機龍世紀3rdC:暗黒時代~黒髪の騎狼猟兵
武無由乃
Prologue ソーディアン大陸へ
僕が住む村には神社がある。
それも普通の神社とは違う、世間に知られていない特異な神をまつる神社である。
――ただの小学生である僕がなぜそんなことを知っているかって? それは当然の話だ、なぜなら僕はその神社の跡取り息子なんだから。
「
「うん? 聞いてる姉ちゃん。マジ聞いてるって」
そう言って僕は適当にごまかす。
ホントは詰まんなくて空想の世界に突入していたのだが、まあいくらこの姉でも心までは読めまい。
「それで……我が神社での本尊は
この話何回聞いたっけ?
――そう、かつてこの地を荒らしていた龍神・
もう耳にタコなんだが姉ちゃん。
「その時、使った剣の名前を答えなさい」
「え?」
いきなりの質問に僕は絶句してしまう。そんな話しあったっけ?
「やっぱり聞いてない。さっき言ったばかりじゃないの!」
「う……ごめん、姉ちゃん」
さすがに姉ちゃんのほうが一枚上手か。そのまま僕は姉ちゃんのお説教を長々と喰らうことになった。
「ふう……それで、なんでそんな話をしたか、自分でも理解しているわよね?」
姉ちゃんがそう言って僕を睨み付ける。それは当然――。
「僕が禁足地に入り込もうとするから」
「そうよ!! これで何回目なの?! 神社の裏の洞窟には入っちゃダメって、昔から言われてるのに!」
「……」
僕は不服そうに地面にのの字を書く。
「洞窟は
「でも姉ちゃんはこの前はいったじゃん」
その僕の言葉に一瞬驚いてから姉ちゃんは言う。
「それは、あたしが次の
「……俺も入ってみたい」
僕はそう呟いて姉ちゃんを見る。姉ちゃんは困った顔でため息を付く。
「好奇心を押さえられないことは分かるけど……。でもダメなのよ?」
――そう、かつての僕にとって、裏山の洞窟は入らないことが当たり前の事であった。
その事に疑問を持ったことはなく、これからもないと思っていたが――。
姉ちゃんが最近神子に選ばれ、洞窟に入ったと知らされてから、僕の好奇心が異様に疼くようになったのだ。
「僕が神子じゃダメなの?」
「ダメに決まってるわお子様が」
「く……、そんなに違わないだろ!」
そう、僕の姉ちゃん・
「父さんも母さんもいなくなって……。お婆様がこれ以上続けられないなら私がやるしかないのよ?」
僕の両親は僕がまだ幼稚園の頃に二人そろって姿を消した。
それから、祖母が――そして姉が親代わりとなって、僕を育ててくれたのだ。
いわば姉ちゃんは、母親も同然なのだが――。
「でも」
僕はそれでも食い下がろうとする。本当のことを言うと、僕は姉ちゃんが心配だった。
得体の知れない場所に行ってもし帰ってこなかったらと思うと、――僕は。
「いい? もうこんなことしちゃだめよ?」
そう姉ちゃんが言う。僕は仕方なく首を縦に振った。
◆◇◆
その夜、月に数回の聖域のお清め式が行われた。
姉ちゃんは神子の装束を纏って、禁足地へと足を踏み入れて行った。その日姉ちゃんは少し考え事をしていたのか、禁足地の入り口の鍵をかけずに式に向かってしまった。僕はその瞬間を見てチャンスだと思った。
中に入って確かめることが出来る!
ただそれだけを考えて、禁足地の入り口の鉄格子をくぐった。それが僕の未来を大きく歪ませることになるなんて全く気付きもしないで――。
「……」
僕は懐中電灯を手に奥へと向かい歩いていく。
(こんなくらい道よくろうそくの灯だけで歩けるな。姉ちゃん)
僕はおっかなびっくり、不整地を慎重に歩いていく。そして――、
「……」
姉ちゃんが何かをしゃべる声がかすかに聞こえてきた。それは聞いたこともない呪文で――。
「部蛇流菩有……。阿須戸羽流……。場字流背無……」
「なんだ? これ……」
そのまま僕は慎重に姉ちゃんの声が聞こえる方へと歩いていく。そして、それが見えてきた。
「!!」
僕はなんとか口を押えることに成功した。
そこは、洞窟をくりぬいたホールのような場所であり、その中心に小さな社があった。僕が驚いたのは、そのホール全体が火もなく、うっすらと青白く光っていたからだ。
「なんで光ってるんだこれ?」
僕はその現象に思い当たるふしはなかった。とりあえず懐中電灯の明かりを消す。
「あそこに……姉ちゃんが」
青白く光るホール。その中心にある小さな社。
姉ちゃんの声はその社の中から聞こえてくる。
僕は一瞬唾を飲み込んでから、社へと歩みを進める。姉ちゃんの呪文の声が次第に大きくなる。
僕は社の傍へと辿りつくと、その社の壁板と壁板の隙間から中をのぞいてみた。
「あ!」
中での姉ちゃんの姿を見て、僕はつい声をあげてしまう。呪文を唱える姉ちゃんの体が青白く輝いていたからだ。
「?!」
姉ちゃんは僕の声を聴いて呪文を中断してしまう。その一瞬で光は消えてしまった。
「誰?!」
姉ちゃんがそう言って社の扉を開く。当然僕は見つかってしまった。
「アスト!! あんた!!」
「!!」
僕はその怒声に縮こまる。姉ちゃんは怒り心頭で僕の腕をつかむ。
「入ったらダメって言ったでしょう?!」
「ご……ごめん……なさい」
僕はただそれしか言えなかった。さっきの姉ちゃんの異様な姿が頭から離れなかった。
「アスト……あんたさっきの見たんだね?」
姉ちゃんはそう言って悲し気な顔をする。
「うん……」
僕はそう答えるしかなかった。
「そう……じゃあ……もうここが普通の場所じゃなく……。儀式も普通じゃないって理解してるね?」
「……」
僕は黙って頷いた。姉ちゃんは苦し気な顔をして呟く。
「こうなった以上……おそらく今回の儀式は失敗……。そして……」
不意に社の中にある一点がまばゆく輝きだす。それは一振りの短剣。
「
姉ちゃんがそう言って、短剣の方に振り向く。
「これは!! やっぱりお父さんたちの時と同じ!!」
「え?!」
姉ちゃんのその言葉に僕は驚く。
姉ちゃんはキッと真剣な顔をすると僕を思いっきり、社の外へと突き飛ばした。
「姉ちゃん?!」
「来ちゃダメ!! そこに居なさい!!」
「姉ちゃん!!」
僕は姉ちゃんのその言葉に、嫌な予感を感じた。だから、すぐに起き上がって姉ちゃんの方に走った。
「来ちゃダメだって!!」
姉ちゃんはもう一度僕を突き飛ばそうとする。僕は姉ちゃんの手を握って放さなかった。
「バカ!! あんたまで巻きこんじゃ……」
そこまで姉が叫んだとき。僕たちの目前は光に包まれてしまった。不意に浮遊感が全身を襲う。
「わああああああ!!」
僕はどこかへと落下しながらただ叫んでいた。
◆◇◆
「……?」
僕が光に包まれてどれだけ経ったろうか?
僕はいつの間にか気を失って、どことも知れぬ森の中で倒れていた。
「姉ちゃん?」
僕は起きてすぐに、姉ちゃんの姿を探す。そして、それはすぐに見つかった。
「姉ちゃん!!」
姉ちゃんは森の中に一人佇み、一方向を見つめていた。その方向を見ると、森の向こうが赤く輝いているのが見て取れた。
「姉ちゃん? アレなに?」
僕は姉ちゃんの隣に立ってそれだけを言う。姉ちゃんは僕に気づいて、一言。
「火だと思う……。ここは危険かも」
「危険?」
――と、突然森を突っ切って何かが現れる。
「?!」
それは軍馬に乗った中世的な鎧の騎士。その騎士は叫ぶ。
「ビダール!! グレメントバル!! ボダスズルス!!」
「え?」
僕たちはいきなりのことに、それだけを言葉にする。
「ビダール!! グレメントバル!! ギダルシネス!! バル!!」
騎士はさらに叫んで、その手にした長槍を僕たちの方に向けた。
「?!」
姉ちゃんはいきなり僕の手を取って走り出す。騎士の現れた方とは逆方向に。
「ガカヌト!! ビダール!!」
騎士は怒りの顔を見せて、僕たちの方に馬を走らせる。僕たちはすぐに追いつかれてしまう。
「アスト伏せて!!」
姉ちゃんがそう叫んで、僕たちはたまらず地面に転がった。
ブン!!
地面に転がる僕たちの頭上を槍の穂先が一閃する。もし倒れなければそれで僕たちは――。
「ひ……」
いきなりの死の予感に僕は声をあげる。
「……」
その時馬上の騎士は、うっすらと笑みを浮かべている。
それは、他人を傷つけて喜ぶ喜びの笑顔であり。獲物を見つけた狩人の微笑であった。
びゅん!!
不意に風切り音が聞こえてくる。
その瞬間何かが僕たちに降りかかる。それは、騎士の首から出た鮮血であった。
「ああああああ!!」
いきなりのことに僕はただ叫ぶ。
いきなり表れて僕らを殺そうとした騎士は、首を失ってそのまま息絶えていた。
「リゴール!! フリント!! メク!!」
不意に僕たちに声をかけるものがいる。
それは馬に乗った茶髪の女性であり、その手には長弓が握られていた。僕はその弓で射殺されると感じて、慌てて逃げようとする。
「ドリュ?!! メルク?!」
その姿を見て、その女性は慌てた様子で手を僕に向かって向ける。
「ヴァダールヴォウ……カルスト!」
次の瞬間、その手が輝き、その輝きが僕と姉を包み込む。
「これで話は通じるかい僕?」
不意にその女性が日本語を話した。
「え?」
僕はその事に驚いて女性を見る。
「僕……ここは危ない。聖バリス教会の統一使徒軍が逃げた村人を追っているんだ。
早く逃げろ」
「え? なに?」
僕がその言葉に混乱していると、姉が代わりに女性と話し出す。
「統一使徒軍というのは、さっきの騎士の事ですか?」
「そうだ。今日、私の村が襲われたんだ。自分たちへの帰順を断ったから……」
「……ここは。一体どこなんですか?」
不意に姉ちゃんがそんな事を言う。まさか、此処が日本じゃないっていうつもりなのか?
「戦いで混乱しているのか? ここは、カディルナの地の東端……。ボーファスとの境界線にあるムゲナ村……だった場所だ」
聞いたことがない。僕は思わず笑いそうになる。
「今は……何年ですか?」
姉はまたそう女性に聞く。女性は不審な顔をしつつも答える。
「大陸歴982年……。ソーディアン大陸歴はわかるか?」
「……わかりません」
「……」
その言葉に女性は絶句した。
「魔法か? それでここに転送されてきた異邦人か? そんな強力な魔法は聞いたことがないが……」
女性がそう言って一人呟く。その言葉を聞いて姉ちゃんは考え込んだ。
「魔法……ソーディアン大陸……。異世界への転送……?」
――と、不意に周囲が騒がしくなる。ガチャガチャという金属音が聞こえてくる。
「まずい!! 騎士どもがこっちに来る!! おい、説明は後だ!! こいつに乗れ!!」
そう言って馬を僕たちの方へと操作する。
「はい!!」
姉ちゃんははっきりとそう答えて、僕の腕を引っ張る。
結局、僕は女性の前に、姉ちゃんは女性の後ろに乗ることになった。
「行くぞ!!」
女性が馬を思い切り走らせる。馬なんて乗ったことのない僕は、振り落とされないよう必死で掴まるしかすることはなかった。
森の中を僕たちは一気に駆けていく。
その走る後方から何かが風切り音を立てて飛んできた。それは数本の矢であった。
「ち……」
女性は舌打ちして馬を繰る。そして、後方から飛んでくる矢を避けていった。
「まずいな……」
後方から馬の走る音が聞こえてくる。それはもしかして――。
「追っ手がかけられたか。この人数をのせて逃げきれるかどうか」
そう女性が言う間にも数本の矢が襲い掛かってくる。
「クソ……」
そう言いながら女性は馬を繰る。
「このまま森を抜けて、ボーファスにたどり着けば……」
そう言って苦しげな顔をする女性。
「きゃ!!」
――と、不意に姉が悲鳴を上げた。矢が姉の腕をかすっていた。
「あ!!」
女性が声を上げる。姉が馬から落馬したのである。
「くそ!!」
一瞬、女性は馬を止めようとする。しかし、
「逃げて!! アストを連れて!!」
地面に転がった姉がそう叫ぶ声が聞こえた。
「クソが!!」
女性の判断は早かった。そのまま馬を走らせて森を抜けていく。
「姉ちゃん!!」
僕は森の向こうへと消えていく姉に向かって力の限り叫んだ。
「姉ちゃん!! ……止めてよ!!」
僕は女性に懇願する。しかし、
「ダメだ!! このままじゃあたしらも……」
そう言って苦し気な顔をするだけであった。
「そんな!! 姉ちゃん!!」
僕はそう言って馬の上で暴れる。姉を見捨てるなんてできなかった。
「暴れるなこの……」
――と、不意に女性の言葉が途切れる。何事かと女性を見ると。
「クソ……しくじった……」
女性は口から血を流していた。そしてよく見ると――。
「ひ!!」
その女性の背に矢が深々と刺さっていた。
「……おい。バカ餓鬼……」
女性がそう言って僕を見る。
「死にたくなければ……。このまま全力で森を真っ直ぐ走れ。……全力で走れば……森を抜けられる……」
「え?」
「その先にある草原を……さらに真っ直ぐに走るんだ……。そうすればきっと……お前は……」
「……姉ちゃんは?」
「大丈夫……。この時代……若い女はそうそう殺されないさ……。それに……お前の運が良ければ……、助けが来る……。そいつに、お前の姉のことを言うんだ……」
「……」
僕は黙ってその女性の言葉を聞いた。
「いいか? 今は逃げろ……、希望を失わなければきっと……」
女性はそういうと口から大量の血を吐いて落馬した。
「おねえさん!!」
僕は馬を操ることも出来ず、ただそれに捕まって叫ぶだけだった。
「うう……」
僕は馬に揺られながら涙を流す。
好奇心がこんな事態につながるなんて思ってもみなかった。
(姉ちゃん……僕は……)
反省しても始まらない。それはわかっているが、その時の僕は後悔することしかできなかった。
そうして、しばらく走っていると――、無限とも思える森を抜けて、遥かはてを見ることのできる大草原に到達していた。
不意に馬が僕を振り落とす。僕地面に落馬して転がった。
(その先にある草原を……さらに真っ直ぐに走るんだ……。そうすればきっと……お前は……)
助けてくれた女性の言葉を思い出す。僕はそのまま真っ直ぐに草原を駆けて行った。
「はあ……はあ……」
それから、僕は空が白むまでひたすら走った。
脚が疲れていうことを聞かなくなってその場に倒れた時、やっと僕は歩みを止めた。そのまま僕は疲労で意識を失う。
その耳に、狼の遠吠えが響いていた。
◆◇◆
それからどれだけ経ったのだろう。不意に僕は何者かに揺さぶられ起こされた。
「姉ちゃん?」
そんな言葉を発して目を開けると、そこにその少女がいた。
「え?」
それは黒い肌に銀色の髪、金色の瞳をした不思議な少女であった。歳は僕より下に見えるだろうか? その頭には小さな角が生えて、その腰からは毛の生えた尾が揺れている。
「リガテラル……フミ……?」
その少女が僕の屈んでそう、知らない言葉を話す。僕は――ただその少女の美しい瞳に魅入られていた。
「ぼ、僕は……」
「??」
少女は首をかしげる。そして――
「ヴァダールヴォウ……ベルネイア……」
そう呟いた。
「大丈夫? これで言葉、通じる?」
「え? これって……」
それは、さっきの女性も使った不思議な力? 不意に少女は日本語を話し始める。
「大丈夫? お兄ちゃん? こんなところに倒れてどうしたの?」
「僕は……その……」
言葉が通じる人間|(?)に出会って不意に気持ちが緩む。僕は情けなくも声をあげて泣いてしまっていた。
「お兄ちゃん? どこか痛いの?」
少女は慌てて僕の頭をなでる。
「大丈夫だよ? 心配ないから……」
それは、僕にとっては根拠のない言葉だが、それでも心に沁み込んでくる。
僕はひたすら声をあげて泣いていた。
――と、不意に何かが朝日を背に歩いてくる気配がある。僕はびくりとして泣き止んだ。
「大丈夫だよ……お父さんが来ただけだから……」
そう言って少女はその影を指さす。そこに居たのは――、
「!!」
銀の毛並みの、馬ほどもある巨大な狼の背に乗った、黒い肌の弓兵であった。その外見は少女と同じで、角や尾も見て取れる。
「リディア……」
その弓兵が少女に声をかける。
「……その少年は? 草原の行き倒れか……」
「そうだよ……。ここに倒れていたの……」
「フム……ならば。大地の掟に従って助けないわけにはいくまい」
「うん……父さん……」
少女の言葉に深く頷いたその男は、乗騎である大銀狼から降りて僕の元へと歩いてくる。
「君はどこから来たんだ? なぜこのボーファスの大地に?」
「ボーファス?」
「ボーファスの大地を知らないか……。それに、この少年とても珍しい黒髪と黒い瞳をしている……。白の民? というわけでもなさそうだな?」
「よくわからない……」
僕はうつむいて涙を流す。
「君は一人か?」
「姉ちゃんが……」
「何?」
僕は僕がこの夜に体験したことを洗いざらい話す。
危ない所を知らない女性に助けられたこと――。
姉が途中で落馬してそれを置いて逃げなければならなかったこと――。
そして、助けてくれた女性が矢を受けてしまったこと――。
その男は黙ってそれを聞いていた。
「そうか……姉さんとはぐれたのか……。それに……聖バリス……、赤の民か……」
そう呟いて僕の頭をなでる。
「君の姉さんのことは私に任せろ……。一族のものを向かわせて探索させる」
「ほんと?」
「ああ……それに……。その女性はおそらく……」
「?」
「……いや。まあいい。我らの
そう言ってその男は僕を促す。どうやら、目の前の巨大な狼の背に乗れと言うことだろう。
僕は恐る恐る、その狼に触れてみる。
狼は僕を睨むことすらせず、ただ大人しく伏せている。
「……」
僕はなんとかその背に乗った。その毛はとても柔らかく暖かい。
「行くぞ……リディア」
そう言って男は少女を見る。少女は僕の目の前に座って微笑みかけてくる。
僕はただドギマギするだけであった。
そうして、僕はその男の
◆◇◆
ゲルダの移動集落は、数個のテントによって構成された小さな村であった。
少女・リディアの話では、彼ら『黒の部族』は大草原を遊牧して、移動しながら生活しているということだった。
「お父さん遅いね……」
リディアの父が僕の姉ちゃんの探索に出てからもう一日が過ぎている。
僕は不安な気持ちでただテントの中で縮こまっているだけだった。
「お兄ちゃん?」
リディアが声をかける、僕はちらりとリディアの方を向いた。
「心配だよね……お姉さん……」
「うん……」
リディアは僕の隣に腰を下ろすと、僕の頭を撫でた。
僕は気恥ずかしくなって、大きな声でリディアに話かける。
「リディアにはお姉ちゃんはいるの?」
「うん?」
「家族とか……お父さんは見たけど……」
「……」
リディアは少しためらった後、暗い顔をして話し始める。
「家族はいない。ゲルダ父さんは本当のお父さんじゃないの……」
「え?」
それは思いがけない言葉だった。
「妖魔族の大群に集落が襲われて……。生き残ったのは私だけだった……」
「妖魔族?」
「知らないの? とても怖い化け物たち……」
「……|(ゴク)」
「だから……家族が心配って気持ち痛いほどわかる……」
「リディア……」
僕はリディアを見つめる。その瞳をリディアも見つめ返した。
僕たちは自然に手をつないだ。その手のぬくもりはとても暖かく、冷え切った心を温めてくれた。
そして、それからさらに半日後――ゲルダ達探索隊は帰還した。
◆◇◆
「……」
僕はゲルダの報告を聞いてただ茫然としていた。
結局、姉ちゃんは見つからず、ただ滅ぼされたらしき村の焼け跡と、そこへ向かう途中の森の中で大きな血の跡を発見しただけだった。
「少年……。だが諦めることはない……。君の姉が殺された形跡は見つからなかった。これは、その騎士どもにどこかへ連れていかれたか、あるいは誰かに救出されてその場を離れたかだ。生きていればいつか会える……」
「……」
僕はそれでもただ、呆然と空を見上げることしかできない。
「私はこれからも探索を続けよう。必ず君のお姉さんは見つけてみせる……」
「本当? お父さん。約束だよ」
リディアがそう言って僕の手を握る。僕は黙ってそれを握り返した。
こうして、僕の好奇心から始まった事件は一旦幕を閉じる。
僕はリディアと一緒にこの集落で暮らすことになった。
そして、それは僕が思っていたほど短くはなかった。一年――また一年――。
いつしか僕は、リディアの異種族の兄として、ゲルダの息子として扱われるようになった。
――そして、ゆうに八年の月日が過ぎていった。
かの魔龍アールゾヴァリダが、大陸の神たる白龍神ヒューディアを食い殺して、ちょうど百年が過ぎようとしていた。
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