⑤ 祈りと呪い




***




「はっはっは! 久しぶりだなマイケル! 渋々だが調整に来たぞ! さあ、吾輩の体を弄繰り回すが良い!」


 霊幻は高笑いをしながらハカモリの研究棟六階の、即ち、第六課現状最後の職員、マイケル・クロムウェルの研究室の扉をバーンと開いた。


「おお、霊幻、一ヶ月ぶりじゃねえか! お前から来るなんて珍しいな。定期点検は来月だぞ?」


「京香に言われてな! 京香が入院中は吾輩も撲滅活動できない。この機会に調整してもらえと言われてしまったのだ!」


 マイケルが恰幅の良い腹をポン! と狸の様に叩き、霊幻を出迎える。


 アポイント無しで来たと言うのに、マイケルは嫌な顔一つせず、霊幻を部屋へと通した。


 マイケルの研究室には三つの部屋がある。


 一つ目は来客用オフィス。


 二つ目はキョンシーを修理するリペアルーム。


 そして、三つ目はキョンシーを研究と兼ねて調査する研究部屋だ。


 霊幻は研究部屋へと通され、慣れた調子で服を脱ぎ、愛用の紫マントを壁際のハンガーに掛けて、中央に置かれた検査用ベッドに横たわった。




「あたま~、しんぞう~、そしてはら~、うで~にあし~に、そ・せ・い・ふ~」


 上手くも何とも無い歌を歌いながら、マイケルが体格に似合わぬ機敏で洗練された動きで霊幻の体のあちこちへ電極を刺していく。脳と脊髄を除いてほとんどが機械化された霊幻の人工合成皮膚の下には電極を刺すための穴が開いているのだ。


 蘇生符の額近くにある端子口を開け、専用のKSM端子を差し込んで、パンとマイケルは一回手を叩いた。


「いやぁ、お前の体を弄るのはひっさびさだ! 新パーツがあるんだがどうする!? ロケットパンチとバズーカ内蔵なんだが!?」


「それは素晴らしい! 吾輩の紫電を受けたらそのパーツはどうなる?」


「爆発だな!」


「なるほど! 却下だ!」


 HAHAHAHAHAHAHAHA!


 いつものやり取りにアメリカンな笑い声を上げた後、マイケルはPC上で表示される霊幻のパーツデータを見比べた。


「左脚に負担を掛けたな? アキレス腱を交換しよう。んで、また全身に紫電を纏ったな? 何回だ? 三回位か?」


「ご明察。その通りだ」


 カチャカチャ。


「紫電を纏うのはできるだけ止めとけ。お前のエレクトロキネシスに半永久的に耐えられる素材がまだこの世に無いんだから」


 カチャカチャ


「無理だな! 吾輩の思考回路ではPSIの使用を抑える選択肢が無い。それが撲滅に繋がるならば即座に紫電を纏うだろう」


「んじゃ、天才の腕の見せ所だな。今度、改良型のパーツを造っておく」


「おお、感謝する!」


 カチャカチャカチャ。軽口を言い合いながらマイケルは霊幻の合成皮膚を剥がし、露出した機械の体を解体していった。




 人工神経との接続が解かれ、霊幻の体から一箇所また一箇所と触覚が消えていく。


「仮にここでお前に放っておかれたら吾輩はどうしようもないな」


「そうだな。脳と脊髄とエレクトロキネシスだけじゃ精々このビルを壊すので関の山だ。まあ、そうなってもお前は俺を恨まないんだろうが」


「ハハハ」


 最後に眼球を取り外す事で解体作業は終わり、霊幻は伽藍堂の達磨と成った。


 五感との連携を切断された霊幻の世界は虚無だった。


 マイケルが霊幻の隣でカチャカチャカチャカチャと中々の音を立てているのだが、霊幻には全くそれが分からなかった。


 思考しか存在しない今の自分は果たして世界に存在していると言えるのだろうか? と霊幻は過去に自問したことがある。そんなことは考える意味が無い。自分はただ撲滅するだけだ、と即座に自答した記録が残っていた。


 恐怖は無い。虚無だけが広がる世界だとしても、霊幻の思考には些かの変化も無かった。


 さて、どうしようか。撲滅できる確率を少しでも上げるために、思考回路をどの様に先鋭化できるだろうか?


 撲滅、撲滅、撲滅しなければならない。


 この世には撲滅対象が多過ぎるのだ。


 生者の世界を狂わせるモノ。


 生者の社会を脅かすモノ。


 生者の命を壊すモノ。


 費用対効果だけを見れば、キョンシーは生者を越えた。


 だが、技術は生きているモノの為に発展してきたのだ。


『キョンシーは〝祈り〟だよ』


 聞き慣れたフレーズが霊幻の根幹にはあった。


 幸福を願い、命を尊ぶ為に、幾億人もの絶望と希望を礎にして生まれたのがキョンシーだ。


 何が有ろうともキョンシーの為に命が奪われては成らない。




 祈りを呪いにして成る物か。




 それが霊幻の撲滅願望の根幹だった。







 ピピピピピ! 霊幻の世界に光と音が戻った。


「良し! 調整完了だ!」


 良い汗掻いた風にマイケルが額を拭っている。


 五感を失ってから再び戻るまで二時間十五分三十七秒経っていた。


 霊幻はムクリと起き上がり、両手足の調子を確認する。新品の合成皮膚はやはり綺麗だ。


「ふむ、機能が全体的に二十一パーセント改善している。流石だマイケル!」


「おうともさ! 俺は天才だからな!」


 パァン! 右手でハイタッチを交わし、霊幻はベッドから降りて、壁際に掛けていた服を着てトレードマークの紫マントを羽織る。


「駆動がスムーズに成っているな」


「ああ、関節の部分を新パーツに取り替えた。前よりも動き易くて壊れ難い筈だ」


「素晴らしい!」


 パァン! 一々ノリ良くハイタッチをして、霊幻とマイケルは研究部屋から出て行く。


 来客用オフィスから外に繋がるドアまでマイケルは付いて来た。


「吾輩はこれで帰る。調整が終わり次第、即座に帰って来いと京香に〝眼で〟命令された」


「おお、そりゃしょうがない。んじゃ、またできればすぐに来いよ。今度はエレクトロキネシスの測定をさせてくれ」


「了解!」


 霊幻はヒラヒラと手を振るマイケルに見送られながら研究室から出て行った。


「さて、では帰るか」


 眼を見て命令されたのだ。霊幻の体には強制力が働き、速やかに京香が居る病室を目指す。




「おかえり」


「ただいまだ」


 京香は出て行った時と変わらずベッドでタブレットを見ていた。


「吾輩が言うのもなんだが、安静にしていたほうが良いのでは無いか? 治りが遅くなるぞ?」


「こんな傷、いつでも退院できるのよ。菫の診断さえ無ければね。菫にまた小言を言われたわ『京香、体温が低過ぎます。舐めてんですか? 心拍数を増やしなさい』って。無理じゃない? アタシ的に」


 持ち主がそう言うのであれば、霊幻に言う事は無い。


 では、本題を話すとするか、と霊幻はベッド横に椅子に座りながら口を開いた。


「京香、マイケルがおかしくなっているぞ?」


「……アンタの視覚と聴覚データを寄越しな」

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