Chapter 4 マーマデュークとエリシス
ディナンドにある旅人たちの酒場『さえずる小鳥亭』、そこでアスト達は今後の方針を相談しあっていた。
今、その場ではマーマデュークが、今回奪われた霊樹のことを説明していた。
「先ほども言いましたが、霊樹とは王国の宝、厳重に管理・栽培されているものです」
その言葉にリディアが答える。
「霊樹って……、さっきの話でも思ったんですけど、『奪われるほどのサイズ』のものなんですね? てっきり、巨大な大木のようなものだと思っていたんですけど」
その言葉にエリシスが答える。
「そうだよ。霊樹とは、正確には『ある場所』にある、本体の大霊樹の枝の事……。大体、大人の人間ほどの高さの木を、特殊な容器に植えて魔法的に保存してあるものなの。だから、持ち出そうと思えば、出来ないことはない。普通はやらないけど」
その話に、マーマデュークがさらに補足する。
「霊樹は、霊樹の巫女の歌に反応して、小さな種『霊種』を生むのです。それは、新たな霊樹を生む力こそありませんが、強力な生命の神秘の力を内包し、多くの魔法の触媒になるかなり貴重なものなのですが……」
その言葉にアストが反応する。
「もしかして、その霊種が……」
「そうです。今回我々が欲している霊樹の素材とは、まさしく霊種の事ですよ」
マーマデュークは大きくうなづく。アストは顎に手をやりつつ言う。
「聖バリス教会も、おそらくそれが欲しくて、霊樹をわざわざ奪うのようなことをしたんでしょうか?」
それに答えたのはエリシスである。
「そうだと思う。霊種を手にすれば、大体の大規模魔法は扱えるようになるし、彼らが研究しているであろう魔法兵器の素材にもなるし」
「それは……かなりマズい事態が想像できますね」
アストの答えにマーマデュークは大きく頷く。
彼らが霊樹を手に入れて、その先どうするかはわからないが、わざわざ特戦兵まで使っているからには、明確な目的があることは容易に想像できる。そして、それは大方の場合、他の民族にとって最悪の事態を招くことになるだろう。
難しい顔をして考え込んでいるアストを見て、エリシスが困惑の表情をしながら疑問を口にする。
「それで? そちらの方は何を目的にそんな霊種を欲しがっているの?」
「む……」
そのエリシスの言葉にアストはどうしたものかと言い淀む。
それを見たエリシスは怖い顔で問い詰めてきた。
「もし……それがよからぬことなら、私としても君たちをどうにかしないといけなくなるよ?」
「それは……、我々は……」
「君たちが『希少なる魔龍討伐士』だってことはわかるけど……だからと言って、それだけで信用されるとは思わない事ね」
それは当然と言えば当然の話であろう。
アストが困った顔で言葉を選んでいると、マーマデュークが代わりに言葉を返した。
「なんとも……、長老様はあなたに詳しい話をしていないようですね……。ようは聖バリス教会の魔法兵器に対抗するためですよ」
「!!」
その答えにエリシスは驚愕の表情を浮かべたのち怒りの表情をつくる。
「貴方たち……、他民族の戦争に私たちの民族の秘宝を利用しようっていうわけ?! そんな事許されるはずがないでしょう!!」
「……」
アストはエリシスのその答えに頭を抱える。
マーマデュークも言い方を選んでほしかったんだが――。
「いやそれは……」
アストは何とかエリシスの怒りを抑えようと言葉をかけようとする。
しかし、エリシスはアストの存在をいないもののように無視して言葉を続ける。
「アンタたちもあの下衆な赤の民と同じだね。戦争なんかに秘宝を利用するって?! 馬鹿言いなさいな……」
「……貴方に何がわかるのですか?」
不意にマーマデュークが感情の籠っていない顔でエリシスに言う。
「マーマデューク?」
「安全なところに籠ってただ嵐の過ぎるのを待つだけの……、自身が傷つく気もないあなた方に何がわかると?」
「な!!」
マーマデュークの言葉にエリシスは驚きの顔を隠せない。
マーマデュークは驚くエリシスを無視して冷たい目で言い放つ。
「私は……大切な相棒を失いました……。命を懸けて、命を預けて、常に共にあった相棒を失いました。……私は後悔していますよ。もしあの時、最後の瞬間にも共にあれば、彼を救うことが出来たかもと……。それがかなわぬとも、共に逝くことが出来たかもと……」
「そんな事!!」
「……知った事ではないと? 貴方がたはいつもそうですよね? 戦をすることは下のものがすること、自分たちは綺麗で安全な場所で手を汚さない……。そのくせ命を懸けて自分たちを守る下のものたちの汚れを、嫌悪の目で見て蔑んでいる」
「マーマデューク……」
「だから私は国を、故郷を捨てたのですよ……。あなた方のような傲慢が我慢ならなかったから」
その言葉はエリシスの怒りに火をつける。
エリシスは椅子を蹴って立ち上がると、マーマデュークのもとへと歩いていった。
「マーマデューク!! あんた……」
「なんでしょう?」
その怒りを平然と受け流すマーマデューク。エリシスの腕がマーマデュークの襟にかかった。
「エリシス……、貴方は他人のためにどれだけ傷ついたことがありますか?」
「何?」
「ただの傷ではありませんよ? 命を失うほどの傷を……他人のためにどれだけ受けましたか?」
「そんな事!!」
「……男がやること。そうですよね? あなたは典型的な緑の民ですから」
「く……!!」
その二人の様子にさすがに見ていられなくなったアストは、少し強引に間に割って入って言った。
「マーマデュークさん! 落ち着いてください!! エリシスさんも……!!」
「男が……一族のやり方に口を出すな!!」
そんなアストを完全に無視しつつエリシスは言う。
マーマデュークは薄く笑って言った。
「アストさん……どうです? これが緑の民です……、男には元から発言権はないんですよ」
「う……」
本気でエリシスに無視されて――、マーマデュークの言葉を受けて、アストは次の言葉を出せなくなった。
さすがに、この事態に至ってリディアが口を開く。
「エリシスさん!! 待ってください!!」
「……」
その言葉にやっと動きを止めるエリシス。
「これは大陸全体の存亡にかかわる事なんです!!」
「何それ……、適当なことを言うつもり?」
「そうではなく……」
リディアは一所懸命これまでのいきさつを説明する。
鉱山都市ロイドや、デンバートにおける聖バリス教会との争いにおける、魔法兵器との闘いとその危険性に始まり――、
カディルナ中部地方における大切な仲間との別れ――、
その時に聖バリス教会が行っていた、ソーディアン大陸全体にとって脅威になりうる悪しき研究――。
――そして、そのために必要な”
「ふうん? 黒の部族……、とはいえ女のいう事だから……本当の事なのかしら?」
その言い方に、さすがのリディアもカチンときているようで、頬を引きつらせて笑顔を無理やりつくっている。
――なんとまあ、マーマデュークに聞いてはいたが――、本当に男の話は聞かないらしい。
「まあいいわ……、それならそれで、霊樹を取り返した後で長老様と話し合うべきことだしね」
「そうですね」
マーマデュークは心底冷たい目でエリシスにそう答えた。
アストはその様子を眺めながら考える。
(この二人……仲が悪いのかな? いや……どちらかというと)
そう――、どちらかというとマーマデュークの方が、彼女らの事を嫌っているように思える。
エリシス自体は、彼をお婿にしようと頑張っているようだし――。
アストはこれからどのような旅になるのか、頭を悩ませつつため息をついた。
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