アフタヌーンティーの前に




***




「目当ての物は買えましたネ」


「素晴らしい茶葉です。茶葉自体に甘みがあります。明日はシュークリームを作りましょう。甘さは控え目にして、口溶けを滑らかにすれば、この茶葉にとても合うでしょう」


「エクセレント。マカロンも作りなサイ」


「仰せのままに」


 ヤマダ達はシカバネ町の北区の茶葉専門店、『董風花葬(とうふうかそう)』から出てきた。董風花葬は緑茶、青茶、紅茶、黄茶、白茶、黒茶と、ありとあらゆる茶葉を販売する専門店である。店主の茶柱 グレイが店頭に置いた茶葉は全て一級品であり、ヤマダは厚い信頼を寄せている。


 テクテクテク。一歩後ろのセバスの両手に茶葉が入った紙袋が抱えさせ、ヤマダはこの後の事を考えていた。


 茶菓子の材料を買う用事が残っているが、それらは西区のスーパーマーケットで購入する予定だ。帰り道に寄れば良い。


「さて、早く帰って、この紅茶を楽しむのも良いのデスガ、アフタヌーンティーには早過ぎマスネ。モーニングティーにも遅過ぎマス」


「本日は良い天気です。この辺りを散策してみるのはいかがでしょう?」


「なるほド。雑踏は好きではないのデスガ、たまには良いデスカネ」


 普段は人込みは避けて、ヤマダは自宅や図書館や喫茶店などで過ごすことが多い。


 京香はゲームが趣味な様だが、ヤマダにはその様な趣味は無い。良く読書をするが、それは文字を追うのが好きだというだけで、小説でもエッセイでも、新聞でも学術論文でも何でも良かった。


「良シ。じゃア、今日は散歩をしまショウ」


 普段とは違うことをすると決め、ヤマダはキョロキョロと辺りを見渡した。何か良い感じに時間を潰せる場所は無いだろうか。


「……ふム」


 そして、ヤマダの眼に止まったのは歓楽街で一際高いとある八階建てアミューズメント施設『有楽天』。最上階の映画館を筆頭に食事処からゲームセンターまで大体の娯楽が密集している場所。


 北区は全域がほとんど歓楽街に成っている。嗜好品を売る店もこの地域に集中していて、十メートル歩けば娯楽や嗜好品の店が必ずある。


 ブラブラと散策すると決めたが、ヤマダはあまり長距離を歩く気は無かった。アフタヌーンティーの時間には自宅に帰りたい。


 ならば、ほぼ全てのジャンルが包括的に集中している有楽天であれば普段とは違う刺激を短時間で十全に味わえるだろう。


「セバス、あそこに行きまショウ」


「承知いたしました」







 十時半頃、ヤマダは有楽天に到着し、とりあえず一階から歩いていた。一階には本屋や服屋、持ち帰れるスイーツ等を販売した店、そしてゲームセンターなどがあった。ヤマダはとりあえず目に付いた本屋に入り、適当に目に付いた文庫本を二冊購入した。


 文庫本をセバスに持たせて、ヤマダ達は二階、三階、四階と上がっていく。


 階毎に一通りの店をチラ見し、テクテクテク。ヤマダが入ってみるかと思える様な店は中々無かった。基本的にヤマダは可愛いから普段メイド服ばかり着ている。


――軽く雑貨屋にでも入りますか。


 ヤマダは次に見つけた雑貨屋に入ることにして更に階を上がって行き、五階に到着した。


 五階には昼食処とアクセサリーショップや雑貨屋が大体同じくらいの比率で門を構えている。


 グルリと視線を回して店構えを見ていき、とある雑貨屋にヤマダの眼に止まった。家具店で機能性などをかなぐり捨ててオシャレに全振りした家具というのが売り文句の様だ。


「ハハ、セバス、これを見てくだサイ。この椅子、八本足デスッテ。収納しにくそウ」


「ふむ。これはこれは、蛸をモチーフにしているようでございますね。中々興味深いデザインです」


「買いマスカ?」


「残念ながら、我々の部屋には合わないかと。お嬢様が買うとおっしゃるので有れば、このセバス、渾身の模様替えを披露いたしますが」


「冗談ですよ、冗談」


 ケラケラとヤマダは笑う。普段と違う場所に行くと言うのは中々に愉快だった。


「興が乗りまシタ。この店で何かを買いまショウ。セバス、あなたも選びなサイ」


「承知いたしました。我々の部屋にマッチする小物を選ばせていただきましょう」


 チリンチリン。ヤマダ達は入口のベルを鳴らして、このオシャレ全振り家具屋へと入店する。


「あらまア、期待以上のカオスぶリ」


 店の中はヤマダの想像以上に訳の分からない空間だった。ここが現代アート美術館の展示室と言われたら、百人中九十人は信じるだろう。残りの十人は回れ右して逃げるに違いない。


 ピョコピョコピョコ。店の奥から可愛らしい足音が聞こえた。踏むと音が鳴る幼児用の靴の音だ。


「「ご来店、ありがとうございまーす!」」


 だが、現れたのは極彩色のアフロをしたごつい二人組だった。


「でっカ」


 思わずヤマダは呟いた。霊幻より頭半分大きく、どう考えても日常生活には不便なほど肥大したアフロヘヤは天井に掠っている。


「おお! 可愛いメイドさんだぞ兄貴!」


「ああ! 綺麗なメイドさんだな弟よ!」


 極彩色のアフロの店員は双子の様で、彼らの胸に付けたバッチには〝店長!〟と力強くペイントされていた。


「「ようこそ! 虹村兄弟の極彩ファニチャーへ!」」


 モッサモッサ、アフロを揺らしながら二人の虹村店長はヤマダとセバスの周りをグルグル周回する。その筋骨隆々な体が喜ぶ様子はヤマダ達が久しぶりの客である事を如実に表していた。

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