Chapter 13 鉤爪の夢魔(カッパスディア)号
その時、ザシードはドラゴン船の甲板で水夫に向かって叫んでいた。
「あのクンナウに接舷しろ!! 女どもを取り返す!!」
このときのザシードの目には、女を奪われた屈辱から目前のクンナウしか入っていなかった。
このまま撃沈することも出来たが、彼は接舷して敵船を乗っ取り、女たちを取り戻すことを選んだのである。アスト達の乗るクンナウへとザシードの乗る一隻が近づいていく。
――と、その時、
ボー!!
やっとザシードの耳に汽笛の音が届いた。
「?」
ザシードは汽笛の響いてくる方向を見る。その時に水夫たちが叫んだ。
「頭!! 大型の帆船がえらいスピードでこっちに突っ込んできやす!!」
「なんだと!!」
ザシードは水夫の言葉にやっとその帆船を目に入れる。
それは、全長55mはあろうかという大型の帆船であった。
船尾には黒煙をふく煙突があり、明らかに帆船とは思えないスピードで迫ってくる。
「クソ!! 全速回避!! あの船に頭を向けろ!!」
ザシードがそう叫ぶとともに、三隻のドラゴン船は回頭していく。
その三隻が川の字になったちょうど中央に、その船は突っ込んできた。
ズドドドドドドドドドドドドン!!
すれ違いざまにその帆船の両舷74門――片舷37門二段の砲門が火を噴いた。
ドン!!
14.5kgの砲弾が無数に飛翔し、ドラゴン船の船体を貫徹・破壊していく。
「うわ!! 船底に穴が……浸水する!!」
三隻のうち一隻が、船側面のオールの並ぶ漕ぎ手部をぐちゃぐちゃに破壊され航行不能に陥る。もう一隻は、船底部に砲弾が命中して貫徹され、浸水して動きを止めた。
「頭!! 今ので寮艦が航行不能になりやした!! 不味いですぜ!!」
唯一残るザシードの船の甲板上で水夫が叫ぶ。ザシードはわなわなと全身を震わせながら言う。
「くそが!! 今から逃げても追いつかれて沈められるだけだろうが!! こうなったら、あのクンナウも道連れだ!!」
ザシードは水夫に回頭を命令、クンナウ船へと突っ込んでいく。
クンナウ船の上ではサイモンが水夫たちに向かって叫んでいた。
「全速回頭!! 頭をドラゴン船に向けろ!!」
ザシードのドラゴン船とサイモンのクンナウ船が対面状態でゆっくりすれ違う。側面からガリガリと木がこすれる音が響いてきた。
ドラゴン船の甲板上でザシードが叫んだ。
「奴らの船を乗っ取れ!!」
ドラゴン船とクンナウ船がすれ違う瞬間、ドラゴン船の甲板から十数名の水夫がクンナウ船へと飛び込んでくる。
それを見てサイモンが叫んだ。
「全員白兵戦用意!!」
クンナウ船の船上で海賊と水夫が激突する。
「この!!」
アスト達もまた、女性たちを守りつつ海賊どもを迎撃する。その戦列に長剣を抜いたサイモンも加わった。
「ここが正念場だぞ!! 皆、絶対に港へ帰るんだ!!」
「おう!!」
サイモンの叫びに水夫たちが呼応する。
そうしてクンナウ船上で戦いが起こっている時、残ったザシードのドラゴン船は再び船を回頭し、クンナウ船をその戦術魔法士の射程に捉えていた。
ザシードは叫ぶ。
「部下どもの事は気にするな!! 魔法を打ち込んでやれ!!」
「了解!!」
戦術魔法士が真言詠唱に入る。しかし、
ボー!!
再びザシードの耳に汽笛の音が聞こえてくる。
「これは!!」
振り返るとすぐそこに超高速で海を走る帆船が見えていた。
「くそ!! 奴は何なんだ!!」
「頭!! あれを!!」
ザシードの言葉に水夫が叫ぶ。その指さす方向――敵帆船の側面前部に文字が見えた。
その文字とは――
「
「まさか!! 北部海域の……海賊狩りの海賊……?!!」
「なんでこんなところに?!!」
甲板の水夫たちが口々に叫ぶ。その光景を見てザシードは叫ぶ。
「狼狽えるな!! 戦術魔法士!! 攻撃目標をあの船に変えろ!!」
その言葉通りに戦術魔法士は目標を鉤爪の海魔号へと変更する。そして……
ゴオオオオオオ!!
魔法による巨大な火球が鉤爪の夢魔号へと飛んだ。
ドン!!
大きな破裂音と共にその側面に火球が炸裂する。しかし、
「きい……ていない?!!」
明らかに鉤爪の夢魔号には傷一つついていなかった。
鉤爪の夢魔号がザシードのドラゴン船の真横を駆け抜ける。その砲門が火を噴いた。
ズドドドドドドドドドドドン!!
大きな金属の塊が無数に飛翔し、ドラゴン船の側面や甲板を傷つけていく――、そして、
「が?!!」
そのうちの一つがザシードへと飛んで、その頭部をぐしゃりと叩き潰したのである。
「うわあああ!!」
頭であるザシードが死んだことによって水夫たちはパニックに陥った。我先にと船から海へと飛び込んで砦へと逃げて行った。
そして、それはアスト達のいるクンナウ船上でもほぼ同じであった。アスト達が敵海賊の半数を切り殺したときに、敵海賊たちは自分たちの不利を理解して逃走を始めたのである。
その光景をポーラは呆然とした表情で眺めていた。
「こんなことって……。あのザシードが死んだ?」
「ああ……もうザシードの海賊艦隊は終わりだ……」
アストがそう呟く。それを聞いてポーラは膝をついてその場に突っ伏し泣き始めた。
「うううう……」
果たして――、ポーラはどのような想いで泣くのか?
その光景をアストはしばらく見つめていた。
そこにサイモンがやってくる。
「やったなアスト……」
「ええ、貴方のおかげで女性たちを助けて……海賊も潰すことが出来ましたよ」
「はは!! 俺のおかげじゃないよ!! 礼はあの船に言いうんだな!!」
そう言ってサイモンが指さすのは、こちらへとゆっくり航行してくる鉤爪の海魔号であった。
「アレは……サイモンさんの知り合いなんですか?」
「まあ……いわゆる商売相手さ……。元は敵同士だったがな……」
「え?」
アストがサイモンの言葉に疑問符を飛ばす。サイモンは笑って答えた。
「俺は元海賊だからな……。奴らにやられて……足を洗って今は交易商さ……」
「そ……そうなんですか」
アストはサイモンの驚きの過去に顔をひきつらせた。
不意にリックルが叫ぶ。
「
その叫びに驚きつつリディアがリックルに問う。
「そんなにすごい船なの? 確かに私もとんでもないとしか言えないけど……」
「すごいも何も……、鉤爪の夢魔号は、ソーディアン大陸・最強最速の船だよ!! そして、大陸北部では多くの海賊を葬ってきた海賊狩りの英雄でもある!!」
「海賊狩り……鉤爪の夢魔号……、初めて聞いたよ」
「そりゃそうだよ……。あの船は大陸北部を拠点としていたはずだから。なんでこんなところにいるの?」
そうして話している間にも、鉤爪の夢魔号はアスト達の乗るクンナウ船へと近づいてくる。
そうして、クンナウ船に横づけすると、鉤爪の夢魔号の方から橋板が設置される。
その橋を渡ってくる一人の男がいた。
「よう!! ネモス!! 元気していたか?!!」
「フフ……お前は相変わらずのようだなサイモン……」
そう言って笑いあう男二人。しばらく近況を語り合っていた二人は、アスト達の方へと歩いてくる。
「君が……アストか……」
ネモスは開口一番そう言った。アストは驚きの表情を向ける。
「え? 俺のことを知っているんですか?」
「ああ……知っているとも。なぜなら……」
その次の言葉にアスト達は驚愕の表情を浮かべる事となった。
「なぜなら……私の先代……、アーク艦長の娘さんを救ってくれたお方だからな」
◆◇◆
そのとき、アスト達はネモスに招かれ鉤爪の夢魔号の一室にいた。
その部屋の壁にはアークの家にあったような、第一のセイアーレス大陸地図が張られていて、ソーディアン大陸では見たこともない水晶細工の置物などが飾られていた。
リックルが当然の疑問を口にする。
「あのさあ、ここの艦長を務めていたっていう、アークのおっさんっていったい何者なの?」
「そうだね、普通の青の民だとは思えないんだけど……」
リディアもそう口にしてアストを見る。一人だけ事情を知るアストは冷や汗をかいた。
「いや、それは……」
アストは話していいものかどうか考えてしどろもどろになる。それをネモスが見て笑った。
「アストさんはアーク艦長の素性を知っているみたいですね?」
そのネモスの言葉に、リックル達が驚きの表情でアストを見る。
「「本当なの?」」
リディアとリックルの二人に問い詰められて苦笑いするアスト。そんな姿を見てネモスは言った。
「いいですよ、アストさん。別に黙っていなくても、薄々はばれているでしょうし……」
「そうですか?」
「ええ……。はっきり言いましょう。私達、鉤爪の夢魔号の乗組員とアーク艦長は……、
第一のセイアーレスから渡ってきた異邦人です」
「「え!!」」
リディアとリックルが驚愕の表情でネモスを見る。
「我々は他大陸調査のために、この船を使って嵐の壁を越えてわたって来た調査部隊の人間なのです」
「他大陸調査? 調査部隊?」
ネモスのその言葉にリックルが聞き返す。
「ええ……私たちの故郷の国の名をディバハイマ共和国と言います」
「ディバハイマきょうわこく?」
リディアが首をかしげながら言う。
「その通りです。共和国とは、ソーディアン大陸で一般的な専制君主ではなく、平民の中から首相を選んで議会で政治を行う国の事です」
「は……はあ」
さすがのリディアも、そんなことを言われてもほとんど理解できなかった。
しかし、アストの方は多少知識を持っているためにネモスの言葉に頷く。
「共和国って……、セイアーレス大陸の国はかなり近代化しているのですね?」
「そうですね。ソーディアン大陸よりも、様々な分野で大分進んではいますよ」
「それを聞いて合点がいきました……。この船の技術もその国のものなんですね?」
「はい。ソーディアン大陸でも弾薬・物資類を調達できるように、一部の技術を調整してはいますがね」
アストはネモスの言葉に頷く。ネモスは少し驚いた表情でアストを見る。
「アーク艦長に聞いてはいましたが。さすが同じ異邦人、呑み込みが早いですね。貴方の故郷である異世界とやらにも興味が出てきました」
「え? ははは……」
そのネモスの言葉にアストは笑って誤魔化した。
そのやり取りを見ていたリックルが言う。
「あんたらがセイアーレス大陸の国から渡ってきたっていうのはわかったけど……。なんでその調査船が海賊狩りなんてことをしていたの?」
その言葉にネモスが笑いを消して言う。
「それは……、この大陸の現状を見ていられなかったからですよ。実のところ、我々調査部隊には、この大陸の政治などに対しては、直接干渉してはならないと言う決まりがあるのです。しかし、我々はどうしても見ていられなかった……。傷つき嘆く人々をほおっておくなんてことは出来なかった。部外者が口を出すことではないとも思いましたが……」
そのネモスの言葉にリックルは笑う。
「いいよ。あんたたちのおかげで助かった人は沢山いるんだ……。いまさら部外者だって言う奴なんていないだろ?」
その笑顔を見てネモスも笑顔を取り戻す。
「そう行ってもらえると救われますよ」
――と、不意にリディアがネモスに質問する。
「この大陸を調査しに来たって言いましたよね? だったら……少し気になることがあるんですが。今、セイアーレス大陸では、ソーディアン大陸と同じようなことは起きていないのですか?」
ネモスは少し考えて口を開く。
「それは……魔龍アールゾヴァリダのような存在が現れていないのかという話ですか?」
「はい、そうです。今ソーディアン大陸で起こっていることって、ここだけの話なんでしょうか?」
「ふむ……、まだまだ調査は必要ですが……、いいでしょう。あなた方には、知る資格があると思いますから」
「それって……」
ネモスは真剣な表情になって答える。
「まず……この大陸に現れた魔龍……それに類するであろう存在ですが……。我々の世界でもほんの半世紀……50年前に出現しています」
「え?!」
「詳しいことは長くなるので割愛しますが、セイアーレス大陸の砂漠地帯の遺跡から出現したソレは、当時の英雄たちによって討伐されて消滅しています。その名をイェグ・ヴェロム・ドゥ……と言いました」
「……」
アスト達はそのネモスの言葉に息をのむ。
「実のところ……その出現の前兆は、さらに50年前……すなわち今から100年前にすでに起こっていました。それは……、
「妖魔族?!」
「その通り……。このソーディアン大陸で起こっていることは、セイアーレス大陸でもほぼ同じことが起こっています。妖魔族の出現などはその最たるものでしょう……」
「? 妖魔族の出現が100年前?」
アストがネモスに問う。
「ちょっと待ってください? この大陸でも確か妖魔族が出現したのは100年前だと……」
「そうですね……妖魔族出現のタイミングが両大陸共にほぼ同じです」
アストは何かそこにひっかかるものを感じた。
「ソーディアン大陸の魔龍アールゾヴァリダ出現が100年前……、妖魔族出現が100年前……、セイアーレス大陸の魔龍(?)……イェグ・ヴェロム・ドゥの出現は50年前……、妖魔族出現は100年前でこっちと同じ……」
頭を抱えるアストにリディアが言う。
「どうしたの? なにをそんなに悩んでるの?」
「それが……何かがおかしいような……」
ネモスは少し笑って言う。
「アストさん、わからないことはとりあえず心の片隅に置いておけば、そのうち分かることもあるでしょう? ……それで、話の続きですが」
改めてネモスが語り始める。
「かつて、わが大陸で出現したイェグ・ヴェロム・ドゥは最後に語りました……。その語った内容こそ、我々が他大陸調査を始めたきっかけになっています」
リックルは真剣な表情でネモスに問う。
「その別大陸の魔龍(?)がなにを語ったっていうの?」
その問いに頷きながらネモスは次の言葉を口に出したのである。
「……これより100年の間に『狂神』が復活し……、世界は滅びを迎えるであろう……と」
そのネモスの言葉を、アスト達は呆然とした表情で聞いたのである。
◆◇◆
それからアスト達は、そのまま鉤爪の夢魔号に乗って、ガノンへと向かうこととなった。
ポーラやカンナ――そしてサイモンと海上で別れを告げる。
「それじゃあみなさん。しばらくお別れです。フォーレーンへの帰りにまたラシドへ寄りますので、その時に改めてお礼をさせてください」
そのアストの言葉にサイモンが笑う。
「そんなこといいって……。お前の旅の目的……姉さんに会えることを祈っているぜ!」
カンナが一所懸命手を振る。
「こちらこそ。助けていただいてありがとうございます!! ガノンからの帰りはぜひうちへ寄ってください!!」
ポーラはため息を付きつつ手を振る。
「生き残っちまったもんは仕方がない……。しばらくはラシドで何か仕事を探すさ」
「ポーラさん……貴方なら大丈夫ですよ。貴方はもう自由なんですから」
「フン……自由か……。一応ありがとうと言っておこうかね」
そう言ってポーラは微かに笑った。
こうしてアストはガノンへの道を急ぐ。
その先にどのようなことがあるのか――今だその先は見えない。
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