Chapter 15 動く大群狼

 大陸歴990年――。

 月が7月に変わったばかりのこの日、アスト達はデルバートに滞在していた。


 先のラギルスとの最後の戦いからすでに数日が過ぎていたが、アスト達は討伐士組合で何をするでもなく、今日もただ集まって黙って食事をするだけであった。


「ふう……」


 また、リディアが溜め息をつく。これで今日何十回目であろうか。それに反応するように、アストも溜め息をついた。


「あのさ……」


 不意にリックルがアスト達に声をかける。


「暗い……暗いよ……。もう少し、何とかしないとダメになるよ」

「……そうだな」


 リックルの言葉にアストが同意する。


「このまま、溜め息ばかりついて、無為に過ごすのは良くない。何より、俺達にはやるべき仕事があるはずだ」

「それは、そうだけど……」


 リディアが暗い顔でアストを見つめる。


「なにか、やる気も何も消え失せたように、何をする気も起きないよ」

「リディア」


 リディアの言葉はもっともだ、この間まで楽しく喋っていたラギルスが死んだのだ。そのショックは、アスト達の心を思いの外深く傷つけていた。それでもアストは、なんとか気分を奮い起こす。こんな姿をラギルスに見られたら、彼はどれだけ嘆くか想像できた。


「リディア……立て……。ラギルスに叱られるぞ?」

「その通りだよ……」


 不意に誰かから声をかけられる。


「ジェラさん?!」


 リディアが声の主を見て叫ぶ。

 ジェラは微笑みをたたえてそこに立っていた。


「もういいんですか?」


 アストがジェラに問いかける。

 ジェラはアーロニー村でラギルスを弔い、この街に帰った直後から、塞ぎ込んで部屋から一歩も出てこなかったのだ。皆が心配するのは当然であった。


「もう、大丈夫さ。あたしにはラギルスとの赤ちゃんがいるんだ。嘆くばかりじゃ、赤ちゃんを守れやしないからね」

「ジェラさん」


 ジェラの瞳には、強い意志が宿っている。

つい先程まで、部屋にこもって泣くばかりだったジェラを見ていたリディアは、驚きの表情でジェラを見た。アストは心の中で思う。


(そうか……。まさしく母は強しだな……。嘆くばかりじゃダメだと、彼女が一番理解しているんだ)


 そのジェラの姿は、その場にいる誰よりも強く見えた。


「どうやら、心配ないようですね」


 不意に、アスト達に声をかける者がいた。


「マーマデューク!」


 ジェラがその声の主の名を叫ぶ。


「はい……、大事な相棒の死に目にもあえず。このような遅い到着で申し訳ないです」


 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げるのはマーマデュークであった。


「私が居れば、ラギルスを逃がすぐらいはできたはず…….」

「マーマデューク……」

「……」

「怒るよ?」


 ジェラがマーマデュークの言葉を遮る。マーマデュークは素直に謝る。


「そうですね……。ラギルスの死は誰のせいでもない。彼はやるべきことを、自らの意思で決めて、そして旅立ったのでしょう」

「そうだ……。最後まで無茶な馬鹿野郎だったよ」


 ジェラがそう言って笑い、マーマデュークもそれにつられるように笑った。


「しかし、マーマデューク。お前どうしてここにいるんだ?」


 ジェラがマーマデュークに問う。

 マーマデュークは真面目な表情になって、ジェラに答えた。


「ええ、じつはここに貴方達と一緒に滞在している、バルディというかたに呼ばれまして……、何やら大切な話があるとか……」

「バルディさんに?」


 アストがマーマデュークに向けて疑問符を飛ばす。

 そう、バルディとフィリスもまた、アスト達と一緒にデルバートに滞在していた。その彼らは、今日はまだ討伐士組合に顔を出していないが。

 ――と、丁度その時、討伐士組合の扉を開いてバルディ達が入ってきた。バルディ達はアスト達と共にいるマーマデュークを見て、頷いてからアスト達のところへとやってきた。


「ふむ……。揃うべき者は揃っているな」

「バルディさん」


 バルディの言葉にアストが反応する。


「何か話しがあるんですか?」

「ああ、これからのソーディアン大陸の未来に関わる話しがある」

「!」


 アストの言葉に対するバルディの答えを聞いて、その場の皆が驚きの表情を浮かべる。


「大陸の未来って……。いきなりだね」


 ジェラが笑いながらバルディを見る。

 バルディは至って真面目な表情で答える。


「今からの発言は、まさしく大陸の未来を決める言葉だ、そうだな? フィリス……」

「ええ……」


 バルディの後ろにいたフィリスが真剣な表情で前に出る。


「フィリスさん?」


 アストのその言葉には反応せずに、静かにフィリスは語り出した。


「私は、今の大陸の様子を知るため、これからのボーファスの行くべき道を知るために旅をしてきました。そして、その中で多くの悲劇を見てきました。はっきり言って、これから起こるであろう災厄を回避するには、大陸の全人類が手を取り合う必要があります」

「災厄?」


 リディアのその問いにフィリスは答えを返す。


「白の民の天帝継承者は、代々ある能力を受け継ぎます。それは遠隔未来視。私はそれで、ソーディアン大陸の滅びを見たのです」

「!!」

「だから、私はその回避法を探すべく、異邦人であるバルディを顧問として、大陸を旅していました」


 ジェラがフィリスに言う。


「でも、全人類が手を取り合うって言っても。聖バリスの連中は……」

「ええ、たしかに彼らはあまりに手段が強引です。大陸に悲劇をまく役にしか立っていません。でも、彼らとも手を結ばないと、災厄は回避出来ない……」

「でも……」


 リディアがそう呟く。フィリスはその呟きを聞いて頷いた。


「……そう以前までは思っていました」

「え?」


 フィリスの言葉にアストが疑問符を飛ばす。

 フィリスはそれに答えた。


「私の考えは間違いでした。それが今回の一件で分かりました。聖バリス教会のやっている実験こそが、ソーディアン大陸を破滅に導く災厄の前兆だと理解できました。だから、私はこの場で、天帝フィリガナムの名において宣言します」


 フィリスは――天帝フィリガナムは、一瞬考えてから宣言したのである。


「我がボーファス帝国は、聖バリス教会圏諸国を正すために、かの国々に向かって宣戦布告をする!」


 それを聞いた、その場にいる全ての人は、驚愕の表情を浮かべた。



◆◇◆



 大陸歴990年7月の初め――。

 ついに、南東の群狼、ボーファス帝国が動いた。

 ボーファス帝国十二狼軍は、集結しジグラバットの大防壁へと進軍した。聖バリス教会圏諸国は、その大軍勢に対抗する為に、統一使徒軍を再編成するしかなくなった。

 こうして、カディルナ中部地方に侵攻していた軍勢は一時撤退するしかなくなり、彼らに占領されていたハーヴィスは解放されたのである。


 今までにない大戦争が始まろうとしていた。


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