである。殺されてしまったのならそれまでだ。


「それじゃア、ワタシ達は物色するのデ、しばらく放っておいてくだサイナ」


「「承知いったしましたー!」」


 モッサモッサモッサモッサ。眼に痛い色のアフロを揺らして虹村兄弟達はヤマダ達の傍から離れ、店の奥に戻っていく。そして、すぐに何やら工作する音が微かに聞こえてきた。どうやらこれらの現代アート的家具はハンドメイドらしい。


「良シ、セバス、あなたも選びなサイ。後で見せ合いっこしまショウ」


「仰せのままに、お嬢様」


 ヤマダはさてさてと棚へと眼を向けて、カオス的な小グッズ達を手に取った。







「「ありがとうごっざいましたー!」」


 野太いアフロ達の声を背中に受け、ヤマダとセバスは虹村ファニチャーから出た。セバスが持っていた荷物には新たに二つの小さな木箱が入った手提げビニール袋が加わっている。


 結局、ヤマダが選んだのはドクロ型の香水入れだった。人間工学に真っ向から反逆したデザインが気に入ったのだ。


「セバス、あなたが選んだ物もセンスがありまシタネ。さすがワタシのキョンシー」


「いえいえ、お嬢様には敵いません」


 セバスが選んだのはペンギンの形をしたペーパーナイフだった。見た目は可愛らしく、比較的デザインもうるさくない。ヤマダ達の部屋にあっても調和できなくはないデザインである。


「あラ? いつの間にカ、もうお昼の時間デスネ。セバス、帰りまショウ。ワタシは満足しまシタ」


「それはそれは重畳でございます」


 トテトテトテ。ヤマダはそれなりに上機嫌に有楽天の階段を下りていく。時刻は十二時を回ろうとし、レストランやカフェが俄かに活気出してきていた。


 何処かの食事処に寄ってから帰るのも選択肢の一つであったが、ヤマダはこのまま帰って、自宅で食事を取る事にした。既に外出に満足している。これ以上の外出の刺激は過分であり、満足を損なう物である。


 一階に到着し、丁度有楽天の出口が見えた時、ヤマダの視界、右前方十五メートルの店、スイーツシャングリラから見知った同僚、木下 恭介とそのキョンシー、ホムラとココミが出てきた。


 恭介は「うっ」と口元と腹に手を抑えている。その後ろではホムラが満面の笑みでココミに抱き着きながらワーキャー喋っていた。


 どうやら一行は、というか恭介はそこからまだ動く気に成らない様で、スイーツシャングリラから少し離れたベンチに座り込んでいる。


――放っておきますか。


 もしも、あの身内という物に極度に甘い京香ならば、話しかけて適当に世間話でもするだろう。だが、ヤマダは込み入った問題は好きであったが、面倒はあまり好きではない。


 恭介に話しかけたとして、ホムラが騒ぐだろう。『ココミとわたしの邪魔をしないで。燃やすわよ』と、開口一番言うに違いない。


 トテトテトテ。故に、ヤマダは恭介達に何も話しかけず、彼らの目の前を通り過ぎ、有楽天を出て行った。


 恭介達の前を通った時、甘い砂糖と生クリームの香りがヤマダの鼻腔を刺激した。


 有楽天を出て、日光をヤマダは浴びる。本日は晴天なり。自宅のベランダで本でも読みながらアフタヌーンティーをしよう、とびっきりに美味しいスイーツも添えて、と、午後の魅力的な予定を立てる。


「セバス、本日の昼食は家で食べマス。美味しいものを作てくだサイ」


「トマトパスタは如何でしょう?」


「エクセレント」


 好々爺を引き連れて、ヤマダは鼻歌を奏でながら、トテトテトテと歩いていく。


 メイド服のスカートがヒラヒラと揺れ、満足の行く休日をこのメイドと老執事は過ごすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る