出会い
野宮ゆかり
英華 ー宮城英子
朱華女学校。
元来華族の学校として誕生したこの学校は、今もなお良家のご令嬢が集う。
宮城英子もその一人。初等科よりずっと朱華の薔薇門をくぐり続け、この春でもう11年目になる。
「退屈だー退屈だーあ」
英語の教科書に突っ伏す英子に、親友の藤宮ひばりがおちょくるように声をかける。
「ルパンさー、この夏こそは将来設計建てるって言ってたよね?もう高2だよ??」
ルパンというのは英子のあだ名で、ひばり自身も由来はよくわかっていない。中学時代から呼ばれていたそうだが、とうの英子もそんなこと覚えていないのである。
「ひばりはつぎから次に沼堕ちするんだからさー、それよりかは何もしない私のがましよ」
2人が出会った時にはひばりは大の野球ファンであった。それがいつの間にかジャニオタというものになって、ある時はボカロばかり聴き、ある時は忍たま乱太郎を20年分ブルーレイにダビングし、という勢いである。
今回も例に漏れることはなかったようだ。
「そうそうそうそう、私最高の沼見つけちゃったの!!」
何度この光景を目にしたことか。まだ一年しかともに過ごしていないというのに…。半ば呆れた視線を投げると、ひばりは封筒を差し出した。
「なにこれ、お金?」
「違う違う!!んー、でもそうかも!チケット!開けてみて!」
ひら、と教科書の上に舞い降りた2枚の紙。
「………宝塚?」
読めばわかる通り、『星組公演 真白き花/perla-唯一の真珠-』としっかりくっきり書いてある。
「そう!宝塚!今回は本気で沼にドボンした。みおつくのコンビが本当に優勝すぎるの、一緒に観に行こうよお金はいらないからさ」
ひばりの気まぐれな趣味の犠牲になっているのはいつだって英子だ。
ジャ〇ーズのライビュに連れていかれ、画面の向こうにいる男性のためにペンライトを買ったり、カラオケを3件はしごして喉を壊したり、ひばりの家に泊まって徹夜で忍たま乱太郎を観るなどした。
「いいよ、自分のお金は自分で払うから。その分グッズでもまた買いな」
もちろん呆れてはいたが、そんなひばりがやっぱり嫌いにはなれないのであった。
英子の家は日本舞踊・宮園流の宮園竹鶴の名を代々継いでいる。幼少期より日本舞踊、日本舞踊、日本舞踊の毎日。当然のように宮園竹茉奈と名取名を授かり、観劇といえば日舞か歌舞伎、それか中等科に上がって入ったバレエ部でのバレエ観劇だった。
「真白き花はね、日本物だから日舞の要素も入ってるよ、楽しみだね!」
黄昏時の日比谷の街。幾度となく訪れた帝国ホテルの隣に、東京宝塚劇場は溶け込んでいた。中に入ると、格式高い真紅の絨毯が英子を導いていった。エスカレーターで二階に上がると、分厚い扉の向こうに、夢の世界が垣間見えた。ゆっくりと歩み寄り、一歩ずつ階段をのぼる。
飛び込んできた景色に、思わず英子は感嘆の吐息を漏らした。
「すごいでしょ?でも演目が始まってからが本番よ!」
こくこく、と頷くしか出来ない。ひばりとは対照的にいつも物静かで、夜の海のように感情の起伏がない英子が、いつになく心臓を高鳴らせていた。
舞台中央の一番上に凛と輝くミラーボールの存在に気が付いた時、夢の始まりの合図がした。
「皆様、本日はようこそ東京宝塚劇場へお越しくださいました。星組の、千歳澪でございます。只今より、宝塚歴史絵巻・『真白き花』26場を上演いたします。」
そこからの記憶が抜けるのではというほどに、舞台上は輝きに満ちて、英子の心を奪い去ってしまった。
「…でね、ほしぐみのまなみんわで、今回が初めでの大劇場公演でね、ほんどにぃ………ルパン聞いてる?」
絞れそうなほどに涙を蓄えたハンカチを手に、ひばりが英子を覗き込む。英子はひばりを気にも留めず、どこか遠くへ魂が飛んで行っているのではとひばりを焦らせた。
「ちょ、ルパン?ルパン!!!」
「はっ!ごめん、何?」
「いや、私の話はどうでもいいんだけど、、、大丈夫?」
英子の眼が、今までにないほど燃えている。うるおいを溜めた唇がゆっくりと動く。
ひばり、ねえ、私、、、
あの舞台に立ちたい。
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