「村を目指して」



 前回までのあらすじ。

 ワタシ、アーティさんに捨てられてしまいました。

 これから村で一人で生きていかなければなりません。

 果たしてどうなってしまうのでしょうか?



「そこで何をしているんですか、ユハビィ?」

「フライアちゃん!! とてもいいところに!! どうかワタシを助けて下さい!!」


 村の入口で茫然としていると、外からやってきて声を掛けてくれたのは、アディスさん一家のご意見番、フライアちゃんでした。

 隣には見慣れない緑色の髪のポニテの女性。どちら様でしょう?


「フライアちゃん、そちらの方は? アディスさん一家の方ですか?」

「いえ。この人はこの村で二番目に強いという、セイバーの方です」

「せいばー? ……あぁ、そういう防衛組織があるって、そういえば聞いたことありますね。初めまして! ワタシはユハビィです! ユハ子って呼んでくれてもいいですよ。緑髪同士、仲良くしましょう!」

「初めましてには違いないが、私は君のことを知っているぞ、ユハ子。君があのアーティに拾われたという子だろう?」

「え? アーティさんのこと知ってるんですか?」

「あぁ。彼を知る数少ない人間の一人だな。よろしく。私はフェルエルだ。困ったことがあれば何でも頼ってくれ。私に倒せない敵は存在しない」

「戦闘狂じゃないですか。誰も倒さなくていいんですよ。仲良くしましょう仲良く」

「ふむ。拳を交える以外の方法で他人と仲良くなる自信は無いが、努力はしよう」

「えぇ、努力は大事です。頑張る者は報われる。努力はきっと裏切らない!」


 フェルエルさんの手を取り、上下に振る。

 仲良くなるのに拳を交える必要などないのです。

 アーティさんといい、アディスさんといい、このシマにはどうもバトルオタクが多いですね。これはワタシがもっと頑張らなければならないかも知れません。ラブアンドピースですよ。戦うよりも、手を取り合わなければ!


「困ったことといえば。ねぇユハビィ、さっきの助けて欲しいって、なんの話だったの?」

「あーっ、そうですそれです! ワタシどうしましょう、アーティさんに捨てられてしまいましたっ! アーティさん……ワタシとのことは遊びだったんですか……よよよ……」

「うーん……否定しかねる……」


 案外本当に遊びだったのかも知れない。

 全く否定できないところが恐ろしい。


「これからは村で暮らせって、放り出されたんです。なのでフェルエルさん、村に住む方法を教えてください!」

「それは構わないが、だとすると先に仕事を見つけないとな。ユハ子は何かやりたいこととか、特技とかはあるか?」

「特技ですか? ………………」


 特技。

 ……とくぎ?

 かわいい、とか?


「可愛い……とかですかね、ワタシの特技」

「かわいいなぁユハ子。しかし生憎この村にはもう、可愛さが売り物になる場所は無いんだ。私が破壊してしまったからな」

「そんなっ……可愛さ十割引きと称されたこのワタシが何の役にも立てないなんて……!!」

「可愛さが残ってないなそれは。まぁ仕方ない。仕事探しついでに村の案内をしよう。元々そのつもりでフライアを連れて来たのだしな」

「そうですね。ユハビィ、一緒に見て回ろ?」

「……かっ、かわよっ……!? これが本物の可愛さ…………負けた……」


 前かがみになって微笑みながら手を差し伸べてくれるフライアちゃんが、まるで天使のようだった。後光が差して見えた。

 これは勝てない……。誰ですかこんな本物を連れて来たのは……。

 こんなの見せられたら、ワタシのプロフの特技欄から可愛いの文字列を消すしかないではありませんか……。


「……ふっ、大したものですねフライアちゃん。可愛さでは、完璧に負けました。これで一勝一敗ですね……!」

「私、知らない間に一敗してたんだ……なにで負けたんだろう……?」

「これからはライバルとして、お互いに高め合いましょう!!」

「うん……? よく分からないけどそうだね……? がんばろうね?」

「……フェルエルさんフェルエルさん、何なんですかこのフライアちゃんっていう子! さっきから可愛いが過ぎませんか!? 可愛いが渋滞してませんか!?」

「え、ごめん全然聞いてなかった。爪の手入れしてた」

「女子力!!」


 ワタシがフライアちゃんと戯れている間、フェルエルさんはこともあろうに爪のお手入れをしていた。大人だ……大人女子だ……。いつも心に余裕がある感じが凄く格好いい……。


「爪の手入れは大事だぞ。パンチの破壊力にも影響するからな」

「違った、ただの戦闘狂だった。よかった……」

「あと普通に清潔感とか大事だし」

「下げてから上げて来たッ!?」


 一瞬視界から消えるアッパーカットのような振れ幅で襲いくる女子力だった。

 確かに凄い破壊力じょしりょくだ。フライアちゃんの可愛さの影に隠れたダークホースかも知れない。恐ろしい人……!


「くっ……ワタシ、負けません……負けませんから……!!」


 そんな感じで、とりあえず一緒に村の案内をしてもらうことと相成りつつ、心の中で秘めやかに決意を固めるワタシなのでありました。



 *



「しぶとく生き残ってやがったってところには驚かねぇけど……まさか奥さんができてるなんてのは流石に考えもしなかったわ……。はぁー……あのおまえがなぁ……」


 ――村はずれの孤児院。

 そこに辿り着くまでに色々なことがあったが、アディスはひとまず、無事に仲間と再会するという一つ目の目標をクリアしていた。

 しかし、色々あったのは向こうも同じらしい。積もる話は施設の居間にて。キリムがお茶の用意をしている間、二人は久々の再会を懐かしんでいた。


「しかしよく俺が孤児院にいるって分かったな?」

「フェルエルって女から聞いた。どうなってんだこの村。いきなり殴られそうになったぞ」

「はっはっは。戦闘狂っていうならアディスも大概だろ?」

「俺は一応バトルの前に対話の選択肢があるっつーの」

「ただその一個次がもうバトルなだけ、だったか?」

「言って聞かない奴は殴るしかないからな」


 アディスが単独で村にやってきた目的は、先行偵察である。

 何せ相手は得体の知れない孤島に存在する謎の村。警戒する理由はそれで十分。しかしそれでピリついていたのがいけなかったのだろう。村に潜入する少し前に、彼はフェルエルに見つかってしまったのだった。


 一目見ただけで、戦ったら死ぬ、ということが分かった。

 アディスは確かに生粋のバトル派ではあるが、その分、彼我の戦力差に対する嗅覚もまた極めて優れていた。

 突如として目の前に現れた女が、人間の形をした化け物であることなど、その立ち振る舞い一つを見るだけで十分に理解できる。無駄な戦いは、避けられるならばそれに越したことはないのだ……。


 というわけで素直に事情を説明したのが彼にとっての幸運。

 フェルエルは確かに化け物だが、ちゃんと言葉が通じるタイプの化け物である。

 文字通り、話せば分かる。

 ということでゼンカという男を探していることを告げれば、それを知った彼女が孤児院へ案内してくれるのは必然だったわけだ。

 ただし、これについて彼は少しだけゼンカに感謝するべきではある。フェルエルが素直に案内した理由は、ゼンカの知り合いならば悪い人間ではないだろう、という彼への評価が根底にあったからだ。

 それが無ければ、事態がどんな顛末へ転がっていたかは分からなかったのだから。


 主に村の警備を担当するフェルエルにとっては、ついでにアディスから彼らの拠点となる船の位置を教えてもらい、それでギブアンドテイクの形だった。

 仲間に手を出さないことを条件に船の訪問を許可され、走って行ってしまったのが少し前のこと。

 船に残った面々はギグラを除けば不審者はいないので、フェルエルが手を出さない約束を守ってくれるならば悪い結果になることは無いだろうという雑な判断をしたが、実際のところその通りではあるので、それが裏目に出ることもきっと無いはずなのであった。


「……。色々と話すことは多かったんだけどな。しかし、そうか。……」


 ゼンカと、その周辺の様子を見て、アディスは頭をかく。

 生きていてくれたことは嬉しい。これ以上ない吉報だ。

 でも、それはもしかしたら、悪い知らせでもあるかも知れない。

 何せそれはつまり――


「…………ここからの脱出は、おまえでも手を焼くのか」

「はっはは。手を焼くどころじゃねー。今んとこ、足がかりすら掴めてない」

「笑いごとかよ」

「笑うしかねーんだよ」


 本棚から、ゼンカは一冊の本を持ってくる。

 本と言っても、ある程度同じ大きさに切りそろえられた紙を紐で縫い合わせたノートのようなものだった。確か、大昔の何処かの国の製本技術として見たことがある。分厚く見えるが、紙そのものが少し厚いようで、ページ数は見た目より多くないかも知れない。それでも、かなりの情報量であるように見えた。


「シマに来て三年ちょっと。俺が調べた情報の記録だ。やるよ」

「いいのか?」

「俺が持ってるより、ミレーユ辺りに直接見せた方が役立つだろうし」

「そうか。有難く受け取ろう」


 本を手に取り、めくってみる。

 そこにはゼンカが調べて来たシマに関する情報が事細かに記されていた。

 彼もシマの外では冒険者だった。こういう調査活動には慣れている。なので記録は直感的に見易く、丁寧かつ簡潔にまとめられていた。


「呪神……か」


 特に目を引く項目は、このシマに存在するという呪われし神々のこと。

 まだ会ってないが、数行目を通しただけでも、フェルエル以上の化け物であることが伝わって来る。

 倒して出るのは、不可能、か。


「新入りとして挨拶には行っとくか」

「あぁ。そうしとけ。シマから出ようとしなきゃ害はない連中だ」

「出ようとしなきゃ、な……」


 シマからの脱出を阻む難敵としての呪神。

 しかし、それだけだろうか。本当に害は無いのだろうか。


「あー……挨拶っつったら……」

「ん?」


 と、そこでゼンカは何かを思い出したように言った。ばつの悪そうな顔である。何だろうか。


「村長のとこには、絶対挨拶行っとけよ。うん。絶対に」

「???」



 *



 積もりに積もった話を一通り済ませ、出された茶菓子も空っぽにした頃。

 施設で暮らしている子供たちが続々と起床して来たため、子供に囲まれたくなかったアディスは一旦孤児院を後にし、村へと続く道をぶらぶらと歩いていた。

 孤児院は村はずれの丘にあって、道すがら村の様子が一望できる。日もすっかり昇り、人々の営みが続々と始まっているのが伺えた。いよいよこれからシマの一日が始まるわけだ。


 賑やかなあの村の人口は、およそ五百人程度だという。人の住む集落としてはそれほど多いとは言い難い。しかし村の総面積に対して住居や商店の間隔が狭く、お祭り時の神社の境内のように自然と人が密集し、活気があるように見えるのだろう。

 島民の大部分が中高年の男性。最果ての海域に挑む無謀な冒険者、または人生の終わりに海域に飛び込んでみたい者、或いは普通に流刑に遭うような犯罪者が村人の中心だから――とのこと。

 同じ男として恥ずかしいと一瞬思ったが、自分も同類だったとすぐに反省した。


「いやでも犯罪者が多いのは流石にダメだろう」


 苦笑しながら、とりあえず近くまで見に行ってみることにする。

 店も様々あって、通貨は外の世界で使われていたものが、国や時代を超えてごちゃまぜで用いられているらしく、外から持ち込んだお金もレートを無視して全てそのまま書いてある数字の通りに使えるとのことだった。

 どうせ二度と外の世界には戻れないのだから。ここでの貨幣価値など、数字の大きい方が強いくらいの認識で十分なのだろう。


 しばらく歩くと、道端に薄い桃色の小さな布切れが落ちていた。


「……なんだこれ。……ッ……!?」


 下着だった。

 しかも女物だ。

 案外初心なアディスは思わず手に取ったそれを投げ捨ててしまう。

 いったいどうしてこんなところにそんなものが落ちているのか。混乱する思考を落ち着かせながら周囲を警戒すると、よくよく見れば近くの草むらの影に衣服が散乱しているのが見えた。

 ――まさか誰かがここで襲われた?

 最初は驚いたが、これは何らかの事件が起きていると判断するに足る状況だ。

 アディスは声を上げて人の気配を探った。


「おいッ! 誰かいるのか!?」

「ひぅぃっ!」


 ――すると、ところどころに生えている身の丈の半分程の高さの茂みの裏から、悲鳴に似た声がした。


「そこにいるのか!? 大丈夫か!?」

「あわわわわっ、来ないで、来ないで下さいっ!!」

「あ? 来ないで…………って……………………」

「あ………………」


 そんなことを言われても、もう茂みの裏を覗き込むところだったアディスを制止するのにはあと一歩遅かった。

 果たしてそこには、一糸纏わぬ姿の、頭に黒い角を二本ほど生やした、謎の女が座り込んで身を隠していた。体を見られぬようにぎゅっと身を縮こまらせているが、それによって隙間からこぼれた乳房が生々しく色っぽい。


「……………………」

「……………………」


 アディスは何も言わずに目を逸らすと、茂みの裏にいた女に、脱いだ上着を差し出して言う。


「俺はその、人の趣味にとやかくは言わねぇけど……そういうのはせめて見つからないようにやってくれ……」

「ちっ、違うんですッ……違わないけど……! は、話を! 言い訳をさせて下さいッッ!!」

「やめてしがみつかないでッ、さっさと服を着て!!」

「はぁはぁ違うんです一旦お話をしましょうっ、お話! ね!? 私なんでも言うこと聞きますから! どんな恥ずかしい命令にも従いますから!! ああ私きっと乱暴されてしまうんですね、望むところです! カモンッ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁあああああッ、誰かッ、誰かぁぁぁぁぁああッ!! 変質者に襲われるぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅうううッッ!!」


 ――絶対に関わってはいけないことは察していたが、想像以上にとんでもない女だった。何より力が強い。軽く全力で振り解こうとしているのに振り切れない。服が破れそうだ。しかしここで逃げなければ、このままでは大事なものを奪われてしまう気がする。それだけは何としても避けなければ。例え背中にアーティさんのサイン刺繍をもらった一張羅を脱ぎ捨ててでも!

 アディスはその全裸の女を突き飛ばし、着衣が乱れるのも構わず一目散に逃げ出そうとした――まさにその時であった。


「…………何を。して、いるのですか……アディス」


「ふッ……フライア……い、いいところに来てくれた、た、助けてくれ……変態に襲われているんだ……!!」


 声を掛けられ、顔を上げたアディスの視線の先にいたのは――彼と合流するべく孤児院への道を歩いていた、フライア一行だった。

 アディスの方からすれば、それは助け舟のように見えたかも知れない。

 しかし逆からはどう見えただろうか。今ある事実だけを列挙するならば、全裸の女を茂みの奥に突き飛ばす、着衣の乱れた成人男性の姿がそこにはあった。

 ……そして少なくともフライアはそれをありのままそのように認識したし、それは隣にいるフェルエルも、ユハビィも、概ね同じようであった。


「アディス……。あなたまさか、自分は船長だから捨てられることは無いって本気で思ってるんじゃないでしょうね」

「違うんですフライアさん、これはマジで本当に違うんです……」


 三人分の冷たい目線を浴び、何やら致命的な誤解を受けていることを悟ったアディスの額に、じわりと嫌な汗が浮かぶ……。


「違わない。私は何も見間違わない」

「べっ……弁護士を呼んでくれ!! 法律ッ、法律はどうした?! 俺を守ってくれ、司法ーーッ!!」

「呼んでも助けなど来ませんよ。ギルドにも所属しない自称冒険者風情が、法に守ってもらえる道理などあるはずがないでしょう?」

「うわーーーーーーーーッ、嫌だッ、まだ何か手があるはずだッ! こんなところで社会的に死にたくないッ!! 変態の烙印なんか押されたくないーーーーーッ!!」


 叫びながら地面をのたうち回るアディス。形振りなど構っていられないくらいの狼狽っぷりだ。あと数十秒で死ぬんじゃないかというくらいの必死さである。

 流石にそんなものを見せられては、フライア以外の二人はドン引きして冷静にならざるを得なかった。


「……フライアちゃん、アディスさんがこんなにも無様に転げ回って弁明の機会を求めてるんです。お話くらい聞いてあげましょう……?」


「あぁ。私も正直成人男性がこんな風にのたうつ姿がここまで居た堪れないものだなんて知らなかった……。話を聞いてやれフライア」


「おまえら好き放題言い過ぎじゃね!?」


「……はぁ。仕方ないですね。言い訳があるなら簡潔にどうぞ」



 二人の説得もあり、ようやくフライアも話を聞くモードになってくれたのであった。

 二度と出られないかも知れないこんな場所で、社会的に死ぬなんて冗談ではない。

 ギリギリのところで人権を守り通し、アディスは全力で胸を撫で下ろすのであった……。



 *



「ごめんねアディス。つまり変態だったのはこっちの角女だったのね」


 かくして、侮蔑と軽蔑に満ちたフライアの視線は、改めて角の生えた半裸の女に向けられることになったのだった。


 円滑な話し合いのために一旦服を着てもらったところ、下はジーンズなのに上がビキニという扇情的なスタイルだったのはまだいい。そういう文化圏の人なのかも知れないし、海賊の女は結構そういう格好をしていることがないわけでもないからだ。

 しかし周囲から寄せられる冷ややかな視線に対し、それはそれで、と恍惚の顔をしていたのがだいぶいただけなかった。これが極めて厄介な変態であることはもはや白日の下に晒されたも同然で、説明不要。彼女が変態であることに、言葉は要らない。


「変態ではありませんよ、人の子。私は呪神メロウ。この世界の海を統括する偉大なる神なのです。フフフ、驚きましたか?」

「今更凄んでも全く心に響かないわ」

「ルエちゃん! この子冷たいっ! 氷みたい!!」


 フェルエルのことをルエちゃんなどと呼ぶ辺り、知った仲ではあるらしい。

 けれどそのルエちゃんの顔面に貼り付けているだいぶ嫌そうな表情が、二人の関係をよく物語っていた。


「フライアの方が正常な反応だと思うし、申し訳ないとも思わない」

「がぁん…………!! 悲しい……もっと敬われたい…………神様なのに…………」

「よしよし……。この人、フェルエルさんの知り合いなんですか?」


 ショックで倒れ込むメロウの頭を撫でながら、ユハビィはフェルエルに訊ねた。


「知り合いというか、一応シマの守り神、と言って良いんだろうか……?」

「守り神? 何から守ってくれるんです?」

「台風とか、異常気象とか」


 フェルエルが答えると、それだけじゃないです! とメロウが割って入る。


「――海の大型シマモノが上陸していかないように見張ってたりもしますよ! 私がいなかったら【居住区】だって人が住めるような場所じゃないんですからね! もっと私を褒めて、崇めて、信仰してくれてもいいんですよ!!」

「感謝はしている。ただその分を差し引いても、かなり迷惑を被っているんだよなぁ、という気持ちが勝つんだよ。贔屓目に見ても」

「なるほど。つまりメロウさんは疫病神なんですね」

「やっ……やくびょうがみ!? ……ちがうもん、……めろうやくびょうがみじゃないもん……」

「よしよし、泣かない泣かない」

「泣かせた張本人だよねユハビィ」


 子供に泣かされるメロウであった。


 見た目は温和、性格も温厚、性癖だけが異常、それ故に粗雑な扱いをされがちな彼女ではあるものの、一応はウグメと並ぶ戦闘能力を持つ呪神の一角である。

 ウグメと違い、シマの外に出ようとする者を妨害する役割は持たず、その絶大な力は専ら人間のために用いられている。彼女の名誉のために補足すると、彼女の存在は村人たちが思っている以上に有益、それどころか村にとって必須であると言っても過言ではないのだ。


 恩恵として実感し易いのは、フェルエルの語った通り、台風などの気象災害からの庇護だろう。

 シマは年に数回、凄まじい暴風災害に見舞われることがある。その規模は現状シマで建造可能な建物など軽く破壊し尽くしてしまう程であり、シマで最も強固に作られているセイバーズ本部ですら、直撃を受ければ甚大な被害が出るだろうという試算がある。

 一般家屋など残らず全壊、農作物は全滅、食料の貯蔵庫も吹き飛ぶ。一発で村人の半数近くが命を落とす、未曾有の大災害になると。

 こんなものが年に数回もあっては、このシマに文明など維持できようはずもない。

 それを、メロウがその力をもって村の耐えられる威力にまで軽減、もとい調整しているのだ。……いっそ完全にゼロにしてくれれば良いのにとは誰もが思っているが、そうしないことについては「これが調和です」とのこと。


 対して人間からは実感し難いのが、海底に生息するシマモノの封殺である。

 海の中にもシマモノは多数棲息している。

 それも陸地のシマモノより強力な個体が、ヒトの想像力など遠く及ばないくらいの数で群生している。それらは放置すれば昼夜を問わず地上への侵攻を繰り返し、どんな高度な文明だろうと圧倒的な物量で飲み込んでしまうことになる。

 しかし実際にはそのようなことは一度も起きておらず、村は現状、海からの攻撃に対してはほとんどノーガードに近い暮らしを続けている。それが全てメロウのおかげなのだ。彼女がいるから、村人たちは何も知らず、森から来るシマモノの処理をセイバーズに任せっきりにし、夜は呑気にスヤスヤと眠っていられるわけである。


「海の底には、こわぁいシマモノがいっぱいいるんだから……私がいなきゃ、このシマ、というかこの星の文明なんか、一夜で滅ぶんだから……」

「そんなことしてんのか、この変態。ん? でも普通にクジラの化け物と戦ったぞ俺」

「あぁ、それは海底じゃなく浅いところで育った個体だな。海底のシマモノより脅威度は低いし、から無視していい――だったか?」

「そうですそうです。シマモノだからと言ってむやみやたらに怖がる必要は無いんですよ。生命は、住み分けが大事なのです。どんな化け物でも、一線を越えなければ害は無いのですから!」

「――とか言ってるが、話半分で聞き流していいぞ。このシマに棲んでるのはその一線を軽々飛び越えて来る化け物ばっかりだからな」

「変態な上にミスリードまでするんですか、この角女」

「散々な言われようじゃないですか私!? 神様なのに!!」

「これに懲りたら刺激的な遊びは控えることだな」

「そんなぁ……」


 しかしこの日以降も別段、メロウの変態行為の頻度が減ったなどということはないのであった。



 *

 


 メロウを追い払って村へ向かう一行だったが、話題は引き続きあの変態角女のこと。今度は恩恵ではなく、彼女の齎す実害の話。要するに陰口。


「女同士なら効果は薄いが、メロウは人魚でな。魅了チャームの呪いを常にばら撒いている。あいつが村に遊びに来ると、その影響を受けた男どもが数日単位で使い物にならなくなるんだ」

「厄介過ぎるだろそれは」

「アディスは大丈夫でしたね?」

「そういやそうだな。なんでだ?」

「それは恐らく今着ている服のおかげだろう。特にその、背中の刺繍から感じる魔法防御力……かなり腕のいい魔法道具職人の品とお見受けする。どこで手に入れたんだ?」

「アーティさんマジすげぇ!?」


 サインを貰っていなかったら、魅了で数日使い物にならなくなっていた……それどころか、その場合は誤解を解くどころの騒ぎではなく、本当に取り返しのつかないことになっていた可能性もあったのだ。

 あぁ、だから『来ないで』だったのだとアディスは思い返した。

 裸を見られることよりも、メロウは多分、魅了そっちの方を気にしていたのだ。その後の暴挙は恐らく、この上着によって魅了が防がれていることに気付いたからだろう。取っ組み合いになった時点で彼女は体を隠そうとしていなかったので、やはり見られること自体はむしろ望むところだったに違いない……。

 そんなわけでアーティは紛れもなく命の恩人なのであった。

 今度ちゃんと挨拶に行かなければと、心の中で固く誓うアディスだった。


 ちなみにアーティには別にそのような意図はなく、アディスの上着に宿った魔法防御力は、神器による攻撃の痕跡である。

 理を超えた力を振るえば、人間には制御不可能な傷跡がどうしても残ってしまうものだ。

 物理的な影響でいえば放射能のようなもので、それの魔法版。

 神の力の残り香。

 悪い影響が出れば、残穢ざんえ

 良い影響ならば祝福などと呼ばれるだろう。


 今回の場合は神器を使ったアーティ自身に害意が無かったため、たまたま良い影響が出たものと考えられる。或いは彼の操る神器そのものが、最初からそういう性質を持つのかも知れない。



「さて、まぁ道中色々あったが……」



 存分にアーティへの感謝をしながら、アディスはいよいよ、活気あふれる村の広場に辿り着く。



「――改めて、ようこそ。私達の村へ」



 先導していたフェルエルはその賑やかな景色を背に、自慢げに手を広げるのだった。








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