③ キョンシーで壊す人間

「寵愛って、買い被りですよ。そりゃあ、一人立ちをさせてもらった後も共同研究を色々やりましたけどね。……エレクトロキネシスか精神感応系ねぇ。そういえば、その二つは高原先生にとっては同じ物だと言っていましたね」


「同じ物? あまり聞かない説ですね」


 珍しい考え方だ、とヤマダは左眉を上げた。


「高原先生にとっては仮説じゃ無かったらしいですよ。まあ、こんな話をしたのは十五年くらい前ですけど」


「詳しくその話を教えてください」


「ちゃんとは覚えてないですよ。何かの、ああ、そうだ、日本PSI学会だ。九月の学会の打ち上げで先生と話してたんです。思い出してきた。その年の学会で精神感応系のPSIについて発表してた教授が居ましてね、人の感情が分かるエンパスについての発表で、高原先生がそれに質問してたんですよ」


「どのような?」


「『そのエンパスは何をパラメータとして感情を読み取っているのですか?』って質問でしたね。まあ、エンパスでも何でもなくて、異様に観察力が優れたメンタリズムが出来るキョンシーだったってオチだったんですけどね」


 ハハハと平野は思い出し笑いをした。


「その日の夜、僕と先生は飲みに行ったんですよ。もつ鍋の店だったかな? で、飲んでた時に精神感応系のPSIの話題が出たんです」


 平野は若い頃の自分を思い出したのか、うんうんと思い出を噛み締める様に自身の右上を見上げた。


「僕はこう質問したんです。『結局精神感応系って何なんでしょうかね? 僕達がそういうキョンシーを作れる様に成ると思います?』って。先生は結構飲んでて、まあ、退職が近かったからかもしれないですけど、顔が真っ赤に成ってましてね、こう言ったんです。『平野君。精神感応系という言葉を使うから語弊が生まれるのだよ』」


「語弊と来ましたか」


 ヤマダは知り合いが持つ何体かの精神感応系PSI持ちのキョンシーを思い浮かべた。


「先生の舌はいつもよりも回ってましてね。『精神感応系とは人間の脳波に敏感だったりそれにアプローチするPSI。脳波とは人間の脳の電気信号が作り出した只の力場の波。じゃあ、エレクトロキネシスであれば精神感応系PSIを再現できるだろう』って。当時でも今でもまあまあな暴論ですけど、先生がそんなことを言うのは珍しかったから僕は突っ込んだことを聞いたんです」


 机の茶を一口飲んで平野は言葉を続けた。


「『エレクトロキネシスで人間の思考や感情が分かるって言うんですか? エレクトロキネシスは出力性に優れたPSIで決して感受性は高くないですよ?』って、当たり前のことを言ったんですよ僕は。先生は首を振ってこう言ったんです。『平野君、それは世界に発現したエレクトロキネシスと呼ばれているPSIの出力が高過ぎて操作性が低過ぎるだけなんだよ』って」


 出力が高過ぎて、操作性が低過ぎる。偶々現存するエレクトロキネシスのスペックが精神感応系に分類されるのには遠過ぎるだけ。


 なるほど、とヤマダは高原一彦がどう考えていたのかを理解した。強烈に低い出力性と激烈に高い操作性という極限られたエレクトロキネシスの一部が精神感応系として発現すると主張しているのだ。


「それだけ精神感応系とエレクトロキネシスが同じだと主張するということは、高山一彦は精神感応系に詳しかったり開発したりしたんですか?」


「いや、全く。研究はしてみたかったみたいですけど、当時先生はエレクトロキネシスの権威で、他の研究テーマが山の様にありました。定年も近かったから今更新しい研究テーマに、それも当時と今のトレンドから完全に外れた物に手を出すのは躊躇ったんでしょうね」


「偉くなった研究者にあるあるですね。今まで自分が積み上げてきた物が新しい分野に手を出す事の邪魔をする」


「全く同じ事を先生も言ってましたよ」


 ハハハ、と平野は笑った。


「もしも、仮に全てのしがらみから解放されたとして、高原一彦はキョンシーの研究を続けると思いますか?」


 ヤマダは最後に質問した。答えをヤマダは知っている。映像で高原の姿を見ているからだ。


「当たり前です。高原先生はキョンシーという、PSIという分野を愛しています。いつも言ってましたよ、『もっと未来に生まれたかった。そうすれば今よりももっとキョンシーとPSIの事を知られたのに』って」







「貴重な話をどうもありがとうございました」


 平野との話も終わり、ペコリとヤマダは頭を下げて立ち上がった。


 続いて平野も立ち上がる。彼は途端に顔を神妙な物にして、考え込む様に眼を伏せた。


 ヤマダが居室を出て行く直前、平野は意を決した様に問いを放った。


「先生が、何かをしたんですか?」


 シカバネ町のキョンシー犯罪対策局と言えば、キョンシーに携わる者で知らぬ者は居ない。


 ハカモリと揶揄されるこの組織は世界でも有数の揉め事処理屋であり、悪名も悪評も知れ渡っていた。


 曰く、ハカモリは災害だ。奴らが通った後は悪党の骨さえ残らない。


 数少ない、国から裁量性の殺人権を持ったのがヤマダ達である。


 そんな人間達の、それも最もイカレタ奴らが集まると言われる第六課の人間が、恩師の所在や研究を問いに来たのだ。平野の頭には最悪の想像が広がっているだろう。


「守秘義務を行使します」


 ヤマダはマニュアル通りの対応をした。真実を話した所で何に成ると言うのだろう。


 あなたの恩師が非合法なキョンシー開発に関わっていると正直に言ったとして、平野にとって百害あって一利無し。


 高原一彦の所在は未だ掴めていない。あの火事の前に逃げたのか、はたまた死んだのかさえも不明だ。


「僕は先生の愛弟子です。先生に何があったんですか?」


 平野は食い下がった。五十に届こうしている研究者がヤマダの様な小娘へ真剣に眼を向ける。


――面倒ですね。


 ヤマダは内心溜息を付いた。こういう輩が居るのだ。身内の事に成ると視野が狭窄し、求める意味の無い答えを人に聞く輩が。


「あなたが知ったとしテ、どうするのですカ?」


 外面をヤマダは止めた。突然、口調がカタコトに成ったと平野は驚き、口を閉じる。


「あなたは研究者デス。キョンシーを開発する人間デス。ワタシ達は違いマス。キョンシーで壊す人間です。互いに意見を求めることはあるでショウ。ですが、深入りはやめまショウ。火に飛び込む人間を助ける気はありまセン」


「……分かり、ました」


「ええ、それでは、貴重なお話をありがとうございました」


 再び、頭を下げて、ヤマダはセバスを連れて今度こそ平野研の居室を後にした。







「セバス、次ノ場所へ」


「承知いたしました、お嬢様、二時間ほどで到着いたします」


 成栄大学の正門にて、黄色いポルシェの後部座席に乗り込み、座席に置いていたノートパソコンを開く。


 セバスは恭しく頭を下げた後、前方の運転席へ乗り込み、緩やかにアクセルを踏んだ。


 心地好い加速を見せながらヤマダ達の乗るポルシェは道路へと出て行き、次の目的地へと進路を定めた。


――次の場所は何処でしたっけ?


 ヤマダは今日後三ヵ所高山一彦の知り合い達を回る予定だった。


 カタカタカタカタ。ノートパソコン上に精神感応系PSIの情報が次々に浮かんで来る。


 とは言っても、パイロキネシス、エアロキネシス、エレクトロキネシスの三大PSIと比べると精神感応系の数は数百分の一程度の割合でしか事例が無い。


 少ない事例の中でも、大抵がエンパスでごく稀にワトソンのサイコメトリーの様な特殊なPSIがあった。


――そういえば、ワトソンのサイコメトリーは物質に吸収された光の情報を読み取ってるのでしたね。


 超高感度な光学ディテクターとレーザーを使えば、家屋のガラスの劣化具合から住民達の暮らしぶりを再現できるという。


 ワトソンのサイコメトリーはそれに近い技術だと過去にヤマダは聞いた事があった。


 精神感応系PSIとは何かしらの感受機能が異常に特化したキョンシー達に発現する。


 その中で一番多い感覚の発達は触覚だ。ワトソンが常日頃手袋をしているのは、していなければ物に触れる度サイコメトリーを発動してしまい使い物に成らないからだ。


――感覚の異常な鋭敏化。


 ヤマダはふと自分の皮膚が全て眼球に変わった姿を想像した。


 服に擦られ地面にブチュブチュと押し潰され、転ぶものならブチブチとゼリーの様に引き裂かれる。


――んー、想像だけでも痛いですね。


 やだやだと、ヤマダは頭を振って想像を止める。


 精神感応系PSIを持つキョンシーが比較的早くに成るのも人間の感覚に当て嵌めるなら納得だった。


――おっと、大分京香に毒されてますね。


 ヤマダは上司の顔を思い浮かべた。キョンシーを人間の尺度で測ろうとする奇特な人間。


 あの上司の場合は少し違うのだが、朱に交われば赤くなる、京香の考え方に侵食されている事実をヤマダは認識した。


――昔の私が恋しいといえば恋しいですね。


 昔、と言っても数年前。まだ十代半ばの少女だった頃、ヤマダにとって世界は人間、キョンシー、そしてセバスで構成されていた。


 あの頃の世界はシンプルで美しかったと思うが、だからと言って今の雑多で不揃いな世界に生きる自分も嫌いではない。


 そもそもヤマダの自分への評価は常に〝好き〟から始まる。好きか、すごく好きか、の間で揺れ動くことはあれどマイナスへ自分への好感度が振れる事は無い。


――京香も私の様に考えれば楽なのに。損な性格ですよねぇ。


 背負わなくても良い荷物をわざわざ拾ってしまう上司の在り方にヤマダは内心肩を竦める。


 カタカタカタカタ。精神感応系PSIを調べつつ考えていたら、ヤマダのスマートフォンがピピピとアラームを鳴らした。


 第六課のグループトーク画面に京香のメッセージが上がっていた。


 メッセージを読むと京香からヤマダへ質問というか追加の指令が来ていた。


 京香からの文面はこうであった。


《霊幻が野良キョンシーと交戦した時、野良キョンシーが途中で逃げたじゃない? 何でだと思う? 霊幻の視覚映像はそっちも持ってるから、可能性考えられるだけ上げてくれる?》


――何言ってんでしょう?


 時々、京香はこう言う突発的な指示を出す事があった。


――あんまり馬鹿にできないから困るんですよね。


 何故だか、こう言う時の京香の直感は得てして核心を突く時があった。


 ヤマダは一度精神感応系PSIについて調査を止め、霊幻の戦闘データを見た。


 画面は霊幻が壁面へ跳び、着地した直後に火柱が生まれた時から再生される。


 壁面へ着地した直後の絶対に避けられないタイミングでの火柱。


 一瞬で火達磨に成った霊幻は全身へ紫電を纏い、炎を剥がす。


『ちっ!』


 霊幻が炎をはがした直後、部屋の奥に居たのであろう野良キョンシーは舌打ちした。


 そして、


 ガタッ!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 このキョンシーは千平方メートル強あるフロア全体をパイロキネシスで燃やした。


――京香はこれに何の違和感を持ったのでしょう?


 首を傾げながら、ヤマダはこの場面から野良キョンシー達が逃げた理由を考え始めた。

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