Chapter 10 騎狼猟兵の戦い

 アスト達がフォーデールを出て数時間後、

 皆はゲイルに乗ったアストとラギルスを先頭に、ゆっくりと森の中を進んでいた。


「それじゃあ。奴らがアジトにしているのは、白龍神ヒューディアの神殿跡なんですね?」

「そうだな。もう使われず放置されていたものを、野盗どもが要塞化して使用しているらしい」


 アストの質問にラギルスが答える。


「それと……どうやら頭のドルスは組織のナンバーワンと見せかけた、魔龍崇拝者の傀儡だったらしいな」

「ドルスは財宝や女をあてがわれていい気になっていただけの傀儡で、本質は魔龍崇拝者による人類虐殺の手助けだったんですね?」

「そういうことだ」


 不意にゲイルが足を止める。地面を足で蹴る仕草をする。


「ゲイル……敵の匂いか……」


 ゲイルはそのアストの言葉に小さく唸って返事をする。


「さすが銀狼だな……危険感知能力にかけてはこれほど有用な騎獣もいまい……」


 マーマデュークが感心してそう呟く。ラギルスがそれに答える。


「お前の危険感知スキルもなかなかのもんだが銀狼には負けるか?」

「ああ……さすがに銀狼と張り合おうとは思わんよ……」


 そう言って笑うマーマデュークは、素早く長弓を手にすると矢をつがえて前方に向かって放った。


「え?!」


 その行動にラギルス以外の皆が驚く。その方向には敵は見えないからだ。


 びゅん!!


 マーマデュークの矢が三本前方に向かって飛翔する。それは森の中へと消えて行った。


「さて……進むか?」


 ラギルスがそう言って森を進んでいく。アスト達は困惑気味でその後に続いた。


 アスト達が前方へと進んでいくと、すぐに森を抜ける。そこは、要塞化された神殿跡の入り口である。


「?!!」


 そして、アスト達はその要塞の入り口の光景を見て驚愕する。

 そこには、矢を喉に受けて絶命している、三人の野盗がいたのである。


「まさか……こいつらのことが見えていたんですか? マーマデュークさん?」

「ええ……。他に人もいなそうだったので、手っ取り早く始末しました」

「……」


 そのあっけらかんとした言葉にアストは呆れた。

 弓矢に優れた黒の部族にも、ここまでの弓の名手は滅多に居ない存在だからである。

 少なくとも自分ではここまでのことはできない。


「まあ……話はそこまでにして、先に行くぞ?」


 ラギルスが腰の双剣を抜きつつ言う。アストはゲイルから降りて刀を抜いた。


「ゲイル……先頭で進め……」


 その言葉にゲイルが小さく吠えて要塞内へと入っていく。アスト達はそれに続いた。

 ラギルスは前方を行くゲイルを見て感心する。


「なるほど……銀狼に危険感知をさせつつ進むわけか……。騎狼猟兵っていうのは、狼使いだとも聞いたが本当だな……」


「ええ……ゲイルの危険感知を抜けられるほどの罠や敵は滅多にないですから。どうしても頼り気味になってしまいます」

 ――と、不意にマーマデュークが叫ぶ。


「アストさん!! ゲイルを下げて!!」

「え?」


 アストが困惑気味にゲイルの体に触れて進行を止める。

 しかし、それは遅かった。


 ジリリリリリリリリリリリリリリ……


 不意に要塞内に鈴の音が鳴り響く。

 マーマデュークは苦しげに言う。


「もうちょっと早く気付ければよかったのですが……。魔法の罠が仕掛けられていました……」

「しまった!」


 マーマデュークの言葉にアストが叫ぶ。普通の罠ならゲイルが感知できるが、魔法の罠だとゲイルの鼻も効きにくいのである。

 その鈴の音がなったとたんに要塞内が騒がしくなる。ガチャガチャと金属音がどこからか響いてくる。


「警報機かよ!! 敵が集まってくるぞ!! 武器を構えろ!!」

「すみません!!」


 アストが謝る。ラギルスがそれに答える。


「気にするな!! 俺としてはこっちの方がよかったくらいだぜ!!」


 そう言ってニカッと笑うラギルス。そのラギルスはゲイルを越えて狭い通路の最前列へと進んでいく。


「ここなら十分やりようはある!! 俺の戦い方を見てろよ!!」


 次の瞬間、


 オウウウウウウウウウウ!!


 ラギルスが前方に向かって吠えた。それに呼応するかのように野盗の集団が18人ほど現れる。ラギルスは最前列でそれを迎え撃った。


 ザク!! ザシュ!! グサ!!


 ラギルスの両手の長剣が一振りされるたびに一人の野盗が倒れていく。それはまるで、野盗たちが列をなして、ラギルスに殺されに来ているようにも見えた。


「こいつ!! まさか?!! 『獅子の牙』か?!」


 野盗の一人が叫ぶ。その言葉にラギルスがにやりと笑う。


「よく知ってるじゃないか!! これは御褒美だ!!」


 ザク!!


 その一振りでその野盗の首を飛ばした。

 信じられないことに、その数秒間で野盗たちは3人にまで数を減らしていた。ラギルスたった一人で――である。


(これがラギルスさんの本気? いや……そこまでに至ってるのか?)


 アストは驚愕の表情でラギルスを見た。目前の彼はあまりに強すぎてその限界も計り知れなかった。


「まて!! 投降する!! 殺さないでくれ!!」


 残りの三人が命乞いを始める。もはやその戦いは決していた。


「まさか……『獅子の牙』に……『鷹の目』までいるとは……。我々はあんたらとは絶対に戦わない……。投降するから縛ってくれ」


 そう言って野盗たちは武器を捨て手を上げてその場に座る。

 彼らの名声はそこまでのものらしい。


「さて……ほいじゃキリキリこの要塞内のことをしゃべってもらおうか?」

「はい……」


 野盗たちはラギルスの言葉に素直に従った。


「さすがというかなんというか……」


 そんな中リックルは一人呟く。それにリディアが話しかけてくる。


「『獅子の牙』と『鷹の目』って、ラギルスさんとマーマデュークさんの二つ名ってやつなんだよね?」

「そうだよ……。あいつらはここいらじゃ有名な英雄コンビだからね。かのエルギアスには劣るけど……、それでもたった二人で大きな犯罪組織を潰したりとか普通にやる連中だからね」

「そうなんだ……」


 リディアはこのときやっとラギルスたちの凄さを理解した。



◆◇◆



「侵入者がいるようだな?」

「……」


 その言葉に、腰に刀を二本差したコボルトキングは反応しない。


「ふん……今のところは関心なしか……。まあいいさ……」


 そう言って簡素な玉座に座るのは魔龍崇拝者エボニーである。

 彼は、周りに女を三人侍らせて、その身体を撫でまわしている。その女は元はドルスの女だったのだが、今は新たな主の奴隷となっていた。


「とりあえず……ゴブリンたちを動かすか……。まあ、野盗どもを一瞬で全滅させたみたいだから……どこまで通用するかわからんがな」


 エボニーはそう言って、隣に立っているゴブリンシャーマンを睨む。


「ぎゃ……」


 ゴブリンシャーマンはそう一言叫んでから『王の間』を出て行った。


「ドルスのバカが……。余計なことをペラペラしゃべったのだな……。そして、侵入者はおそらく『希少なる魔龍討伐士』か……。この際だ、ここらで奴らの数を減らしておこうか……。なあ? コボルトキング?」

「……」


 その言葉にやっと振り向くコボルトキング。そしてその背後には――。


「グルルルル……」


 一体のサイクロプスが静かに控えていたのである。



◆◇◆



「さて……だいたいのことはわかってきたな……」


 そう言ってラギルスは皆の方を向いた。


「ドルスを含めて、こいつら野盗どもは、参謀である魔法使いが魔龍崇拝者だと理解したうえで仲間にしていたようですね」


 アストはそう言って縛られている野盗どもを指さす。それを見てラギルスは答える。


「ああ……エボニーとか言ったか……。妖魔族は魔龍崇拝者が自分の部下……いざというときの切り札だとドルスに説明していたらしい」


 その話にマーマデュークも入ってくる。


「魔龍崇拝者エボニーはドルスに……、魔龍による世界浄化後に建設する国の王にしてやると言われていたようですね……。なんとも愚かなことだ……、彼らが約束を守るわけがないのに……」

「結局はドルスもいいように使われていた側だったってことだな……。何とも皮肉な話だ……」


 ラギルスが頭をかきつつそう言う。

 皆がその話に頷いていると、リックルが前に出て話し始める。


「じゃあ……これからの事だけど……」


 そう言ってリックルは懐から白のクレパスを出して地面に神殿の見取り図を描く。


「ここから先は、野盗どもの話では一本線で脇道はないようだね。こんな感じで途中に、巨大なホールがあって……その先が神官長室を改造した『王の間』らしい……」

「これは……間違いなくホールで待ち伏せだな……」


 ラギルスがそう言ってホールの場所を指さす。アストもそれに同意する。


「そうですね……正直広い場所で妖魔の大群とやり合いたくはないですが……」

「無理だな……こっちから行かないと奴らは出てこない……。わざわざ自分の不利な状況で戦うなんて馬鹿はしない……」

「どうしましょう? ラギルスさん」


 そのアストの言葉に、ラギルスは少し笑って言い返す。


「お前はどう思う?」


 そう返されたアストは、少し戸惑い、その後短く考えてから答えた。


「……セオリーとしては。俺とラギルスさん……ゲイルで前方を固め、戦線を形成して後方を守り、リディアとマーマデュークさんで敵軍を殲滅……、リックルは緊急時の対処のために待機という形でしょうか……。無論、戦いは壁を背に……後方に回り込まれないようにして……」

「うん……そうだな……まあ、でも今回はお前にも後方にいてもらおう……」

「俺が?」

「ああ……お前も弓矢が得意だろう? お前が増える分殲滅力は増えるだろうからな。

前方は俺とゲイルで固める……」


 アストは少し考えて言う。


「二人だと戦線が薄くないですか?」

「はは!! 俺がいるから大丈夫……ファイターの仕事ってやつを見せてやるよ」


 そう言ってラギルスは笑う。アストはそれ以上は反論しなかった。

 これまでのラギルスの活躍を見て、彼が言った通りの活躍が出来るのだろうという信頼感が出来ていた。

 アスト達はさっそく、ラギルスとゲイルを先頭に、廃神殿の奥へと進んでいく。

 しばらく行くとホールが見えてきた。


「これは……想像した通りの歓迎っぷりだな」


 先頭のラギルスがそう呟く。


 ホールの中央に槍を持ったゴブリン13体と戦槌を持ったオーガが6体――

 ホールの壁周りに設置されたキャットウォークには弓矢を持ったゴブリンが9体――、

 ホール奥の扉の前にゴブリンシャーマンらしき杖を持ったゴブリンが佇んでいた。


「アスト!! マーマデューク!! まずはゴブリンの弓兵を仕留めてくれ!! 後方が狙い撃ちされる!!」

「了解!!」


 アストとマーマデュークはそう叫んでそれぞれの弓に矢をつがえた。


 オウウウウウウウウ!!


 ラギルスとゲイルが咆哮をあげながら最前線に立つ。そこに雨のように矢が降り注ぐ。


「喰らうかよ!!」


 双剣を疾風のように振りながら矢を打ち落としていくラギルス。ゲイルはうまく身を翻し、身に着けた装備に矢をぶつけて逸らしたり、矢の雨の隙間を縫うように飛び回る。

 その間にアストとマーマデュークは後方から安全にゴブリン弓兵を狙撃していった。


「ぎゃ!!」「が!!」


 断末魔の叫びと共に一瞬にしてゴブリン弓兵の9体が全滅する。

 ゴブリンシャーマンはぎゃあぎゃあ何かを叫びながら、前方のゴブリン槍兵とオーガをラギルスたちに差し向けた。


「さあ行くぞ!!」


 ラギルスとゲイルが妖魔の軍団に向かって突撃する。両者はすぐに衝突した。


「う~らは~」


 その間にゴブリンシャーマンは魔法を唱え始める。


「そう簡単にいくと思いますか?」


 マーマデュークがホールの天井に向かって矢を放つ。それは山なりに妖魔の群れを飛び越えて、的確にゴブリンシャーマンの脳天に突き刺さる。


「ぐが!!」


 ゴブリンシャーマンは魔法を完成させることなく絶命した。

 その間にも、ラギルスとゲイルは妖魔の群れ相手に無双している。


 グシャ!! ザク!!


 両者ともに一瞬で三体のゴブリンを叩き潰していく。

 後方にいるアストとマーマデュークは弓で背が高く狙いやすいオーガを狙撃して、針山のように変えて一体ずつ倒していく。


「これは……私はまだ必要ないね……」


 リディアがそう呟く。ほぼ戦況は決しているように思えた。


 ――と、不意にどこからか真言詠唱が響いてくる。


【ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ……。世を闇に変える龍よ、かの者の目を闇に閉ざせ、ヴァズダー】


「うぐ?!」


 その詠唱が終わった瞬間、マーマデュークが呻いてその場に膝をつく。


「マーマデュークさん?!」

「視覚を潰された……」


 マーマデュークはそう言って悔しげに呻く。さすがのマーマデュークも視界を失うと役立たずになってしまう。


「ち……魔龍崇拝者か!!」


 ラギルスがそう叫ぶ。ホールの奥の扉の傍に新たな二人の人影が見えた。


「さて……これからが本当の戦いだ……。覚悟せよ希少なる魔龍討伐士よ」


 そう言って魔龍崇拝者エボニーは不気味に笑ったのである。



◆◇◆



「クソ!!」


 ラギルスがそう叫びながらゴブリンの残りを切り倒す。

 それを不気味な笑顔で眺めるのは魔龍崇拝者エボニーである。


「『鷹の目』の目は潰した……次は『獅子の牙』貴様だ……」


 そう言ってから、真言詠唱を始めるエボニー。アストはそうはさせじと弓矢をエボニーに向ける。


 びゅん!!


 エボニーに向かって矢が飛翔する。しかし、


 ガキン!!


 その矢を両手の刀で撃ち落としたのはコボルトキングであった。


【ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ……。世を闇に変える龍よ、かの者の目を闇に閉ざせ、ヴァズダー】


 そのアストの行動もむなしく詠唱は完了する。そして、


「く……」


 そう言ってラギルスはその場に膝をつく。ラギルスは魔法に抵抗出来ずに視覚を奪われてしまった。


「これはまずい!! アシュト!! リディア!! あの魔龍崇拝者をなんとかして!!」


 リックルがそう叫ぶ。

 アストは再び弓に矢をつがえ、リディアは真言の詠唱に入った。


「魔女がいるのか……」


 エボニーはつまらなそうにそう呟く。次の目標をリディアに定める。


(まとめて消しズミに変えてやる!!)


 リディアはそう心の中で叫んで真言詠唱を完成させる。


【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷の娘よ……。その槍を持て我が元へと降臨し……、槍光よりいでて戦塵へと至れ!! ヴァズダー!!】


雷槍光条ライトニングボルト


 しかし、それに対しエボニーの前に立つコボルドキングが短く歌を歌う。


「メリーアデレダー……」


 その瞬間、無数の金属片が空中に現れて壁になって雷の帯を薙ぎ払ってしまう。


金精元霊ドラゴニスの防御魔法?!!」


 リディアが驚愕の表情でそう叫ぶ。コボルドキングは、強力な武人であるとともに、魔法すら扱えるのである。

 お返しとばかりにエボニーが真言を詠唱し始める。アストがそれを狙い撃ちしようとするが――。


 ガキン!!


 再び矢をコボルトキングに撃墜されてしまう。その間に魔法は完成してしまった。


「あ!!」


 今度はリディアが目を押さえて呻く。マーマデューク、ラギルスに続いて、リディアまで視覚を奪われてしまった。


(まずいよ!! これは敵の必勝パターンだ!! このままじゃ全滅になる!!)


 リックルが心の中で叫ぶ。


 とりあえず戦況を整理すると――、

 敵妖魔のうちゴブリン――ゴブリンシャーマンは全滅――、

 オーガは2体生存でゲイルとやり合っている。

 魔龍崇拝者はコボルトキングに守られながら、目潰しの魔法を連発。

 この状況でアストまで視覚を奪われたら全滅は必死であろう。


 ――だからこそ、次にエボニーが狙うのは――、


「これで最後だ……」


 そうエボニーは呟いて、アストの方を見つつ真言を詠唱し始める。

 それを妨害しようにも、ゲイルはオーガ二体に阻まれ、アストの矢はコボルトキングに撃ち落とされて届かない。


「こうなったら!!」


 アストは狼上弓をあえて捨てて刀を抜く。そして、一気に戦場をエボニーに向かって駆け抜ける。

 魔法が完成する前に切り倒すつもりなのだが――当然コボルトキングがそれを許さない。


 ガキン!!


 アストの刀とコボルトキングの刀が打ち合って火花が飛ぶ。


「どけ!!」

「……」


 コボルトキングは無表情でただアストの刀を捌く。

 そして――、


【ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ……。世を闇に変える龍よ、かの者の目を闇に閉ざせ、ヴァズダー】


 ついにエボニーの魔法が完成してしまった。


「く?!」


 咄嗟にアストは後方に飛びのく。視覚が潰され何も見えなくなっていた。


「ふう……これで私の魔法は打ち止めだが……戦況は決したな……」


 そう言ってエボニーはにやりと笑う。

 コボルトキングは、飛びのいたアストを追撃するふうでもなく、ただ無言で佇んでいる。


「やはり、抵抗できないものを嬲り殺すのは趣味に反するか? コボルトキングよ……」

「……」


 そのエボニーの言葉に無言で刀を鞘に納めるコボルトキング。

 とりあえずアストが切り殺されるのは回避されたが、状況は最悪の極みであった。


(クソ……しくじったぜ。このままじゃ全滅だ……)


 ラギルスは目を押さえながら心の中で呟く。

 その思いを読んだかのようにエボニーが口を開く。


「おとなしく投降するがいい……そうしたら、わが下僕に加えてやてもいいぞ? 厳重に精神を支配してな……」


 それはアスト達への最後通告。それに従わなくても、アスト達が殺されることは必至であった。

 しかし、マーマデュークもラギルスでさえ諦めが支配し始めたその中で、一人だけ諦めない者がいた。


(俺は……姉さんと再会するまであきらめない!!)


 アストは懐を探って狼笛を取り出しそれを口にくわえる。そして、何度か息を吹き込んだ。


 ザク!!


 その瞬間、オーガの一体がゲイルに喉を食い千切られる。


「お前の主人が呼んでるんだろ?!! 早くいけ!!」


 リックルが短剣を手に残り一体のオーガと対峙する。その姿を一瞥した後ゲイルはアストの元へと走った。

 アストが左腕を横へと伸ばす。そこにゲイルは飛び込んできた。


「行くぞ!!」


 そのままゲイルの鬣をつかんでその背に飛び乗るアスト。右手の刀は真横下段に構える。

 そのまま一気にコボルトキングの方へと駆ける。


「!!」


 コボルトキングは咄嗟に二本の刀を引き抜いて迎撃する。その直前でゲイルが翻った。


 ガキン!!


 アストの刀とコボルトキングの刀が打ち合わされる。

 そこから、さらにアストは刀を上段へと振りかぶってから振り下ろす。本来なら当たるはずのない、視覚を塞がれた攻撃だが――、


 ガキン!!


 アストの斬撃は的確にコボルトキングの頭を狙って打ち下ろされた。


「馬鹿な!!」


 その光景に驚愕するエボニー。目前のアストは確かに視覚を潰されているはずである。だが、その斬撃は的確にコボルドキングの首を狙う。


「まさか?!」


 その時、やっとエボニーはその秘密に思い当たった。


「あの銀狼か……」


 そう、実はアストが刀を振る瞬間、ゲイルがその身を翻し、位置を調整して明後日の方向への斬撃を命中に変えていたのである。


「ち……騎狼猟兵を甘く見過ぎた……。これが人狼一体というやつか……」


 そして、次の瞬間、


 ガキン!!


 コボルドキングの刀の一本が砕け、そのままアストの斬撃が首へと到達する。


「……」


 コボルトキングは最後まで無言で絶命した。


「クソ!! ここまでやるのか!! ならば!!」


 エボニーはすぐさま後方の扉に飛びつく、そしてそれを押し広げたのである。

 その向こうからゆっくりと巨大な影が現れる、それは――、


「げ……この状況でサイクロプス?!」


 オーガの攻撃から逃げ回っているリックルがそう叫ぶ。


「サイクロプス?!」


 その言葉にアストが反応する。


「さあ!! サイクロプスよ!! こいつら全員八つ裂きにしろ!!」


 その言葉に呼応するように、サイクロプスが手にした戦斧を掲げて吠える。


 ゴアアアアアアアアアア!!


「おいおいマジかよ……」


 ラギルスがその声を聴いて渋い顔になる。

 依然、状況の最悪さは変わらない。対軍兵器が現れたことで悪くなったともいえる。


「アスト!! 魔龍崇拝者を仕留めろ!! 魔法を解除するんだ!!」

「はい!」


 ラギルスの叫びに答えるアスト。

 一気にサイクロプスの横を駆け抜けた。


「く!!」


 何とかエボニーは逃げようとする。しかし、戦士でない魔法使いには、アストの凶刃を避けることは出来なかった。


「よし!!」


 その瞬間、ラギルスたちの視覚潰しの魔法が解ける、アストの刀一撃でエボニーが絶命したからである。


「よくやったぜアスト!! あとは俺たちに任せな!!」


 ラギルスが一気にサイクロプスめがけて駆ける。その横を数本の矢がすり抜ける。


「これで!!」


 それはマーマデュークの放った矢であった。それは風に乗って、サイクロプスへと到達する。


 ガアアアアア!!


 矢が次々にサイクロプスに突き刺さっていく。サイクロプスは悲鳴を上げて暴れまわった。


「そらよ!!」


 ラギルスがその双剣でサイクロプスの足首を切り刻む。

 サイクロプスはそのラギルスを真っ二つにしようと手にした戦斧を振り回す。


「あぶねえ!!」


 ラギルスはその戦斧の死角であるサイクロプスの懐に飛び込んでその斬撃を避けていく。


「俺もやります!!」


 アストがそう叫びながらゲイルと共に駆けてくる。

 そのまま、サイクロプスの体を蹴って、その頭上へと飛翔する。


 ザン!!


 その刀の一閃が、サイクロプスの一つしかない目を切り、血に染める。


 ガアアアアアアアア!!


 さすがのサイクロプスもそれはたまらず、目を手で押さえてその場に座り込む。

 その時であった。


「みんな!! 避けて!!」


 リディアがそう叫んでから真言を詠唱する。


【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷の娘よ……。その槍を持て我が元へと降臨し……、槍光よりいでて戦塵へと至れ!! ヴァズダー!!】


雷槍光条ライトニングボルト


 その魔法によって生まれた巨大な雷の帯は、的確にサイクロプスの頭部を焼き尽くし消しズミに変える。

 そのまま、サイクロプスは後方に倒れ動かなくなった。


「よし!!」


 リディアはその光景にガッツポーズをして喜ぶ。

 残りの敵は、リックルを追いかけまわしているオーガだけである。


「みんな!! そっちが片付いたんなら、こいつなんとかしてよ!! あたしじゃ、致命傷与えられないよ!!」


 そう言って一人叫ぶリックル。その姿を見て、仲間たちは少し笑いながら、助けに走ったのである。



◆◇◆



 こうして廃神殿の野盗アジトは制圧され、そこに捕らえられていた女性たちは解放された。

 これは、フォーレーンが抱える問題のほんの一部でしかないが、人々を勇気づけることとなった。そして、フォーレーン支部に新たに現れた、新人討伐士の噂も町中に広まることとなった。


 『黒髪の騎狼猟兵アスト』『雷鳴の魔女リディア』


 彼らはその英雄としての第一歩をこの町で踏み出したのである。


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