どうせ夢なら覚めなければいい
遊月奈喩多
アリスは夢の中
可愛いね、アリス。
大好きだよ、アリス。
あぁ、もう嫌だ。
わかってるのに、この
ねぇ、あなたはどこへ行ってしまったの?
昔の――私が知っているあなたは、そんなんじゃなかったでしょ? ちゃんと私を私だってわかってくれてた。あの頃のあなたは、もう消えてしまったの? もう、私じゃあなたに届かないの?
そんな彼女に嫌気が差すのに、無垢というにはあまりに虚ろな、どこか
「アリス、アリス……っ、あぁぁ、アリス……っ」
「ん、ふっ――、ぅん……、」
嫌だ、また入り込まれてる……、嫌なのに。
今の彼女には、絶対に入られたくないのに――
今更になって思う。
どんなときも妹扱いで、私の気持ちなんて小さい子の「好き」と同じにしかとらえてくれない、そんなお姉さんのままの彼女が、私のずっと求めてきた彼女だったんだ。
こんな形でなんて、この想いは叶ってほしくなかった。
* * * * * * *
デザイナーになるという夢を叶えるといって有名なデザイナーがいるという場所へ引っ越していった彼女が戻ってきたのは、数か月前のことだった。
幼い頃から、好きな相手だからという欲目以外では決してセンスがあるようには見えなかった彼女のことだから、現実を思い知って帰って来たのかな、そういうことならたまには優しく迎えてあげようかな――そんな、どこか思春期を捨てきれない子どもみたいな甘い考えで帰って来たという彼女のもとへ向かった私を待っていたのは、傷だらけになって、もう意識もないくらいになった彼女だった。世界が真っ暗になるって本当にあるんだ……とどこか現実味のない頭で思っていた。
え、え、何があったの? どうしてそうなってるの? 何がどうなったら、そんな大怪我をして帰ってくるの? 何もわからなくて、ただ混乱していて、目の前がグルグルと回っているようにしか思えなくて。ただ印象に残っていたのは、まるで彼女が死んでしまったかのように泣き叫ぶ彼女の両親と、「落ちついて! 落ち着いてください!!」と叫ぶお医者さんの姿だった。
そのあと、何があったのかを知ったのは夜のニュースを見たときだった。
『今日の午後5時半頃、●●市内の住宅から――』
食べていた夕食を戻しそうになった。それ以前に、もう口に入れたものを
更に調べていくと、恐ろしいなんて言葉すら生ぬるいくらいのことが起きていたことがわかった。
彼女が夢見て引っ越した先にいたのは、全然縁もゆかりもない有名デザイナーの関係者を名乗る男が住む場所で、そこが小さなデザイン事務所もどきだったのもずっと昔の話だったらしい。つまり、彼女が引っ越して住み込むことにしていた場所は、彼女の夢とはなんの関係もなくて、ただ怪しげな男の家。
そこで法外な違約金とかを突きつけられて、なすすべなくそこに閉じ込められた彼女は、初日から踏みにじられた。叫び声がすごかったらしくて、そのことは周囲の人たちの気付いていたらしい。だけど、何かで脅されていたのか、周りの助けすら拒んで、彼女はずっとその男の家に残っていたらしい。
それからボロボロになるまで暴行を繰り返されて、それはだんだん殴る蹴るという暴力にも変わって、夢を見ていたはずの彼女は、夢を食い物にする男の憂さ晴らしの道具にされてしまっていた。あの戻ってきた日、身の毛もよだつような悲鳴を聞き付けた人が通報して、ようやく解放される日まで。
病院で見た彼女は、面会できる状態になってもまだひどい有り様だった。お医者さんや看護師さんから聞いた話だと、もう立って歩くことも難しいし、きっとこの先、好きな人の子どもを産むこともできないだろうということが、はっきりと言葉にしないまでもその雰囲気から伝わってきた。
眠ったままなのに時々苦しそうに
だけど、そんなの序の口だったんだと知ったのは、彼女が目を覚ましたとき。私の前で目を覚ました彼女は、まず口にした。
「あれ、わたしのアリスは、どこ?」
怯えたように、泣き出しそうな顔で、【アリス】を探す彼女に懸命に尋ねて、ようやく聞き出せたのは、彼女が送った地獄のような日々を象徴するようなこと。
「わたし、怒られるの。アリスと一緒じゃないと怒られるの。アリスにならないと、怒られるの。不細工だからアリスになれって、ここではアリスだって、アリスじゃないお前のことは忘れてろって、アリスになってないと怒られる、叩かれる、嫌だ、吊るされるのも嫌なの、熱くされるし、中でガラス割られるの痛いの、やだ、だから、早く……」
彼女が見つかったとき、その頭には少女を模した着ぐるみの頭の部分を被せられていたらしいことを思い出す。あの逮捕された男は、そこまでして彼女を徹底的に壊して、いたぶっていたんだ。彼女は、その恐怖に今も……!
歯軋りした私に、彼女は泣きそうな顔で言った。
「だから、お姉さんも探して? アリスがないと、怖いの。お姉さん、アリスを見つけて?」
私をお姉さんと呼ぶその目に、もう私は映っていなかった。
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