Chapter 11 おせっかいな異邦人

 大陸歴990年5月


 フォーレーンにたどり着いてから半月が過ぎたころ、討伐士組合にある情報が舞い込んできた。


「本当ですか?」


 そうアストは喜びの表情でジェレミーに聞く。ジェレミーははっきりと頷いて答えた。


「ああ……ガノン方面に向かわせたギルドメンバーの情報によると、現在ガノンに黒髪で黒い瞳の女性が滞在しているらしいということだ。その滞在先の宿もわかっているらしい……」

「それじゃあ……その人に合えたんですか?」

「それが……、すれ違いが多いらしくてまだらしいが……。でも、直接君が見た方が早いだろうから……」

「はい! すぐにガノンへ向かいます!!」


 そう言ってアストは後ろにいる、リディアとリックルを見る。


「……ということなんだが。早速行きたいんだけどいいかい?」


 そのアストの言葉にリディアは答える。


「もちろん、いいよ! お姉さんだといいね!!」


 リックルは少し考えて答える。


「フォーレーンとガノンの間には大きな山脈が横たわってるから、危険を回避する意味で一度南のラシドへ向かうべきだろうね」


 そのリックルの言葉にアストは頷いた。


「ああ……、こんな時に無理をして危険を冒すわけにはいかない。慎重にいこう……」


 ジェレミーはそのアストの言葉に頷いて、


「それなら、だいたいガノンへは三日の行程だ……。旅先の宿の手配は任せておいてくれ。必要な食料も用意しよう」


 そう笑顔で言った。


「いいんですか?」


 アストが聞き返す。それに対してジェレミーは答える。


「これこそが、討伐士組合の存在意義だからね。君たちにはいろいろ世話になったし」


 アストはジェレミーのその言葉に頷いた。


「わかりました。ありがたく助けを受けることにします」


 こうして、アスト達は再び旅を始めることとなった。次に向かうのは南の港湾都市ラシドである。



◆◇◆



 旅の準備を終えたアスト達が再び討伐士組合へ帰ってくると、そこにラギルスとマーマデュークが待っていた。


「そうか……旅に出るんだな」


 ラギルスがそう言って頷く。

 マーマデュークが真面目な顔で言う。


「短い間でしたがお世話になりました……」

「おい! マーマデューク!! なんかそのままもう会えないような言い方じゃねーかよ!!」


 ラギルスがマーマデュークに向かって叫ぶ。アストは笑って言った。


「大丈夫ですよ……。結果がどのようなことであれ。ガノンからフォーレーンへ、もう一度帰ってくるつもりですから」

「そうだよな!! 帰りを待ってるぜ!!」


 ラギルスのそのサムズアップに笑顔で答えるアスト。

 マーマデュークは真面目な顔を崩さずに言う。


「もし……万が一違ったとしても。気を落とすことはありません。その出会いも、何か意味を持っているはずですから」

「おい!! 不吉なことを言うなよ!! 絶対、アストのお姉さんだって言えないのかよ!!」


 そのラギルスの言葉に、マーマデュークは真面目に答える。


「いいえ……。私はそこまで断言はしません。絶対はありませんから。……でも、アストさんのお姉さんならいいですよね」


 そう言ってマーマデュークはやっと笑顔を見せた。

 アストはその笑顔に向かって答える。


「大丈夫です。姉さんはこの世界に生きているって信じていますから。もし今回が違っても、気落ちしたりしませんよ……。信じていれば……希望を捨てなければ会えるって思っています」


 そのアストの言葉に、マーマデュークは満足げに頷いた。


「では行ってらっしゃい友よ……。笑顔での帰りを待っています」


 そのマーマデュークの言葉を、アストはしっかり胸に刻んだのである。

 そして、アスト、リディア、リックルの三人は、一旦ラシドへ向かって旅立ったのであった。



◆◇◆



 港湾都市ラシド、それはグロリアの大河の河口から南西に行った先、ガルチャー海に面する人口約6000人の港町である。

 ラシドは、大河をさかのぼって川沿いの都市と交易するだけではなく、右回りに海を航海して北西の青の民とも交易を行う海洋国家でもある。現在でも、一定の期間を置いて、ゲイランディア諸島への便が運航されており、青の民との交易の重要拠点となっている。


「聞いた話じゃ。ラシドも以前は大変だったらしいぜ」


 そう言って口を開いたのはリックルである。リディアがそれに答える。


「どういうこと? 何が大変だったの?」

「ガルチャー海の海賊どもさ……。連中にとっては、港町とかいい獲物だからね……」

「でも、今はそうじゃない?」

「うん。フォーレーンでの一件以来、海賊どもが大人しいらしい。よっぽどエルギアスにボコボコにされたんだろうね……。ま、いい気味だけど……」


 リディアは苦笑いして言う。


「でも……もうそろそろ、連中も活動再開するんじゃない?」

「そうかもね……。まあ、このまま大人しくしてくれてると助かるんだけど」


 リックルはため息を付く。アストはその会話を横目で聞きながら前方を指さした。


「見えてきたぞ。今日の宿を取った町だ……」


 目前に町の外壁が見えてくる。そこは、ラシドの統治下にある町の一つであった。

 今、日が傾いて夕方になっていた。もうこれ以上は進めないだろうことは明白である。

 アスト達は、討伐士組合に聞いた宿の名前を探す。そしてそれはすぐに見つかった。


 アスト達が宿に入ると、宿の主人が出てきて答える。


「討伐士組合……アスト、リディア、リックルさん達だね? 待っていたよ」


 宿の主人は、アスト達の持つ魔龍鋼の短剣を確認たあと、彼らを宿の部屋へと案内した。


「……しかし、今からラシドへ向かうっていうのかい?」


 不意に主人がそう言う。アストは不審そうに聞き返す。


「何かあったんですか?」

「ああ、昨日の夜の事さ……。ラシドが海賊に襲われたのは……」


 そう宿の主人は答える。アスト達は驚愕の表情で主人を見る。


「まさか!!」

「その、まさかさ……。ここ最近大人しかった海賊が再び活動を始めたようなんだ……。ラシドは結構やられて、女の何人かも攫われたらしい……」

「……」


 その主人の言葉に、アストは苦しげな顔をする。


(行く先々でこんなことが起こる……。姉さん……貴方は今危険な目に合っていませんか……?)


 その顔を見てリディアが心配そうな顔で見る。


「お兄ちゃん? 大丈夫?」


 その言葉に、アストははっとして笑顔を見せた。


「いや……ごめん、大丈夫だよ……」


 アストは努めて元気に見せて宿の部屋へと入っていった。

 そのまま荷物をおいてすぐにベッドに横になる。


 そうして横になるとすぐに睡魔が襲って来た。その時、アストは旅立つ直前の、御ババ様の言葉を思い出していた。


『ならば心得るがよい……。今大陸は暴力と混乱に満ちておる。このボーファスの大地は比較的平和ではあるが、だからこそそれ以外の土地の惨状は目を覆うばかりじゃ。

それを見て絶望することのないようにな? 希望を捨てるな……希望を捨てなければきっとお前の望みはかなう……』


(大丈夫……俺は希望を捨てない……。そして……)


 アストは睡魔と戦いながら、魔龍鋼の短剣を見つめた。


(この世界の人々にも、希望を捨てさせない……。それこそが、ここまで育ててくれたゲルダへの恩返しにもなる……)


 そう考えながらアストは眠りにつく。


(姉さん……ごめん……。少し遅くなるよ……)


 そう心の中でつぶやきながら、アストの意識は深い闇に落ちて行った。



◆◇◆



 翌日、アスト達は街の宿を出て、再びラシドへの道を急いだ。

 距離的に言えば、あと半日ほどで着く程度である。その道中、アストは心ここにあらずと言った感じで、無心でゲイルを走らせていた。

 それにいち早く気付いたリディアが問いかける。


「どうしたのお兄ちゃん? 何か様子が変だよ?」

「え……そうか? 俺はいつも通りで……」

「全然いつも通りじゃないよ。こっちの話にも生返事ばかりだし……」

「む……そうか」


 アストはため息を付いてから答える。


「どうにも……気になることがあって……」

「お姉さんの事……じゃないみたいだね……」

「うん……もちろん、そっちは気にならないわけじゃないんだが。この先のラシドが海賊に襲われたって話が……」

「……それは……。この時代では普通によくあることだよ。仕方がない……と言ったらダメだけど。どうしようもないことだよ?」

「うん……わかってる。でも、もし俺がその場に居合わせていたら……と思うと」

「お兄ちゃん……お兄ちゃんだって、万能じゃないんだから。何か出来たとは限らないでしょう?」

「それもそうなんだが……」

「お兄ちゃん……。お姉さんを早く助けたくないの?」


 そのリディアの言葉に言葉を詰まらせるアスト。


「……む」

「何か……お兄ちゃん。お姉さんのことを後ろにおいて、他のことを優先しているように思える」

「それは……」

「お兄ちゃんの……困っている人を助けたいっていう気持ちが人一倍強いのは知ってるけど。お姉さんだって、現在進行形で困っている人かもしれないでしょ?」

「そう……だな」


 アストはリディアの言葉に俯いて呟く。リディアは真剣な表情で問う。


「本当は……前から聞こうと思っていたんだけど……。なんでお兄ちゃんは、そんなにこの世界の人を助けたいって思っているの? お兄ちゃんにとっては、本来異世界の関係のない人々の事でしょ?」

「そうだな……その通りなんだ。でも、そうでもないともいえる……」


 リディアの問いにそう答えるアスト。


「それってどういう意味?」

「俺には……本当に故郷と呼べるものがない……」

「え?」


 それはアストの意外な言葉であった。


「確かに生まれは地球の日本という国だ……、でも物心ついてすぐにこの世界にやってきてしまって。日本という国に……故郷だ……帰りたい……という思いが見いだせない……。だったら、この世界が俺の故郷なのか? ……というとそうでもない。ゲルダや集落の皆には世話になったけど……やはり俺は異邦人なんだ……」

「お兄ちゃん……」

「俺には……どこにも故郷と呼べるものがない。基盤がない……。だから俺は……多分、この世界に受け入れてもらうために、この世界の人々を救いたいと考えているんだと思う。……結局、自分の事ばかりだな……こりゃ」

「お兄ちゃんの故郷が……故郷じゃないって言うなら。やっぱりこの世界がお兄ちゃんの故郷だよ……」

「そうだ、だから俺はこの世界の人間になりたくて……。むやみに厄介ごとに足を突っ込んじまうんだな」

「そこまで気にすることないのに……」

「そうだな……。俺も姉さんのことを何よりも優先したいんだが。他の人が困ってると聞くと、勝手に体が動いちまう……。これは俺にもどうしようもないんだ……」


 その言葉に、今まで黙って話を聞いていていたリックルが答える。


「それは……全くアシュトらしいよ。そのおせっかいにあたしも助けられたクチだし。でも、きっと、そのおせっかいは後々アシュトの助けにもなるはずだよ」

「そうだといいけど……」


 リックルの言葉に、一人心配そうにアストを見るリディア。

 アストは一人考える。


(……そうか。俺は姉さんのことを後ろに置いている気がする……か。そうかもしれない。結局、俺自身の事情だからと、本当に後ろに置いてるのかもな。姉さんだって困っているかもしれないのに……。あるいは、姉さんに合うのがいまさら怖くなってるのかな? 自分の所為で……て……)


 アストはその暗くなりつつある思考を振り払う。


(とりあえずは……今優先すべきは姉さんの事……。すぐにガノンへと向かうことだ……。そうしよう……)


 そうアストは考え直す。一旦、ラシドのことは置いておくことにした。

 ――と、その時、


 びゅん!!


 どこからか矢が飛んできた。慌てて避けるアスト達。


「こんなところで野盗か?!」


 そうアストが警戒して武器を構えると、森の影から二人の男が現れた。


「おい!! そこの旅人!! お前らはすでに百人からの仲間に包囲されているぞ!! 大人しく金を出せ!!」


 そう言ったのは、年のころは16歳ぐらいの、紫の髪に茶の瞳、頬にそばかすの少年であった。その言葉に、隣の同い年くらいに見える、茶色の髪の少年がぼそぼそと小声で言う。


「おい……アーチーそれは……ちょっと多すぎじゃないの? バレたらどうするの……」


 その言葉にアーチーと呼ばれた少年は言い返す。


「馬鹿!! 俺の名を呼ぶなよバーナード!! 余計なことを言うな!!」


 そう言ってアーチーは弓矢をアストに向けて振り絞った。


「速く金をだせ!! 痛い目を見たいのか?!」


 その少年の言葉に、すでに何かを察していたアストが答える。


「痛い目というのはどういうことだ? 教えてほしいな」

「なに?! こいつが見えないのか!!」


 そう言って弓矢を振り回すアーチー。アストは笑って言う。


「撃ってみろよ……」


 そう言って腰の刀をすらりと抜き放つアスト。それを見てアーチーと隣のバーナードは、冷や汗をかいて後退った。


「え? 怖くないのかよ!!」

「矢は撃ち落とせばいいだけだし……。それに……、お前ら二人だけだろ? 百人の仲間ってのはうそだな?」

「うぐ……」


 アーチーたちは口ごもる。それを見てアストは言った。


「こんな危険な遊びはもうやめておけ……そのうち痛い目を見るぞ?」

「俺たちは遊びじゃない!!」


 アストの言葉に反論するアーチー。アストはそのアーチーに向かって、真剣な表情で言い返した。


「ならば死ぬか? 野盗はその場で殺されても文句は言えんぞ?」

「う……あ……」


 アストのその真剣な言葉にさすがに、怯え始めるアーチーたち。

 しばらくお互い見つめ合ったアーチーとバーナードは、何事もなかったかのように森の中に消えていった。


「ふう……。何だったんだ?」

「新手の悪戯……ってわけでもなさそうだよね?」


 アストとリディアは顔を見合わせる。

 しばらくして、考えていても仕方がないと思い直したアスト一行は、港湾都市ラシドへと騎獣を進めていったのである。



◆◇◆



「クソ……!! なんで俺は……」


 アーチーは一人地面を殴って悔しがる。それを心配そうな目で見るバーナード。


「アーチー……」

「お前もお前だぜ!! なんで、あそこで逃げたんだ!!」

「逃げたのは君もいっしょでしょ?」


 バーナードのその言葉はもっともなことである。だからアーチーはそのまま口ごもって、ただ地面を殴り続けた。


「クソ……なんで俺たちは。こんなに弱いんだ……。あの時だって、俺たちが居たら……」

「無理だよ……。僕たち二人で海賊をどうにか出来るわけがない」

「でも……姉ちゃんを救うことぐらいは……」


 アーチーはそう言って悔しげな顔で涙を流す。


「カンナさん……結婚間近だったんだよね……」

「ああ……旦那になる人は海賊に殺されて、姉ちゃんはそのまま攫われちまった……」

「お金があれば……」

「そうさ……金さえあれば……傭兵でもなんでも雇って海賊どもを……」


 アーチーとバーナードはそう言って天を仰ぐ。

 海賊どもを殲滅できるほどの数の傭兵など、雇うのにどれほどかかるのかいまいち理解していないようだった。


「でも……アーチ―? さっきの人たち、強そうだったよね。もしあれが、希少なる魔龍討伐士なら……」

「そんな都合のいいことあるもんかよ……。ラシドの兵隊があてにならない今、なんとかして金を集めないと……」


 アーチーとバーナードはとりあえずラシドへと足を向ける。


「なんとかして……姉ちゃんを……助けるんだ!!」


 アーチーの目は遥かガルチャー海のむこうの海賊砦の方に向いていた。



◆◇◆



 アスト達がラシドへと入ると、街は惨憺たる状況であった。

 至る所に焼けた廃墟があり、それを多くの人が片付けている最中であった。


「これは……なんとも」


 アストは言葉を濁す。どうやら街を襲った海賊はよほど大規模だったのか?

 アストは今日の宿になる場所を探そうとした――。しかし、


「……」


 アスト達は絶句する。今日泊まるはずであった、ギルド指定の宿は綺麗に焼け落ちていたのである。

 その前で宿の主人らしき男が、がれきを片付けている。


「あの……すみません」

「なんだい? ここは御覧の有様だから泊まれないよ?」

「はい……俺たちは討伐士組合の者で……」

「そうか……それは一足遅かったね。もう貸せる宿はないよ」

「……これは。海賊にやられたんですか?」

「いや……ここらへんには海賊は来ていないよ」

「え?」


 それは意外な言葉であった。宿の主人は言う。


「海賊どもは、主に港の交易所を主に襲ったんだ。海賊どもの数は、実はそれほどでもなかったようなんだが……。奴ら撤退するときに、ラシドの兵隊を釘付けにするために街に火を放ちやがった。ここらは木造が多かったから……御覧の有様ってことさ」

「そういうことか……」


 やっと、町全体が焼かれていることに合点がいった。

 これほどの破壊を海賊だけで行うには相当の人数が必要になる、そこまでの数の兵を動員する余力が今の海賊にあるとは思えなかった。

 なんといっても、フォーレーンを襲った時に、その大半の船と兵を失った海賊なのだから。


「王はどうするんだろうね? ここまでやられてそのままってことはないだろうが……。今は船の大半を海賊どもにやられちまってるからな……」

「そうですか……」


 どうやら、この町の港の船はほぼ壊滅状態にあるらしい。海賊どもの襲撃に会ったのだろう。

 これでは、反撃しようにもできないだろう。


「……まあとりあえず。ここはもう泊まれねえから北東区に行ってみな? そっちにはまだ泊まれる宿があったはずだ……」


 そう言って親切にも、宿を紹介してくれる主人。アスト達は礼を言ってその場を去った。


「どうやら……海賊どもも無理しての襲撃だったようだね?」


 そう言うのはリックルである。リディアがその言葉の意味を問う。


「どういうこと? リックル?」

「海賊どもも食っていくには仕事が必要ってことさ……。それは他でもない略奪だが……。あたしが収集した情報によると、海賊どもは闇に紛れて交易所付近を襲い、街に火をつけて兵隊どもを釘づけにして、兵隊どもとほとんどやり合うことなく撤退したらしい。その数は100人にも満たなかったって話だ……」

「へえ……感心する事じゃないけど、海賊どももやるもんね……」

「無論、被害を最小限にするって意味もあったろうけど……。普通、ここらの海賊は100人程度なんて小規模では動かないのが普通だよ。ガルチャー海の海賊艦隊は、本当ならかなりの数に及ぶから、少なくとも500人規模の兵を動かせるはずだからね?」

「そうか……そのくらいの戦力があれば、さすがのラシドも抵抗できないよね……。それをせずにあえて少数で襲撃した……」

「そう……海賊どもは、今回結構無理して襲撃を行ったと推測できる」

「さすがリックル……よく考えてる」


 そのリディアの言葉に得意げな表情をするリックル。アストはそれを見て言った。


「ということは……今、海賊は結構弱ってはいるんだな……」

「そう……だから、今のうちに潰しておきたいって……ここの王様だってきっと思っているだろうけど……」

「船がない……か」


 リックルはそのアストの言葉に頷く。アストはため息を付いた。


「この街の女性が何人か攫われているらしいからな……。どうにかしたいだろうな……本当なら」

「でも……船がないんじゃ無理だね」


 アストの呟きにリディアが答える。


 ――と、その時、


「あ!」


 どこからかそんな叫びが聞こえてきた。とっさに振り返るアストが見たのは……、


「お……お前ら……」


 あそこに立っていて、こちらを見ているのは、先ほどアスト達を襲った野盗の少年アーチーであった。


「おまえ……この街で何している?」


 アストが怖い顔で睨む。


「な……何もしてねえよ!! 俺はここに住んでんだ!!」

「ほう……ここがお前の拠点か……」

「あ……」


 その時やっと自分が余計なことを言ったことに気づく。


「あ……いや……その……」


 そうアーチーがしどろもどろにしていると、その背後から女性の声がした。


「アーチー? どうしたの? そちらの方は?」


 そこに居たのは40代ほどに見える優し気な女性だった。


「か……かーちゃん……」

「アーチー。まさかお前、この方々に迷惑をかけたんじゃないだろうね?」

「え!! そんなこと!!」


 アーチーは違うとはいえなかった。当然だ、野盗として襲った本人が目の前にいるのだ。その時、アストはあえてアーチーに助け舟を出した。


「いえ……、この街に入る前に困っていたところを彼に助けてもらったんですよ……」

「え? そうなの?」


 アストのその言葉に、アーチーの母親は困惑気味に息子に問いかける。


「そ!! そうなんだ!!」


 アーチーは必死に取り繕う。それを見て母親は安堵の表情になる。


「そう……、カンナが海賊に攫われて……、お前までどうにかなったら……私は生きてはいけないよ……」

「かあちゃん……ごめん」


 その二人のやり取りを見て、アストは大体の事情を理解した。


「あの? 失礼ですが……。海賊に娘さんを攫われたのですか?」

「……ええ。この間の襲撃で……。娘は交易所で働いていたんですが……そこに海賊がやってきて……」

「そう……ですか」


 アストはその事を聞いた後アーチーを見る。アーチーは唇をかんで俯いていた。

 アストはアーチーに近づいて耳打ちする。


「こんな時に何やってるんだ? お母さんを困らせてどうする」

「それは……、でも金が必要だったんだ……。金で傭兵を雇って……」

「カンナと言う人を助け出すつもりだったのか?」

「……」


 アストはため息を付いた。正直、自分のこの熱しやすい心が嫌になる。

 アストの心には小さな炎が宿り、燻り始めていた。


「アーチーとか言ったか? もうお母さんを困らせるな……」

「でも……」

「カンナという女性の事……俺が何とかする」

「え?!」


 アーチーはアストのその言葉に大きな声で叫ぶ。それを聞いて周りの皆が振り向く。

 アストはあえてアーチーだけに見えるように、懐から魔龍鋼の短剣を取り出した。


「あ!! 希少なる魔龍討伐士?!」

「そうだ……」


 そういってアストは歯を見せて笑ったのである。



◆◇◆



「……」


 リディアはあきれてものが言えなかった。

 ガノンを目前にしてアストがまた寄り道を言い出したからだ。

 当のアストはリディアの気持ちを知ってか、少し言葉少なめである。


「とりあえず……海賊砦に行くなら船が必要だが……」


 そう呟くアストに、リディアが答える。


「船はほぼ壊滅だってお兄ちゃんも知ってるでしょ……」

「そ……そうだな」


 リディアの不機嫌そうなもの言いにアストがおずおずと答える。

 それでも、こうなった以上はと、アストは港周辺を船を探してまわる。

 上手く数隻の船を見つけたが――。


「海賊砦にいく?! 勘弁してくれ!!」


 そう言って船の主人に断られるだけだった。


「これは……さすがに……」


 そうして、さすがのアストも諦めかけた時、不意にアストに声をかけるものがいた。

 それは青の民の男であった。


「あんた……海賊砦へ向かうための船を探してるんだってな?」


 その男・サイモンは言う。


「俺のクンナウで良かったら貸してやるぜ。まあ動かすのは俺たちだが……」

「いいんですか?」

「ああ……取引先のラシドをめちゃくちゃにされて、腹に据えかねていたところだからな……」


 そのサイモンの言葉に、アストは彼の船を借りることにした。

 だが、このときアストは理解していなかった。目前のサイモンという男の正体に――。



◆◇◆



「ああ、そうだ……、引き受けた」


 その夜、サイモンはただ一人自分の船の一室でそう呟いていた。


「わかってるって……。正体はなるべく感づかれるな……だろ?」


 その言葉はまるで見えない誰かと喋っているかのようであり――。


「で? あの船はこっち来てるんだよな? ……そうか、それならいい」


 一人サイモンは不気味に笑う。


「おそらく、お客さんを三名……獣を一体ほどのせることになるかもだからよろしくな」


 最後に虚空に向かって、ある一言を呟くサイモン。その言葉とは――、


「海賊としてせいぜい思い切り暴れてやるさ……」


 その言葉を夜の月明かりだけが聞いていた。


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