Chapter 8 分かれ道

「おい!! 金髪!! 聞いてんのかよ!!」

「や……やめてよ……」

「うるせえぞ金髪!! 化けもののくせに!!」

「私は化け物なんかじゃ……」


 子供たちの声が森に響く。

 そこはアーロニー村のはずれの森であった。


「やめてよ!! いたい!!」

「この金髪!! かつらだろ!!」

「違うもん!! 私は……」


 それはどこの世界でもある光景――。

 どこか自分たちと違う異端者を、それだけで悪と決めつけて断罪する――。

 いや――彼らは彼女を悪とすら思っていないかもしれない。

 ――ただ日頃の鬱憤を、弱い者にぶつけるだけのただの遊び――。

 そして、その光景の後にはいつもの通り――。



◆◇◆



 アスト達は今、カディルナ中部地方の東端にあるダグラルフの酒場兼宿屋にいた。

 アスト達はすでに、旅に備えて寝てしまったが、酒場にはラギルスとジェラが残っていた。


「いや~~~!! うまいね!! 故郷の酒は!!」

「いや……故郷っていっても、まだカディルナ中部地方に入ったばかりだろ? そもそも、故郷の酒もフォーレーンのと変わらないし……」

「何だジェラ!! 故郷に帰れて嬉しくないのかよ!!」


 ラギルスは酒に酔ってジェラに絡む。その手はしっかりジェラの豊満な胸を掴んでいる。


「ほんと……困った男だねラギルス……」


 そのラギルスのセクハラ行為を気にも止めず、呆れた表情で笑うジェラ。


「ホント……こいつは昔から変わらない……」


 そのジェラの瞳は、とても優しく慈愛に満ちている。

 ジェラは思い出す。子供のころの故郷での彼との思い出を――。



◆◇◆



 ジェラは青の民である。当然、その故郷が黄の領域であるカディルナの地であることは、明らかにおかしな話である。

 実のところ、彼女の両親は黄の民との交易を生業とする交易商であった。しかし、母親がこの地でジェラを身ごもった時に、父親が事業に失敗・急死してこのカディルナからゲイランディアへと帰る手段を失ってしまったのである。

 母一人子一人でアーロニーに移り住んだジェラは、そこで黄の民の子供たちに囲まれて育つこととなる。しかし、子供と言うのは残酷なものである。明らかに自分達とは違う異端であるジェラを快くは受け入れなかった。

 いつしか、ジェラは黄の民の子供たちにいじめられるようになっていた。


「おい金髪!! てめえの目はキモイんだよ!!」

「いたい!!」

「青い目なんてしやがって!!」


 ジェラはいつものように、子供たちに囲まれて痛めつけられる。

 今日、大人たちの前で自分達に対して反抗するような生意気な言葉を発したからである。それは、普通なら気にも留めない些細なことであったが、異端者が口に出すのは重罪だと判断された。

 そして、今日も子供たちによる、異端者への罰が与えられる。


「いたい!! やめて!!」


 ジェラは涙を流す。

 なぜ金髪に生まれたのであろう?

 なぜ青い目で生まれたのであろう?

 そうでなければ私は――、


「やめろ!!」


 不意にどこからか怒声が飛んだ。

 子供たちはそちらの方を一斉に見る。そこに、手に木の棒を持った少年がいた。


「てめえ……ラギルス……。またかよ……」

「お前らこそ、もうジェラをイジメるのをやめろ!!」


 それは、ジェラの家の隣に住むラギルスであった。

 ラギルスは両手に木の棒をもって、いじめっ子たちを威嚇する。


「これいじょうジェラをイジメるなら!! 希少なる魔龍討伐士であるこのラギルス様が許さん!!」

「は……何が希少なる魔龍討伐士だよ……。俺らに勝てるのかよ」


 イジメっ子たちは集団でラギルスを取り囲む。喧嘩が始まった。


「ラギルスにいちゃん!!」


 ジェラが涙ながらに叫ぶ。喧嘩は一方的であった。

 当然のごとく、数の暴力にはラギルスも勝てなかったのである。

ボコボコに殴られ蹴られ、武器である木の枝も折られるラギルス。それを見てジェラは泣き叫んだ。


「ごめんなさい!! ごめんなさい!! にいちゃんをゆるしてあげて!!」

「ジェ……ラ……」

「ごめんなさい!! 金髪でごめんなさい!! 青い目でごめんなさい!! 生意気なこと言ってごめんなさい!!」

「……」


 ジェラは泣きながらいじめっ子たちに懇願する。

 ――と、その時、


「謝るな!! ジェラ!!」

「にいちゃん?」

「お前は絶対悪くない!! 大丈夫だ!! 俺は!!」


 ラギルスは地面の砂を掴みながら叫ぶ。


「俺はお前を守る……。希少なる魔龍討伐士なんだからな!!」


 そのまま掴んだ砂をいじめっ子たちに叩きつける。

 彼らはいきなりのことに、その場で咳き込んだ。


「この!!」


 ラギルスはいじめっ子たちに向かって突撃する。

 彼にとって数の差などどうでもいいことだ。


「にいちゃん!!」


 ――なぜなら。

 彼はたとえ子供だとしても、その心は弱きものを守る戦士なのだから。

 そして――、


 結局、ラギルスはイジメっ子たちの数の暴力に敗北した。

 でも彼らを引き下がらせ、ジェラのいじめを止めることには成功した。


「ラギルスにいちゃん……」

「なあ……ジェラ」

「なに?」

「金髪で青い目であることを、もう謝っちゃダメだぜ?」

「……」

「だって、こんなに綺麗なんだから……」


 ラギルスはそう言って笑う。ジェラは頬を赤くして――そして笑ったのである。


 それからジェラはラギルスと共に、アーロニー村のために働いた。

 それは村に受け入れてもらうための行動であったが、同時にラギルスの想いがジェラにも宿ったからでもああった。

 そして、成長した彼らは、本物の希少なる魔龍討伐士として村を旅立つこととなった。



◆◇◆



(あれから、もう何年だろうね……。相棒の座はマーマデュークに譲ったけど……)


 酒に酔って眠りこけたラギルスを優しげに見つめるジェラ。

 その瞳はどこまでも優しくて。


「ラギルス……こんなところで眠るな……」


 そう言ってラギルスを担いで部屋へと向かうジェラ。


「仕方のない……」


 そう言ってラギルスの部屋へと入った時、不意にラギルスがジェラを抱きしめた。


「ジェラ……」

「どうしたのラギルス?」

「綺麗だ……」


 ジェラは不意にそんな事を言われて頬を赤くする。

 そして――、


「知ってるよ……。いつも言ってくれるでしょ?」


 そう言ってジェラはラギルスをベッドに寝かせた。

 そのままジェラは、その一晩をラギルスと共に過ごした。

 その夜の月は、いつも以上に明るく輝き恋人たちを照らしていた。



◆◇◆



 翌日、ダグラルフを発ったアスト達は、街道の途中でラギルスたちと別れることとなった。ラギルスとジェラはいつも以上に仲良く連れだって北へと向かっていく。

 その背後を見ていたアストがふと何かを感じた。

 だが、それが何か、その時のアストにはわからなかった。


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