③ 糸の正体

 京香は一拍の間を置いた。


「テレパシーと言いますが、これはエレクトロキネシスの一種です。霊幻が前に言っていたことを覚えていますか? 周辺にある電子機器、それも監視装置のみをピンポイントにジャミングするエレクトロキネシスがあるならば、それの出力はEで操作性はAだと」


「それが?」


「人間の頭からは常に脳波が出ています。これは感情や思考によって変化し、アタシ達は電流としてこれを観測できます。ならば、圧倒的操作性、精密性を持ったエレクトロキネシストならば脳波から思考を読み取れてもおかしくありません」


「その発想には飛びがあるぞ? なるほど、エレクトロキネシストならば脳波を感知できるとして、そしてそこから感情や思考を読み取れるとして、この野良キョンシーがそうである理由は何だ?」


 京香はヤマダからノートパソコンを受け取り、水瀬に見せる為に画面に表示しておいた映像を見せた。


 映像は霊幻が野良キョンシー達と対面し、戦闘を行った物だ。




 画面は霊幻が壁面へ跳び、着地した直後に火柱が生まれた時から再生される。


 壁面へ着地した直後の絶対に避けられないタイミングでの火柱。


 一瞬で火達磨に成った霊幻は全身へ紫電を纏い、炎を剥がす。


『ちっ!』


 霊幻が炎をはがした直後、部屋の奥に居たのであろう野良キョンシーは舌打ちした。


 そして、


 ガタッ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 このキョンシーは千平方メートル強あるフロア全体をパイロキネシスで燃やした。




 僅か一分程度の記録。それだけで水瀬は京香が何を言いたいのかを理解した様だ。


「……なるほど。だから、この二体は逃げたと主張したいんだな?」


「はい。この野良キョンシー達、まあ、この時点ではパイロキネシストだけだと思っていましたが、戦闘の初め、この姉妹のキョンシー達はおそらく連係プレーで霊幻を圧倒していました。そうよね? 霊幻」


「そうだな。吾輩としては業腹だが、完全に読み負けていた。あのまま続けていたら吾輩が負ける可能性は六十%あった」


 霊幻が笑いながら言った。


「にも関わらず、この二体は逃走を選びました。逃げることが目的だった可能性もあります。でも、それなら最初から眼くらましの炎を出して逃げれば良かったんです」


「では、何故、方針を変えたのカ」


 ヤマダが京香の言葉をサポートする。


「単純です。戦闘を選んだのは霊幻の思考が読み取れていたから、逃走へ替えたのは思考が読み取れなくなったから」


 言葉の続きは水瀬が紡いだ。


「霊幻が全身にエレクトロキネシスを纏ったから読み取ろうとした脳波が狂った。テレパシーが使えなければ霊幻相手に勝ち目が無い。故に、逃走へと切り替えた。そうだな?」


「はい。これが第六課の出した結論です。それともう一つ決め手があります」


 京香はノートパソコンの映像を次の物へと切り替えた。


「これはマイケルの研究室だな。何が起きた?」


「見てくれれば分かります」


 映像は霊幻がメンテナンスの為マイケルを訪れた場所へ行った時の物だ。




『はっはっは! 久しぶりだなマイケル! 渋々だが調整に来たぞ! さあ、吾輩の体を弄繰り回すが良い!』


『おお、霊幻、一ヶ月ぶりじゃねえか! お前から来るなんて珍しいな。定期点検は来月だぞ?』


『京香に言われてな! 京香が入院中は吾輩も撲滅活動できない。この機会に調整してもらえと言われてしまったのだ!』


 霊幻はマイケルに出迎えられ、研究部屋に入り、中央に置かれた検査用ベッドに横たわった。


 そして調整を終えた後、マイケルと霊幻は研究部屋から出て行く。


 来客用オフィスから外に繋がるドアまでマイケルは付いて来た。


『それでは吾輩はこれで帰る。調整が終わり次第、即座に帰って来いと京香に〝眼で〟命令された』


『おお、そりゃしょうがない。んじゃ、またできればすぐに来いよ。今度はエレクトロキネシスの測定をさせてくれ』


『了解!』


 それでは、と霊幻はヒラヒラと手を振るマイケルに見送られながら研究室から出て行った。




 映像は単純で、霊幻がマイケルの研究室を訪れ、身体を調整後、帰るまでが記録されていた。


「これの何がおかしい?」


「分からないんですか?」


「分からん。俺の目では普通に霊幻を調整しているキョンシー技師にしか見えん」


 やれやれと京香は首を振った。


「マイケルが殊勝過ぎるんです」


 京香は大真面目な顔で違和感の正体を口にする。


「はぁ?」


「アタシ達の知っているマイケルなら、調整にかこつけて霊幻の体を隅々まで弄る筈です。罷り間違っても『今度はエレクトロキネシスの測定をさせてくれ』なんて言いません。その場で測定します」


「さらに情報を付け加えよう。あの部屋には吾輩の他に二体キョンシーが居た。吾輩が調整を受けていた隣の治療部屋にな」


「第二課と第三課には確認が取れています。あの日、マイケルの研究室に治療を受けに来たキョンシーは居ない。対策局が認知していない二体のキョンシーがマイケルの研究室に居て、それをマイケルは霊幻には言わず、普段では考えられない行動を取っている」


「つまり、マイケルがテレパシストのPSIに依って洗脳を受けていて、野良キョンシー達はマイケルの研究室に居る、と言いたい訳か」


「ええ、第六課の結論をどう考えますか?」


 二分程の時間を要して、水瀬は「はぁー」と深く息を吐いた。


「明日、代表者会議を行う。今の話を更に簡潔にまとめておけ。俺の方でエレクトロキネシストのキョンシーを集めておくから、そいつらを使ってマイケルの研究室を調査する。結果次第では第四から第六課で研究棟に行くぞ」


「承知しました」




 次の日、ハカモリの選抜メンバーによる研究棟への襲撃が決まった。

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