超新星ノヴァルダーA -覚醒対獣特装機兵-

オリーブドラブ

前編 巨人達の覚醒


 ――南極の氷山を掘り進んだ先で発見された、全長40mの巨人。深緑に統一されたその全身には、ありとあらゆる武装が仕込まれている。


 ガラス壁の前に立つ小柄な老人と、パイロットスーツを纏う黒髪の青年は。その物々しい姿を、固唾を飲んで仰いでいた。

 神妙な表情を浮かべる彼らは、外見以上の迫力を肌で感じており、冷や汗を伝わせている。


「……これがグロスロウ帝国の人造地底怪獣ダイノロドじゃないって、本当なのか。峡蔵かいぞう博士」

「ワシも最初はその線で考えておったがのう。此奴の装甲を解析した結果、すでに製造日から何千年も経過しておることが判明してな。……500年程度のグロスロウ帝国などとは比べ物にならん、遥か太古の骨董品アンティークということになる」

「何千年って……じゃあコイツは、人類史が始まる前からここに居たっていうのか?」

「ワシらが知る人類史というものは所詮、現代から観測出来る範囲での過去に過ぎん。……ワシらには知りようのない歴史が、ここに在った。今言えるのは、それだけじゃ」


 氷山内に急造された、世界防衛軍の研究施設。そこへ招かれた明星戟みょうじょうげきを待ち受けていたのは、海神峡蔵わだつみかいぞう博士から齎された発掘兵器オーパーツの巨躯であった。


 肩部シールドに内蔵された3連装対物レーザー砲。胸部に備わる8連装ミサイルランチャー。前腕部で折り畳まれているブレード。口径280mmにも及ぶ巨大なアサルトライフルに、その銃身下部に装着された銃剣。

 文字通り全身のあらゆる箇所が兵器となっている、その外観もさることながら。これが自分達の知る西暦より以前から存在していたという事実は、凄まじい衝撃となっていた。


 ロガ星を襲ったメカ・ゼキスシアとの死闘を終え、久々に地球へと帰ってきた彼の眼前に聳え立つ、深緑の鉄人。遥か昔から存在していたとされる、その荘厳な姿は――今にも動き出しそうな迫力に満ちている。


「……メディアへの公表は?」

「年内には無理じゃろうな。まだロガ星との戦争が終わってから半年も経っておらん。市井がこの事実を受け止めるには、癒しの時間が必要じゃ」

「あぁ。……しかし、気になるな」

「何がじゃ」


 太古の昔なら在ったというのが、事実だとするなら。無視できない大きな謎が、浮かび上がってくる。

 この巨人を前にした瞬間から、戟はそれだけを意識し続けていた。


「……こいつの、存在意義だよ。こいつは一体、何のために……何と戦う・・・・ために造られたんだ」

「それは……まだ、分からぬよ。いや、分からぬ方が良いのかも知れん。今のワシらにとっては、な」


 人々が歴史を刻み始めるよりも、遥か昔の古代から。すでにこれほどの兵器を生み出せる技術があったならば。

 それは一体、どのような災厄に駆り立てられ、編み出されたというのか。その真相に近付ける手掛かりがない以上、考えても不安を煽る結果にしかならない。

 探究を使命とする科学者でありながら、峡蔵はそう結論付けていた。「天蠍てんけつのサルガ」との決着を終えて間もない戟の精神を、追い詰めないように。


 ――だが。その心遣いも結局は、無意味なものとなってしまった。


『緊急事態発生、緊急事態発生! 全職員は直ちに施設外部に避難せよ! 繰り返す、全職員は直ちに――!』


 新たなる戦いを予感させる地鳴りが、突如この研究施設に襲い掛かって来たのだから。


「……ッ!?」

「この揺れ……近いぞッ!」


 剣呑な表情を浮かべる戟と峡蔵は顔を見合わせ、弾かれたように施設の外へと駆け出して行く。吹雪を凌ぐシェルターが開かれた瞬間、彼らは凍てつくような外気を浴びながら、他の職員達と共に氷山の外へと脱出した。

 澄み渡る青空に見下ろされた純白の大地には――無数の亀裂が走っている。地鳴りを齎した「何か」が、確かにそこに居た。


「……あの巨人とは無関係だと思うか?」

「……それはそれでツイてないのう」


 巨人の存在、あるいは防衛軍の介入が原因である可能性は非常に高い。遠方から広がる亀裂は徐々に、こちら側に近づきつつあるのだから。


 顔を引き攣らせながらも、峡蔵と軽口を叩き合う戟は――施設入口の隣に停めていた、大型宇宙戦闘機「ロガライザー」に目を向ける。トリコロールカラーに塗装されたスペースシャトル、といった印象を与えるその機体は、すでに発進準備を終えていた。

 本機のエンジンを起動させていた職員達も、すでに理解していたのである。この氷山基地に迫り来る「何か」を止めるには、今ここにいる明星戟とロガライザーの力が必要なのだと。


「エンジン問題ありません! いつでも行けますよ!」

「……手際が良くて助かるぜ。詳しい研究は後回しだ、まずは奴におねんねして貰わないとな!」

「戟、油断するでないぞ!」

「油断なんて出来るような相手かよッ!」


 ならば、立ち止まる理由もない。戟は峡蔵の忠告を背に受けながら、ロガライザーのコクピットに颯爽と飛び乗り、手慣れた動作でハッチを閉じる。


「システムオールグリーン、発進準備完了! 皆、巻き込まれるんじゃあないぞッ!」


 周囲の職員達が退避したことを確認し、発進のペダルを踏み込んだのは、それから間もなくのことだった。


「ロガライザー・ゴォーッ!」


 戟の叫びを合図に、バーニアを噴かすロガライザーが氷の地表を駆け抜け――やがて、大空へと舞い上がる。その加速は離陸から僅か数秒で、亀裂の中央付近へと辿り着くほどであった。


「……居るのは分かってんだよッ! ケンタウルスバルカァーンッ!」


 機体上部に搭載された大型機関砲が、亀裂目掛けて火を噴く。その先に潜む「何か」を狙い、急降下するロガライザーの前に――やがて、眩い閃光が飛び込んで来た。


「ビームだとッ!?」


 咄嗟に機体を錐揉み回転させ、間一髪ビームを回避した戟は、そのままロガライザーを上昇させていく。地表に視線を移した彼の眼には、氷の地表を破り這い出てきた「何か」の姿が映されていた。


「こ、こいつは……!」


 かつて滅んだとされる、太古の巨大鮫「メガロドン」。その面影を想起させる凶悪な貌と、大顎を持つ海獣。それこそが、この地鳴りの原因である「何か」の正体であった。


 が、その体躯は伝説すらも凌駕している。恐竜を彷彿させる獰猛な手足で氷山に這い上がり、地を擦るだけで地響きを齎している彼の者の巨躯は、約80mにも及んでいた。

 ロガ星での戦いで対峙したメカ・ゼキスシアをさらに凌ぐ海獣の巨体は、動作こそ緩慢だが。その一挙一動が天を衝くほどの水飛沫を呼び、この大地を絶え間なく揺るがしている。


 そして何よりも異彩を放っていたのが、たった一つだけ付いている赤く巨大な大目玉。先程、ロガライザーに向けて放たれたビームは、そこから放射されていたのだ。

 明らかに、単なる動物の延長ではない。そして今まで観測されてきた、どの怪獣データにも合致していない。


 現代の人類が初めて接触した、新種の怪獣であることは明白であった。ならば防衛軍として、なすべき事は一つしかない。


「残念だが……こっちもデカさくらいでビビる程度の、浅い経験なんざ持ち合わせていなくてなァッ!」


 ジャイガリンGグレートと共に挑んだ、グロスロウ帝国との戦い。2年にも及ぶロガ星軍との宇宙戦争。そして、ロガ星に現れたメカ・ゼキスシアとの死闘。

 数多の激戦を潜り抜けてきた明星戟という男は、躊躇うことも恐れることもなく、敢然と眼前の海獣に挑み掛かっていく。


「ケンタウルス……バルカァンッ!」


 再び、大型機関砲ケンタウルスバルカンが連射され――海獣の全身に、豪雨の如く銃弾が突き刺さって行った。苛烈な銃撃は海獣の肉を裂き、血飛沫を上げさせている。


 だが、その巨躯が倒れる気配はまるでない。銃撃を浴びながらも氷原を割り、凍てつく海を掻き分けるその姿は、さながら不沈艦のようであった。


『戟ッ! やっこさん、全く堪えておらんようじゃぞ!』

「上等だ……! イグニッショーン・ロガライザー! チェンジノヴァルダー・リフト・オフッ!」


 その状況を報せる峡蔵からの通信に、眉を吊り上げて。戟はロガライザーからブースターユニットを切り離し、18m級の人型機動兵器「ノヴァルダーAエース」へと変形させていく。

 背部の後退翼からバーニアを噴かせて滑空しつつ、彼を乗せた巨人は亀裂が走る氷原に着地した。その衝撃で亀裂の隙間から粉々になった氷と、水飛沫が噴き上がる。


「イグニッション・パァンチッ!」


 地に足を着いたことで安定性を得たAが、両腕を突き出した瞬間。肘から先を切り離された二つの拳が、流星の如く飛び出し――海獣の眉間に突き刺さる。

 舞い上がる鮮血と共に海獣が絶叫し、その衝撃波で周囲の氷原が裂けていった。が、豪雨のように降り注ぐその破片を浴びても、Aの姿勢は全く揺らいでいない。


 なんとしてもこの場で、この一撃で仕留める。その必殺の意思を込めた両拳は、確実に海獣の急所を捉えていた。


「……な、にッ!?」


 にも、拘らず。分厚い筋肉の要塞は、その上で耐え忍んだというのか。

 咆哮と共に両拳を弾き飛ばし、そこへ一気にビームを撃ち込んだのである。Aの拳を焼き払った灼熱の閃光は、そのまま戟の後ろに聳える氷山をも斬り裂いて、眼前の邪魔者を真っ二つにしようとしていた。


「ぐッ……!?」


 垂直に振り下ろされる必殺の閃光。頭で理解するよりも疾く、本能で察した戟は咄嗟に真横へ飛び――片翼をもがれてしまう。

 シャトルブースターパンチをさらに凌ぐ新兵器を以てしても。この海獣の撃破には、至らなかったのだ。


『戟、生きておるか!? 20km先の氷山まで真っ二つに切り裂くとは、とんでもない火力と射程距離じゃ……!』

「……結局、こっちは近づかなきゃ戦いようがないってわけだ。博士、すぐに防衛軍に増援を要請してくれ。それまでは俺が食い止めるッ!」

『バカを言うでない、お主もさっさと後退せい! 拳を失ったノヴァルダーAで何が出来るというんじゃ!』

「まだこいつには、両眼に搭載された超光波ビームがある。……それに俺がここにいるうちは、奴も無視はしないだろうよ。なにせ、散々おちょくられた憎い邪魔者なんだからな」


 それでも、海獣を移動させないためには。被害を拡大させないためには、Aを囮にして封じ込めるしかない。

 そんな戟の決断に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた峡蔵が。せめて彼を死なせはしまいと、要請を急ごうとしていた――その時だった。


「……ッ!?」


 大顎を開き、Aを噛み砕かんと迫る海獣の行く手を、阻むかのように。氷原の下に広がる大海を裂き、噴火の如き飛沫を上げて出現する一つの影が――この戦地に介入した。


 40mにも及ぶ巨躯で氷原に乗り上げ、亀裂を広げながら雄々しく立ち上がるその姿は、紛れもなく。先程まで氷山の中で眠っていたはずの、濃緑の巨人であった。


『バカな、此奴は……!』

「まだ動けるっていうのか!?」


 驚愕する戟と峡蔵を他所に。身の丈にも迫るアサルトライフルを携え、巨人は海獣と真っ向から相対する。

 それはまるで、因縁の仇敵を見つけたかのように――。


 ◇


 この時代の人類が歴史を刻み始めるより、遥か数千年も昔。かつて地球を統治していた当時の人類は、異世界に繋がる門より現れし「第零号怪獣」との遭遇を果たしていた。

 人類は既存戦力を以てその怪獣を撃滅したが、第零号の細胞片はその際に全世界へと拡散。独自の進化を遂げたそれらは、地球に属するあらゆる生物の遺伝子と融合し、無数の怪獣へと成長したのである。


 ビーム発射器官や慣性制御器官といった、従来の生物では持ち得なかった力を振るい、彼らは人類に牙を剥く。それに対抗するべく人々が新たに生み出したのが、人型兵器「対獣特装機兵」であった。

 人智を超越した怪獣の群れ。人類の希望を背負う対獣特装機兵。その激突はいつまで続いたのか、最後にはどちらが勝利したのか。その真相に至る詳細な資料など、もはや現存していない。


 確かなのは、第零号の遺伝子を継ぐ最後の1体と。量産型・・・対獣特装機兵「陸鋼ろくこう」最後の1機が、この現代に蘇ったということだけ。

 数千年にも渡る因縁に、一つの終止符ピリオドが打たれようとしていることだけだった。

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