「お休みしません?」


 翌日。村では早くも、一大復興プロジェクトが動き始めていた。幸いにして海産物シマモノの襲来による犠牲者は出なかったものの、セイバーズの戦闘員からは負傷者が多数、さらに畑も建物も滅茶苦茶にされてしまったからだ。


「そこそこ形は残ってんだから綺麗に掃除して修繕作業入れりゃいいだろが」


 ――とは、今回のクソ采配によって見事に人命を守り抜いた村長、ウロノスの言。セイバーズのアイネ本部長にヘッドロックされながらの、ありがたいお言葉だった。


 *


「つーわけでおまえらー、キリキリ働けー!」

「ケンゴさん、これどこに持ってったらいいですか?」

「うおっ、何それ気持ち悪。焼却場に持っていきなさいユハ子」

「ケンゴー、こっちちょっと手伝って欲しいですにゃー。一人で動かすと崩れそうですにゃー」

「おーう、待ってろ待ってろ。跡形さえ残ってりゃ再利用できらぁな。有効活用していこうぜ」


 ユハビィとやどりの二人は、半壊した村にてケンゴの手伝いをしていた。

 壊れた建物の瓦礫の撤去作業及び、まだ使えそうな資材の回収が主な任務である。

 壊れてもまた作り直せばいいという信条がこの村にはあるようで(というかウロノスが広めた村の掟だ)、使えるものはかき集めてつなぎ合わせ、また新たな家として生まれ変わるのだった。

 他多くの村人や防衛任務の入っていないセイバーもその作業に参加し、それはそれで、お祭りのように大賑わいである。案外、こういうところで一体感を感じさせ、村全体の団結力を高めようというウロノスの作戦なのかも知れない。どうせ彼は「建物と人間の両方なんかいっぺんに守り切れるわけないだろ」と言うのだろうけれど。


「つーか猫っ子、病院で寝てなくてもいいのか?」

「流石に寝てらんないですにゃ」

「だいぶ重傷だったろ。一晩で治るとかバケモンだな」

「それはあの病院がおかしいんだと思うですにゃ」

「それもそうか? まぁでも普通なら三日は掛かる怪我だったぜアレは」

「普通って何だっけ」


 ヒトツメ病院の神秘に触れたやどりなのであった。

 一方、力仕事に活躍が見込めないセラはといえば、ヒトツメ病院に残って村人たちに振る舞う食事の準備手伝いをしていた。


「――腕自慢の帝国兵は全員、村の復旧作業に出してきた。本当は私も手伝いに行くべきだったが、村人全員分の食事の準備となるとこちらも人手が足りん。適材適所というやつだ。というわけで、さぁ諸君、疲れて戻ってくるであろう彼らのために頑張るぞ! ここが我々の戦場だ!!」

「「「うおおおおーーーっ!」」」

「いや指揮能力カリスマすごっ」


 ヒトツメ病院の、無駄に充実した施設群の中の一つである大調理場。そこでは『かもめや』の代表であるノアをリーダーとして、各飲食店の腕自慢たちが一斉に昼食の準備に取り掛かっていた。人種も信仰も異なる一癖も二癖もありそうな料理人たちを一瞬でまとめ上げているノアは、流石元帝国軍人だっただけはあるとセラは思う。


「っていうかコレ、わたしなんかじゃ絶対に足引っ張るやつじゃん……」

「シマモノ調理はコツが要るものも多いからな。セラは私の手伝いをしてくれればいいよ」

「が、がんばるます……!」


 調査員の報告によれば、村の復旧目標は一週間を予定しているとのこと。

 それまではヒトツメ病院が、家をなくした人々の仮住まいである。全員で協力し合わなければ、それぞれの生活も成り立たせられはしないのだ。それが分かっているから村人たちもウロノスへの文句は後に回し、今はこうして大人しくセイバーズの計画に従っているわけである。


 ――しかしこの村最大の切り札とも呼べるヒトツメ病院に一つの誤算があったことを、ウロノスはまだ知らなかった。


 *



 ――病院内の別エリア。治療室と呼ばれる病室がたくさん並んでいる区画の廊下に、院長のリシャーダ、そして副院長のアルギウスの姿があった。

 もっともヒトツメ病院のスタッフはこれで全員である。肩書きなど、あってないようなものだ。


「うぅー……あったま痛い……」

「全く。だから制御権を俺に渡せと言っているのだ。神器の操作は無茶をすれば死ぬこともあるのだぞ」

「……あのねぇ。そうやって俺の方が強いぞアピールしてくれるけど、はっきり言って普通の人間のアルよりも、亜人の私の方が脳は強いんだからね……? ヒトツメ病院の制御権なんか渡したら、あんたの頭なんか一瞬で破裂しちゃうんだから」

「ふん。侮ってくれる。これでも俺は一国の存亡をも左右した超一流の魔術師だというのに」

「はいはい知ってるわよ。ついでに興味本位でに手を出した結果、全ての魔法を失ったお馬鹿さんだってこともね」

「…………」


 以前、治療室にてセラ、やどりと出会った背の高いイケメン――アルギウスはそこで何も言えずに顔を背ける。

 かつて彼を支えていた高い才能とそれに見合う地位はどちらも、魔法を失った途端に何一つとして残ってはくれなかった。彼の中では一番突かれたくない部分だが、突かれたくない理由は財産や名誉を失ったこと自体ではなく、単にそれが彼にとっての黒歴史だからだ。

 端的に言えば、調子に乗った。

 伝説の鏡の魔法エンシェント・ミラーを甘く見てしまった。

 この俺ならば大丈夫、と高をくくってこのザマだ。

 シマに流れ着く前は辺境の小国にて防衛の要を担う程の大魔術師だったくせに、魔法が使えなくなった事実が発覚してしまった彼は見事に追放され、それまで築き上げてきた全てを失ってしまったのである。

 全盛期ならばゴールド級セイバーの中でも相当上位につけるだろう実力はあっただろう。

 しかし今やただ背が高くて声の良いイケメンで、ちょっと医療技術がある程度の男である。

 まぁそれも普通に生きていく分にはあまりに十分なステータスなのだが、彼自身はやはり不満なようだった。


「……その手の傷。まだフェルエルの真似事を諦めてないのね」

「同じ鏡の魔法の犠牲者なのに、奴と俺の何が違う? 俺はただ出遅れただけだ。人生をやり直すのに、遅過ぎるということはない」

「ミカゲの真似もしているの?」

「あの人は人間の生き方のお手本だろう。なぜ評価が低いのか理解に苦しむな」

「そ。まぁ、別に私も評価してないわけではないしね。……っ……あぅ、いたた……ちょっとごめん、ほんと駄目かも……吐きそう……。残りの雑務、全部任せてもいい……?」

「任されるのは構わないが俺の側を離れるなよ。おまえに何かあっては困る」

「……。……そういうことを、軽々しく他の女の子に言っちゃ駄目よ。きっと勘違いするから」

「? 別に言わんが。俺はおまえが大事なだけだ」

「ははは、こやつめ…………」


 アルギウスの肩を借りながら、リシャーダは休憩室へ向かう。


 ……この疲労は、ヒトツメ病院という巨大な神器を稼働させているためのものだ。故に自分が治療室に入ったところで決して休まるものではない。

 元々病院内に存在する人間の数が増えるごとに、脳に掛かる負荷が増していく自覚はあった。しかしどの程度の人数まで受け入れられるのかを試したことはなく、ましてこのような特別な神器を操る以上、自己防衛の意味も込めて実際に試すことも出来ないまま、本日初めて、およそ五十名辺りから負荷が限界を超えることを知ったのだ。

 もし今アルギウスが唐突に裏切ろうものならば、ヒトツメ病院の制御権は容易に奪い去られるだろう。そしてこの神器をで起動させたならば、彼は瞬く間にこのシマの支配者として君臨することになる。

 要するにこの村は今、人知れず重大な危機を迎えていたわけだ。ウロノスにとっては最大の誤算である。村の管理についてはかなり徹底していたくせに、こんなところに大きな穴を残していたなんて、これがアイネに知られたらどれだけどやされるだろうか――。


 しかし幸い、アルギウスにそんな大仰なことをやらかすつもりは毛頭無かった。

 彼は前任の院長に、この病院と、そしてリシャーダのことを任されてここにいる。その責務を果たすことは全てを失った彼が生きていく上での重要な目的であり、それを放棄することは、もはや大切な命を投げ捨てることと同じなのだから。



 *



「ふぃいぃ……疲れたぁ……」


 復旧作業が始まって二日目の夜、比較的損傷の少なかったセラの家は人が住める程度には元通りになり、ユハビィも数日ぶりの自室へと戻っていた。

 先日に続き今日もずっと働き詰めで、全身の節々が悲鳴を上げている。

 運動神経は悪くないし、体力にも自信はあったのだが、重い瓦礫やシマモノの死骸を運ぶような筋力の酷使は経験がなく、筋肉痛に襲われたままベッドに倒れ込むしかないのだった。

 

「こんなのが次の女王様なんだぁ?」


「え?」


 布団に埋めていた顔を上げる。急に動かして首が痛いこととか、そんなのがどうでも良くなるくらいの異変――真っ白い直方体の壁のバケモノが、唐突にユハビィの前、ベッドと壁の隙間に挟まる形で出現していた。


 初めて出会う。だけど知っている。

 そう、知っている――

 その邂逅はユハビィの頭の中の、閉ざされた記憶の一部分を紐解いて蘇らせる。

 彼女の、本当の役割と。そしてこのシマに隠された謎の深淵。これまでのこと、そしてこれから先に起こる惨劇の記憶。それらが一斉に脳内に溢れ出して、その意思は真っ黒に塗り潰され――


「……わぁ、もしかして、噂の白いシマモノってあなたたちのことだったんですか?」

「うん……? 女王様?」

「女王様って、ワタシのことです? ワタシってこのシマの女王だったんですね? いやーえへへなんだか照れちゃいますね、そんな大それた器ではないと思うんですけど」

「うぅん……? 女王様、なんか、ヘン……? こいつ、が、全然消えてない……どぉして? フラン、どぉすればいいの……?」


 ――白い壁の怪物。

 名は、腐滅の宝刀魚フランディッシュという。

 性別は、どちらかと言えば女の子。このシマの、本来の住民たちの一人だった。

 今はその権限を奪われて、シマの中でそこそこ自由に、不自由な暮らしをしている。

 ニンゲンとは、少なくとも味方ではない。

 けれど積極的に敵対することもなく、出会わなければ、出会っても刺激されなければ、或いは気分が乗らなければ――ニンゲンを執拗に攻撃することは、あまりない。

 そんな彼女は、とあるタレコミ情報によってユハビィが女王の器であると知り、この晩、自らの役割に従って女王を迎えに来たのである。

 本当ならここでことで器としての記憶が刺激され、その意思を完全に女王のものに上書きすることができたはずなのだが……。


「あの、申し訳ないんですけど、ワタシ、このシマの人たちのこと、気に入ってるので――」


 何故か、ユハビィはその意識をまるで奪われず。


、今回はお休みっていうことにしません?」


 こともあろうに女王の役割を、放棄しようとさえしてみせたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る