② 青い薔薇が作れるならば







 第六課のオフィスにはヤマダとセバス、そして京香が呼んでおいた水瀬が居た。


 オフィスへと現れた京香と霊幻の姿にヤマダは優雅に飲んでいた紅茶を机に置き、水瀬は閉じていた眼を開ける。


「退院おめでとうございマス。京香、さっそく話しますカ?」


「そうね。やっちゃいましょ。霊幻、ホワイトボード持って来て」


「了解だ」


 オフィスの奥に置いてあったホワイトボードをガラガラと霊幻は部屋の中央に置き、セバスが人数分の椅子をホワイトボードの前に置いた。


 キュポっと京香は黒のマーカーのキャップを外し、椅子に座った全員を見て、議題をボードの上部に記した。


 野良キョンシー達のPSIについて。


「野良キョンシーは二体居るわ。全く同じ顔をした双子のキョンシー。確実に二体ともPSI持ち。ヤマダが言うには姉の方のキョンシーのPSIは間違い無くパイロキネシス。ここで話したいのは二体目、妹の方のPSIよ」


 姉→パイロキネシス。


 妹→?


 と、京香はホワイトボードに書き、更に続けて、?の隣に以下の文言を書き連ねる。


 妹→?→電子機器のジャミング→エレクトロキネシス?


「水瀬局長、アタシ達はこのPSIをエレクトロキネシスだと仮定しましたね?」


「そうだな。霊幻の言葉を信じ切るわけじゃないが、操作性の高いエレクトロキネシスだろうと結論付けている」


「広い町とは言え、この町を知り尽くした我々が探しているのにも関わらず、アタシ達がこの野良キョンシー達と会敵したのは僅か三回。霊幻、坂口充とイルカ、そしてヤマダとセバス。しかも、いずれの場合でもこのキョンシー達は逃げ切っています」


「では、どうやって、だな?」


 水瀬が京香の言おうと思っていた言葉を先んじた。


 頷いた後、京香は一度ホワイトボードを綺麗にし、改めて以下の情報を列挙する。


① 霊幻、充とイルカ、ヤマダとセバスチャンから逃げ切っている。


② ヤマダ戦で見せた頭を狙った糸の力場を持つPSI。


③ 天原研究所に居た高原一彦の存在。


「どうやら、妹のPSIは精神感応系に分類される様です。ヤマダ、高原一彦は精神感応系PSIについて何て言っていた?」


「精神感応系はエレクトロキネシスの一種らしいデスヨ」


「この情報から一つ、仮定します。このPSIはアタシ達で言う精神感応系とエレクトロキネシスのハイブリッド。両方の性質を持っていると」


 それはさながら、粒子と波動の性質を併せ持つ光の様にだ。


「精神感応系だとして、どんな能力だと言うんだ?」


「ここで①の、特に充とイルカから逃げ切った時の情報です。この野良キョンシー達はランダムに入り組んだ西区の住宅街の裏道を走り抜け、その際二つの家屋を燃やしました。にも関わらず死者は居ません。野良キョンシー達は分かっていたんです。燃やした家の中に誰にも人が居ないと」


「ふむ?」


「迷路の様に入り組んだ裏道を走り抜けられたのも、正解の道が分かっていたからです。では、何処からその道を知ったのか?」


 キュッ、キュッ、と京香はホワイトボードの①の下にこう書いた。


①→家の中に人が居るか居ないのか分かる、住宅で入り組んだ裏道の全貌が把握されている。


「そして、霊幻が初めて野良キョンシー達と戦闘した時、このキョンシー達はまるで霊幻の動きを先読みしたかの様にパイロキネシスを発動しています。霊幻の戦闘IQを上回っているとも思えません。PSIとして、考えられるのは何でしょうか?」


 キュッ、キュッ。


 未来予知? と京香は書き、続けて、これを×印で消した。


「予知のPSIではありません。充達から逃げ切れた理由に成らない。ならば、考えられる可能性は?」


 ホワイトボードに書かれたそれぞれのポイントを一つ一つ指した後、京香はこう結論付けた。


「アタシ達を悩ませている、未知のPSI、この正体はです」




「……京香、お前は、今自分が何を言ったのか理解しているのか? テレパシー、そう言ったんだぞ?」


 水瀬がその眼光を鋭く、ほとんど睨み付ける形にして京香の眼を見る。


「ええ、理解してます。アタシは、第六課はこの野良キョンシー、妹の方のPSIをテレパシーと断言します」


「……テレパシーは、精神感応系PSI開発において、目指すべき到達点の一つだ。数々のPSI研究者がランクAの素材をふんだんに使って半世紀、それでも誰一人として取っ掛かりさえ見つけられていない。それがテレパシーだぞ?」


 精神感応系PSI開発のゴールの一つが人間の精神状態の解明である。そのためには人間の思考を直接読み取るPSI、テレパシー、読心能力の開発が不可欠と言われていた。


 もしも、テレパシーが発明されれば、人間の思考の解明だけでなく、洗脳、催眠、記憶の改竄、凡そ精神感応系PSIで出来た全てが可能となる。


 だが、誰一人としてテレパシーを開発できた者は居ない。


 最早、現代社会ではテレパシーは〝不可能な理想像〟と同意義であった。


 十五年前、ヒュプノシス、催眠能力を持ったキョンシーがレイニー・ファウラーに発明され、大きな注目を浴びた。彼女はその業績によって世界で五指に入るPSI研究者に数えられ、今尚莫大な富と名声を得ている。


「青い薔薇を作れて、テレパシーが作れない理由はありませんよ。特にキョンシー相手なら」


「お前の口癖だな、キョンシー相手に何が起きるか分からない。……良いだろう。他に根拠を示せ。俺を納得させてみろ。どうせあるんだろう?」


 京香は水瀬が半ば『野良キョンシーのPSIがテレパシーである』という発言を信じた事を分かっていた。だが、もしも、二人が初対面であったのなら、この戯言は一笑に付されて終わりだろう。


「お前はキョンシーの事では嘘を付けない。いや、付かない。そうだな?」


「そうですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る